白夜の婚礼
朝。
目を覚ました瞬間、
窓の外から鐘の音が聞こえた。
白夜王国全土へ響き渡る、
祝福の鐘。
今日は、
結婚式の日だった。
「……っ」
胸がどくんと鳴る。
本当に、
この日が来てしまった。
侍女達が慌ただしく部屋へ入ってくる。
「おはようございます、
ミスティリア様!」
「本日はおめでとうございます!」
「王都中がお祭り騒ぎですよ!」
皆、
自分のことみたいに嬉しそうだった。
私は少し照れながら、
小さく笑う。
一一
鏡の前へ座りながら、
私はまだ少し信じられない気持ちでいた。
身支度は、
驚くほど丁寧に行われた。
銀髪は柔らかく結い上げられ、
白薔薇と月光石の髪飾りが差し込まれる。
純白の婚礼衣装。
幾重にも重なる白銀刺繍。
長いヴェール。
胸元には、
六精霊王達が作ってくれた媒介器。
夜空を閉じ込めたみたいな蒼銀の核が、
静かに光っていた。
すると。
「……綺麗だわ」
柔らかな声が響いた。
振り返る。
セラフィナが、
微笑みながら立っていた。
淡い金色の光が、
部屋を優しく照らしている。
「今日は誰よりも、
幸せな顔をしているわね」
「……そうかしら」
「ええ」
セラフィナは、
嬉しそうに目を細めた。
続いて、
水面のように空間が揺れる。
「当然よ〜
今日だもの!
結婚式!!」
ネレイアだ。
いつもよりかなりテンションが高い。
「ミスティリア、
本当に綺麗だわ!
絶対あの王子また固まるわね!」
「もう固まるどころじゃ済まねぇだろ」
イグニスが豪快に笑う。
「倒れるかもな!」
「いやほんとそれ」
ヴェルディアまで頷いていた。
失礼すぎる。
すると。
「……否定は出来ません」
ルシエルが静かに口を開く。
「レオニス殿下、
既にかなり情緒が不安定でしたので」
「そこまで?」
「そこまでです」
即答だった。
私は思わず吹き出してしまう。
その時。
部屋の空気が、
ふっと静かになった。
黒い影。
夜の気配。
ノクティスだった。
黒衣を纏った闇の精霊王は、
静かに私を見る。
紫紺の瞳が、
ほんの少しだけ揺れていた。
「……幸せそうだな」
低い声。
でも。
どこか優しかった。
私は少しだけ目を細める。
「ええ」
ノクティスは一瞬だけ黙る。
そして。
「……なら、
それでいい」
その言葉が、
胸へ静かに落ちた。
切なくて。
でも温かい。
私はそっと微笑む。
「ありがとう」
するとノクティスは、
少しだけ困ったように笑った。
⸻
やがて。
婚姻の儀の時間が訪れる。
白夜大聖堂。
巨大な白柱。
光差す色硝子。
無数の白薔薇。
大聖堂へ足を踏み入れた瞬間、
歓声が響いた。
王都中の視線が集まる。
けれど不思議と怖くない。
バージンロードの先。
そこには、
レオニス様が立っていた。
白銀と金の正装。
凛々しい姿。
……なのに。
私を見た瞬間、
完全に止まった。
「あ」
口が半開きになってる。
周囲の騎士達が必死に視線を逸らしている。
絶対笑ってる。
私は思わず少し笑ってしまった。
するとレオニス様は、
ようやく我に返ったらしく、
深く息を吐いた。
そして。
「……ティリア」
その声だけで、
胸が熱くなる。
私はゆっくり彼の前へ立つ。
差し出された手を取る。
温かい。
安心する。
神官の祝詞が響く。
誓い。
契約。
祝福。
そして。
レオニス様が、
そっと私へ口付けた瞬間。
大聖堂中へ、
祝福の歓声が響き渡った。
白薔薇が舞う。
鐘が鳴る。
王都中が、
私達の未来を祝福していた。
⸻
婚姻の儀が終わった後。
玉座の間へ、
貴族達と王都代表が集められた。
アルセリオン国王陛下が、
静かに立ち上がる。
その瞬間、
場の空気が引き締まった。
「本日、
白夜王国第一王子レオニスと、
幻影帝国第二王女ミスティリアの婚姻は正式に成立した」
歓声。
拍手。
祝福。
その中で国王陛下は、
続けて宣言する。
「そして本日をもって、
レオニスを白夜王国王太子とする」
空気が震えた。
騎士達が剣を掲げる。
貴族達が頭を垂れる。
白夜王国次代の誕生。
その瞬間だった。
――ふわり。
大広間へ、
六色の光が満ちる。
人々が息を呑んだ。
炎。
水。
氷。
雷。
光。
闇。
精霊王達だった。
その圧倒的な存在感に、
誰も言葉を失う。
イグニスが、
ゆっくり前へ出る。
燃えるような赤い瞳が、
真っ直ぐこちらを見た。
「炎の王、
イグニスの名において告げる」
低く響く声。
先程までの豪快さとは違う。
王としての声音だった。
「月蝕の王ミスティリアよ。
その魂へ、
永遠の炎の加護を」
炎が舞う。
続いて、
ネレイアが微笑む。
「水の王ネレイアが祝福を贈るわ」
優しい水光が広がる。
「涙も、
痛みも、
いつか癒えるように」
ルシエルが静かに目を伏せる。
「氷精霊王ルシエルより、
静寂と守護を」
氷晶が、
雪みたいに舞った。
ヴェルディアは、
いつもより少しだけ真面目な顔で笑う。
「雷の王ヴェルディアから祝福!」
紫電が弾ける。
「お前の未来が、
誰にも折られねぇようにな!」
セラフィナは、
光を纏いながら静かに微笑んだ。
「光の精霊王セラフィナの名において」
その声は、
祈りみたいに美しかった。
「愛と幸福が、
貴女の人生を照らしますように」
最後に。
静かな闇が広がる。
ノクティスだった。
紫紺の瞳が、
まっすぐ私を見る。
切なくて。
でも。
とても優しい目だった。
「……闇の王ノクティスより、
月蝕の王へ祝福を」
静かな声が響く。
「お前が選んだ光を、
誰にも奪わせはしない」
胸が熱くなる。
その瞬間。
六色の光が一斉に空へ舞い上がった。
王城中が、
祝福の光で満たされる。
王都の人々が歓声を上げる。
私はその光景を見上げながら、
どうしようもなく胸がいっぱいになった。
すると。
「ミスティリア」
聞き慣れた声。
振り返る。
そこには、
幻影帝国の正装を纏った二人の青年。
アレス王子とレイン王子。
「お兄様……!」
アレスは不敵に笑い、
レインは優しく目を細めた。
「結婚おめでとう」
「幸せそうで安心した」
その言葉に、
胸がじんわり熱くなる。
昔の私は、
こんな未来を想像したことがなかった。
愛されることも。
祝福されることも。
幸せになれることも。
でも今は違う。
隣には、
愛しい人がいる。
家族がいる。
精霊王達がいる。
祝福してくれる国民がいる。
私はそっと、
レオニス様の肩へ寄り添った。
すると彼は、
優しく私を抱き寄せる。
窓の外では、
白夜王国の空へ祝福の光が打ち上がっていた。
その光景を見上げながら、
私は静かに思う。
……ああ。
今、
私は世界で一番幸せだ。
もう、
独りではなかった。




