24:情けは人の為ならず
6月29日の火曜日、昼休み。
昼食後に紗彩ちゃんとおしゃべりしていると、机の上のスマホが光った。
スマホを見れば、100ポイントの獲得通知が届いている。
(……月都くんの馬鹿)
ずらりと並ぶポイント獲得履歴を見て、わたしは唇を噛んだ。
昨日も今日も、月都くんは学校を休んだ。
わたしが授業を受けている間も、しょっちゅうポイント獲得通知が来ているから、学校をサボって人助けをしているのは間違いない。
わたしは月都くんに何度もメッセージを送った。
『ハッピーポイント集めはもういいから、学校に来て。会って話そう』
でも、いくら会いたいといっても、既読無視。
通話も拒否という徹底ぶりで、どうしようもないの。
(月都くんだってわかってるんでしょ? どんなに頑張ったって、明日までに50万ポイント稼ぐなんて無理だよ。ハッピーポイント集めなんてもういいから、学校に来てよ。死ぬ前にちゃんと会って、話したいよ。いままでのお礼だって言いたいよ。会えないまま死んじゃうなんて、いやだよ……)
――ぽたっ、と。
一滴のしずくが、机に落ちた。
「……風花ちゃん? どうして泣いてるの?」
向かい合って座っている紗彩ちゃんが、心配そうな顔でわたしを見ている。
「え?」
そこで初めて、わたしは自分が泣いていることに気づいた。
「あれ、本当だね。ごめん。なんでもないの。気にしないで――」
慌てて、手の甲で涙を拭っていると。
「そんなわけないでしょう?」
わたしの言葉をさえぎって、紗彩ちゃんは言った。
「ねえ、風花ちゃん。風花ちゃんとわたしは、出会ってまだ二か月しか経ってないけどさ。泣くほど困ってることがあるなら、ごまかさずに、ちゃんと話してよ。わたしは風花ちゃんと、《《そういう》》友達になりたいんだよ」
紗彩ちゃんの言葉は、わたしの涙の堤防を、あっけなく崩壊させた。
「……っ、つ、月都くんがっ」
「うん。月都くんが?」
どこまでも優しい紗彩ちゃんの声が、涙をあふれさせる。
「わ、わたしのために頑張ってくれてるんだけどっ。もう頑張らなくていいって、学校来てって、言ってるのに、聞いてくれないの。ラインも全部、無視されてっ。あ、会いたいのに、会えなくてっ。悲しいのっ……」
しゃくりあげながら、紗彩ちゃんに訴えていると。
「ねえねえ、どうしたの? 倉地さん、泣いてるじゃん」
クラスメイトの女子が話しかけてきた。
その子は一か月前、財布を忘れて困ってた子だった。
「倉地、どうした? どっか痛い?」
「なに、怪我でもしたの? それとも体調悪い?」
クラスメイトたちが集まってきた。
みんな、わたしと月都くんが助けたことのある子たちだ。
「実はね。四六時中べったりだった愛しの彼氏が学校に来ないから、心配で心配でしょうがないみたいなの」
「紗彩ちゃんっ!?」
さらりと大ウソを言い放った紗彩ちゃんを見て、わたしは真っ赤になった。
(愛しの彼氏ってなに!? そもそもわたしはウソカノだから! よく一緒にいたのは、ハッピーポイント集めのためだからっ!!)
「ああ、なるほど。そういうことね」
「天宮のやつ、ほんとに愛されてんなあ」
集まったクラスメイトたちはなぜかみんな、納得してしまったみたい。
「というわけで。誰か、天宮くんと連絡つく人、いない? 困ったことに、天宮くんは風花ちゃんのラインを既読スルーしてるんだ」
「天宮の連絡先?」
「うーん、知らねーなあ。だってあいつ、社交性ゼロだったじゃん」
みんなが真剣な顔で、あれこれ相談し始めた。
「そうだ、4組の後藤くんなら知ってるかも。小学校一緒だって言ってたし。あたし、ちょっと聞いてくる!」
「元・天宮くんファンクラブの子たちにも聞いてみるわ!」
クラスメイトの女子に続いて教室を飛び出したのは、早乙女さんだった。
「……早乙女さん……」
長い髪を振り乱して走っていく早乙女さんを見て、涙がこぼれる。
「わたし、ちょっと電話してくるね」
紗彩ちゃんはスマホを持って、教室を出て行った。
「ねえねえ、ちょっとごめん。聞きたいことがあるんだけど」
「なあ、天宮の連絡先知らない?」
他のクラスメイトたちにも声をかけ始めたみんなを見て、思い出したのは、ハクの言葉。
――おぬしに助けられた者は、いつかおぬしを助けてくれるじゃろう。
(……ハク。ハクの言葉は正しかったよ。過去にわたしが助けた人たちは、いま、全力でわたしを助けようとしてくれてるよ……)
わたしは歯をくいしばって、泣くのをこらえた。
それから、しばらくして。
「倉地さん、わかったわよ!!」
「いま天宮くん、梶目山でゴミ拾いしてるんだって!!」
息を切らして、早乙女さんとクラスメイトの女子が教室に飛び込んできた。
「はあ? なんでゴミ拾い?」
事情を知らないクラスメイトたちは、そろって困惑している。
「知らないわよ! なんで学校をサボってゴミ拾いしてるのかなんて、こっちが聞きたいわ! とにかく倉地さん、ライン教えなさい! 詳しい場所送るから!」
「う、うんっ」
「風花ちゃん、学校の西門に行って! わたしのお姉ちゃんが車で迎えに来てくれるから!」
早乙女さんとラインを交換している間に、紗彩ちゃんが戻ってきて叫んだ。
「えっ!? どうして?」
「火曜日は大学の講義が午前で終わるから、ダメもとで頼んでみたの。わたしの親友が大ピンチなの! って言ったら、すぐ来てくれるって」
紗彩ちゃんはウインクした。
「……紗彩ちゃん……」
必死でこらえていたはずの涙が、頬を滑り落ちていく。
「泣いてる場合じゃないでしょ! さあ、行って!!」
「先生にはうまく言っとくから気にすんな!」
「行ってらっしゃい!」「行ってこい!」「頑張れ!」
みんなが一斉に、声援を送ってくれた。
「……みんな、ほんとにほんとにありがとうっ!!」
わたしは涙を拭ってカバンを引っ掴み、勢いよく教室を飛び出した。




