99. 洋服を買いに
服を買うことを思いついたのは、大した理由からではない。
リリィと食糧品店を回っている内、地球にいた頃に見た漫画に似たような場面があったことを思い出し、そこで主人公とヒロインが選んでいたのが服だったというだけのことだ。
だが、そう悪い思いつきではないはずだ。あと1月もすればこの辺りは気温がぐっと下がり始めるという話を、ゾフィアに聞いた覚えがある。
リリィもある程度の着替えは持ち出した荷物の中に持っていたが、琢郎の知る限りでは寒い季節に適したものはあまりなかったように思う。
「そうですね。いいと思いますよ」
はたして、リリィは琢郎の提案をあっさり受け入れた。
案内所で店の場所を聞くと、2人で既製の服を売っている店へと向かう。
一から仕立てる店や古着屋ももちろんあったが、前者は金も時間もかかり過ぎるとリリィが、後者はせっかくなのでと琢郎が嫌ったためにそこに落ち着いたのだった。
「あ、ありました。このお店ですね」
教わった店を見つけて、リリィが先に立って中へと入る。
派手なものや凝ったものは置いていないものの、色とりどりの服が種類別に数多く並んでいた。
「えぇっと……あッ!」
店内をぐるりと見回したリリィは、目当てのものを見つけたのか小さく声を上げるとまっすぐに進みだした。
その向かう先には女性向けの冬物の一角があり、後ろに続く琢郎は当然そこが目的の場所だと思っていた。
「……え?」
だが、その前に来てもリリィの足は止まらず、さらに店の奥へと通り過ぎてしまう。
「この辺のものなら、タクローさんでも着られると思いますよ?」
ようやくリリィが足を止めたそこは、店内で一番大きいサイズの服が置かれている場所だった。
「……えぇ?」
たて続けに琢郎の口から驚きの声がこぼれる。
琢郎はリリィの服を買うつもりで提案したのだが、リリィの方は琢郎の服も買うつもりだったらしい。
「いや、だが……」
そのようなことは全く考えていなかったので、戸惑わずにはいられなかった。
だいたい、琢郎は正体を隠さなければならないために街中では常にフードつきのローブで全身を覆っている。その下の服装についてはほとんど気に留めてもいなかった。
また、同じ理由で試着や採寸もできないために買いづらいという事情もあった。
そうしたことを口にするが、
「少しくらいのサイズ調整だったら、わたしがします。十分なお金があるんでしたら、そろそろちゃんとした格好をしてください」
と、リリィも譲らない。
「そうすれば、もうローブの下を誰かに見られることがあっても、ひょっとしたら誤魔化せるかもしれないじゃないですか?」
小さくそうも付け加えたが、さすがにそう都合よくはいかないだろう。ただの魔物とはちょっと違う、くらいには思われるかもしれないが。
「……わかった。だが、俺の服だけじゃなくて、リリィも足りないものを買い足してくれ」
いずれにしろ戸惑いが消えれば、あえて買わないという選択をする理由もない。
失念していたというかこれまでは余裕がなく感覚が麻痺していたが、ローブの下はあり合わせの布や毛皮を纏っているだけというのはたしかに褒められた格好ではない。
自分の心は人であると言うのならば、金銭的にも余裕を得た今、人らしい格好をするのも悪くはないだろう。
「これなら、いけそうか?」
「いいんじゃないですか。むしろ少し大きいかもですが、その時はわたしが直しますよ」
試着こそできないものの、身体の前に服を合わせてだいたいの大きさを確かめながら、リリィと一緒にシャツとズボンを数枚ずつ選ぶ。
琢郎は胴回りが大きいために、そちらに合わせると袖や裾が少し余りそうな感じになってしまう。しかし、それらは後でリリィが調整できるというので構わずに買うことに決めた。
ついでにローブやその代わりになるような上着も探してみたが、今身に着けているもの以上にピンと来るものはなかった。
それで琢郎の分はおしまい。
次は、リリィの服を選ぶ番だ。
「いいです! いいですって。自分で選びますから!」
だが、引き続き一緒に選ぼうとした琢郎をリリィは強く拒んだ。
琢郎も服装のセンスに自信があるわけではないが、リリィの拒みようはそれが理由ではないように映る。
これまでの経験から、リリィはあまり自分のためにお金を使いたがらない傾向がある。
琢郎と別行動をとる間に買ったということにしておいて、実際には買わずに済ませてしまうのではないか。
そのような疑念から、琢郎は1人で選ぶと言うリリィになおも食い下がろうとする。
「……もうッ」
すると、リリィは怒ったのか珍しく顔を紅くした。
琢郎の傍に寄ると、背伸びをしてフード越しにその耳元に口を近づける。
「ここ半月の冒険で痛んでしまったものがあるので、鎧の下に着るシャツの他に、肌着とかも買うつもりだったんです。言わせないでください!」
小さく、されど強い口調で告げられた言葉に、
「お、おぅ……。それは、失敬……」
そう返すことしかできなかった。
なるほど、それは琢郎と別行動したいのも道理だった。
紅潮した顔も怒ってもいるのだろうが、羞恥が大部分を占めていたのだろう。伝播したかのように琢郎もフードの下で顔を熱くした。
「あ。じゃあ、俺は先に自分の分の会計を済ませておくわ……」
己の愚かさを自覚した琢郎は、なんとかそれだけ言うとぎくしゃくとした動きでリリィから離れたのだった。
スランプ……というほど大したものでもないですが、なかなかうまく言葉が出ずにずいぶん遅くなってしまいました。
その分良いものに仕上がっていたならまだいいんですが、これ以上更新を遅らせるにもいかないのでなんとか書くだけは書いたという有様……




