102. 新戦術
「リリィ、こっちに!」
呼び寄せたリリィを琢郎は抱きかかえる。<風加速>で移動する時のかたちに似ているが、もちろん逃げようというのではない。
「<石壁>!」
再び壁を作成する魔法を唱える。
ただし、それを生み出す場所は前方や左右ではなく、琢郎の足元。壁の幅は狭め、その分限界まで厚みを増やす。
もはや壁と言うよりは柱に近い。1辺およそ1メートル、高さ2メートルほどの石柱が琢郎たちを地面から押し上げた。
結果、四方から琢郎たちを攻撃しようとしていたコボルトたちは、たたらを踏み、あるいは止まりきれずに柱を殴りつけることになった。
普通に壁を作ったのでは、一方向しか防げない。そこでいっそ壁に乗って上方に身を置くことで、全方向からの敵との距離を保つ。
これが琢郎の考えていた作戦だった。
「<風刃>!」
そして、敵の手の届かない位置から一方的に魔法で攻撃する。
欲を言えばもう少し高さが欲しいところだが、<石壁>1回に込められる魔力の量ではこの高さが限界だった。
とはいえ、ゴブリンやコボルトといった大きさの敵が相手なら十分な高さでもある。
「ギャッ!」
琢郎の魔法を受けて、また1匹のコボルトが身体を裂かれて倒れ伏す。
柱に手をかけてよじ登ろうとするコボルトもいるが、
「ええぃッ!」
両手が塞がって無防備なその頭部を、リリィの槍が突く。額を穿たれたそのコボルトは、柱の根元に沈んだ。
リーチの長い槍という武器をリリィが使っているのも、琢郎がこの戦法を思いついた理由の1つだ。
一気に柱の上まで飛び上がってくるような身体能力がコボルトたちにない以上、相手が反撃できない場所からこちらが一方的に攻撃することができた。
これまでのゴブリン相手の戦闘であれば、あとは全滅するまで無謀に向かって来るか、もしくは途中で仲間の死に怯えて逃げ出すか。
そのどちらかだっただろうが、リーダーらしきものに指揮されているコボルトは一味違った。
「グルルル……」
剣を持ったリーダー格の指示で、半数ほどのコボルトが下がって木々の陰へと消える。
「……逃げました?」
それを見たリリィが口にしたが、すぐに間違いだと気づく。
一度姿が見えなくなったコボルトたちは、それほど間をおかず再び現れた。
それぞれが、手に拳大の石をいくつか抱えて。
「ガゥッ!」
リーダーの号令で、彼らは一斉に柱の上の琢郎たちに向かってそれを投げつけた。
10個近い数の石が、2人を襲う。
手の届かない敵には、飛び道具を使う。正しい対処だった。
「<嵐風障>!」
だが、琢郎も飛び道具への対応くらいは考えてある。自分達を中心とした竜巻を発生させ、投げつけられた石が届く前に全て巻き込んでしまう。
「ギャンッ!」
風に巻き上げられた石は、石柱を登ろうとする他のコボルトたちの頭上へと降り注ぎ、さらなる悲鳴が上がった。
「ゥゥゥゥ……」
その結果を目にしたリーダーは、低い唸り声を上げた後、采配代わりに剣を大きく横に振る。
それを合図に、今度は抱えてきた石の全てを連続して投げつけてきた。
「<嵐風障>!」
だが、石の数が増えたところで琢郎の防御魔法を突き破ることはできない。石は全て絡め取られ、さっきと同じ光景が繰り返される。
否。
先ほどとは異なる点が1つあった。
竜巻に巻き込まれた石が落ちていく先には、その隙に石柱を登ろうとするコボルトの姿があったが、今回はそれがない。
逆にコボルトたちは石柱から離れ、木々の向こうへと次々と消えていく。
1度目の投石の失敗で勝ち目がないと察したのだろう。今回は、撤退を援護するための牽制の投石だった。
「今度こそ逃げた、か」
リーダー格のコボルトも樹の影へと姿を消す。
残ったのは、すでに息がないか深い傷を負った何匹かのコボルトだけだった。
攻撃にしろ、撤退の際の牽制にしろ、戦術のせの字もろくにないゴブリンどもとは勝手が違う。
これが討伐の依頼だったら逃げた奴らを追わなければならないが、今回は採取の帰りにたまたま遭遇したにすぎない。
新戦術の有用性は確かめられたものの、殲滅には至らなかったためにやや消化不良な感もあるが、逃げた敵を無理に追う必要はなかった。
「コボルトの換金部位って、どこだったか?」
ギルドに掲示されていた情報の記憶を思い出しながら、琢郎は石柱を解除して倒した敵の後始末に取り掛かる。
「たしか、ゴブリンと一緒で耳だったんじゃないかと……」
逃げたコボルトを追うつもりがないことを悟り、リリィも頭の中の記憶を元にそれへ応じた。
攻めよりは受けの戦術だったために、不利を悟った相手に撤退されると完勝とは言えない結果に……
次回は次の展開へ




