97. 新しい力、新しい知識
新章ようやく開幕です。
「そっちに行ったぞ、タクロー!」
ここからでは木や草が邪魔になって姿が見えないが、ゾフィアの声が届く。
風を利用して上った高い樹の上から、琢郎は声のしてきた方の下へ首だけを向ける。
すぐさま、藪の隙間から猛スピードで1つの影が飛び出してきた。
大きな角を2本生やした、鹿の魔物。
ゾフィアから聞いた通りの姿だ。獲物に間違いない。
そして、真っ直ぐ前を向いて猛烈な勢いで逃げる鹿の魔物は、樹上にいる琢郎には気づいていない。
これまた、計画通り。
琢郎が目で追う間も魔物は全く速度を落とすことなく逃げ続け、琢郎のいる樹のすぐ近くを通り過ぎる。
首の向きが元に戻ったところで、遠ざかる魔物に向けて琢郎は風の刃を放った。
「<風刃閃>!」
ただし、唱えた言葉は微妙に異なる。
ゾフィアと出会ってからは専ら風の魔法ばかりを使っていたせいか、新たに使えるようになった<風刃>の上位版だ。
一度に込められる魔力量の上限が増えた分だけ、速度と威力が増している。そして、
ザシュッ
逃げる魔物の首を風の刃が跳ね飛ばす。
かなりの速度で逃げていたのに、琢郎が狙った通りの場所を風の刃は通り過ぎていた。
琢郎が魔物の逃げる方向や風の刃との相対速度などを瞬時に計算してうまく狙ったわけでは、無論ない。
<風刃閃>の何より大きな特徴は、射出時に琢郎が狙った場所へある程度だが照準補正と自動追尾を行うことだった。
「……うまくいったか? 角は?」
これまでの<風刃>では、逃げる魔物にうまく狙いを付けられずに1発ではしとめられず、あるいは逃がしてしまっていたかもしれない。
風の魔法の使い勝手がさらによくなったことを実感していると、ようやくゾフィアが魔物を追って茂みから姿を見せる。
『個体名:ゾフィア=クレンゲル 種族:人間
LV: 23
HP: 136/ 144
MP: 17/ 17 』
琢郎が『特殊表示』を用いて彼女を見ると、LVと一部の能力値が表示される。
出会ってからおよそ半月。
ギルドに行った日にはほぼ毎日、ゾフィアの受けた依頼の手伝いをするか、リリィと共同で依頼を受けるか。あるいは、今日のように目ぼしい依頼がないためただ一緒に狩りに行くか。
ある程度親しくなるには十分すぎる。
一方で、見られる能力値が一部であるのは、琢郎があくまで自分の正体を隠し続けていることがある種の壁となっているのだろう。
同性ということもあってリリィともかなり親しくなってきており、あるいはとも思うのだが、やはり自ら正体を晒すというのは踏ん切りがつかない。
「うまくいったんですか?」
手分けして別の方角で獲物を探していたリリィも、ゾフィアの声を聞いて琢郎の元へ合流してきた。
『個体名:リリィ=カーソン 種族:人間
LV: 11
HP: 47/ 59
MP: 28/ 31
筋力: 30
頑丈: 25
敏捷: 26
知力: 33
スキル:「神契魔法(イリューン)」 』
ゾフィアと比べると、まだLVは半分に満たない。
この半月、採取だけでなく魔物を狩ることも多く、リリィもそれなりの数を倒しているはずだが、最後の課題の時にLVが10になって以降、1しか上がっていない。
「誰でも最初の頃は伸びやすいんだが、だいたい初心者を脱した辺りから成長は遅くなるものだ」
と、最近自分が強くなった実感を得られないでいるリリィに、ゾフィアが焦らないよう諭しているのを先日聞いたところだ。
おそらく、LVが2桁というのが節目になっているのだろう。
「うん。角が黒ずんでしまっていることもない。成功だ!」
揃ったところで、今日の獲物について詳しいゾフィアがその状態を検め、喜びの声を上げた。
雷鹿は、一般庶民の一角馬とも呼ばれるらしい。ユニコーンの角ほどではないものの、魔力を充填した角は万能薬としてかなりの薬効を持つという。
大きな角を持っている割には、臆病で逃げ足が速い。だが、逃げようとする雷鹿の行く手を阻もうとすると、角に蓄えた魔力を電撃に変えて放電するという危険な一面もある。
そして、その放電が行われてしまうと角は魔力を消耗して黒ずみ、再び充填されるまでの数日の間はほとんど薬としては役に立たなくなる。
「弓の名手でもなければ獲るのは困難と言われているが、私の思った通りタクローの魔法でも、見事に仕留められた」
通常は、気づかれないうちに遠距離から狙撃するか、逃げる後ろから撃つかして、電撃で抗する間もなく一撃で倒すのだという。
それを、普段は手が出ない相手だが、魔法を使う琢郎がいればうまくいくのではとゾフィアが考えたのが、今日の狩りの内容だった。
「本当に今日も折半でいいのか? さすがに今回は額も大きいし、タクローあっての作戦だったのだから、もっと取り分を主張しても構わないが?」
街に戻り、ゾフィアがよく薬草の採取を請け負っている薬種問屋のところで角を換金した後、金を分ける段階でゾフィアが口を開いた。
一般庶民の一角馬と呼ばれても、それは粉末にして小さく分けた後の話。
丸々1本の角であれば、大きさにもよるが金貨数枚は下らない。
今日の稼ぎだけで、ゾフィアと組むようになってからの合計より金額は上になった。
「元々、そういう約束で組んでいるんだ。大金を稼いだからって話を変えるつもりはない」
申し出を否定する言葉を琢郎は吐く。
言葉の通りではあるが、加えて金貨となると、馴染みがないのでかえって実感がなかった。
それはリリィも同様で、金のことについては琢郎よりよほどしっかりしているが、特に異存を口にしない。
「……そうか。そんなふうに言ってもらった後だと、少々切り出しにくいんだが。明日からしばらく、タクロー達とは同行できなくなる」
金の分配も終えて、普段ならまた明日と別れるところでゾフィアは申し訳なさそうに言う。
「前々から決まっていた護衛の仕事でね。往復で10日は街を離れることになるんだ」
「えッ……そうなん、ですか?」
突然の話に、リリィはかなり驚いた様子だった。
琢郎としても、正体こそ明かせないもののゾフィアが一緒にいることは嫌ではなかったため、フードの下で意外に思っていた。
「今日はだから、その前に大きく稼げないかと思って誘ったんだ。ここまでうまくいくとは思わなかったが」
「……帰ってきたら、またわたしたちと一緒に行ってくれますよね?」
「もちろん、そのつもりだ。まだ教えたいことも残っているし、今日のようにキミたちと一緒だと分配してもかえって儲かっているからな」
リリィの問いに、最後は少しおどけるように答えると、戻ったら琢郎たちの宿を訪ねることを約束してゾフィアは自分の部屋の方へと帰っていった。
今月は急に寒くなったせいで体調が安定しなかったり、本業で急に忙しくなったりと更新がどんどん遅くなっていましたが、ようやく次の話に入れました。
ちょうど1周年(+1日)になったのはちょうどよかったと言うべきか……?




