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月蝕の花嫁  作者: 紫苑ユリ
白夜の花嫁
89/94

誰にも見せたくない

おかしい。


絶対におかしい。


……いや、

自覚はある。


でも仕方ないだろう。


あんな姿を見せられて、

平静でいられる男がいるなら連れて来てほしい。


「レオニス様?」


「……ああ」


いけない。


また聞き返してしまった。


目の前では、

ティリアが不思議そうにこちらを見ている。


……可愛い。


駄目だ。


最近ずっとこれだ。



原因は分かっている。


結婚式の衣装合わせの日だ。


あの日、

純白のドレス姿で現れたティリアを見た瞬間、

俺の何かがおかしくなった。


いや、

元々おかしかったのかもしれない。


好きだった。


大切で、

守りたかった。


でも。


あの日から、

妙に実感してしまったのだ。


――本当に、

この人が俺の妻になる。


その事実を。


それからずっと、

情緒が壊れている。



「ティリア、

髪飾りがずれてる」


「えっ」


触れる。


直す。


近い。


可愛い。


無理。


「……レオニス様?」


「なんでもない」


危なかった。


今、

普通に抱き締めそうになった。


最近こんなのばかりだ。


視界に入るだけで心臓がうるさい。


笑うだけで嬉しい。


隣に座るだけで落ち着かない。


しかも本人が無防備すぎる。


今日だってそうだ。


王妃教育終わりらしく、

少し疲れた顔でソファへ座っている。


その姿すら愛おしい。


「ティリア」


「はい?」


「……いや」


呼んだだけだ。


……ただ、

名前を呼びたくなった。


重症かもしれない。



問題は、

表に出せないことだった。


王だから。


第一王子だから。


周囲から見れば、

俺は冷静沈着でなければならない。


実際、

外では平然としている。


会議も。


政務も。


騎士団指揮も。


全部いつも通りやっている。


……つもりだ。


だが最近、

周囲の視線が妙に生温かい。


今日も。


「殿下、

最近機嫌が良いですね」


側近に言われた。


「別に」


「顔が怖くなくなりました」


「どういう意味だ」


「そのままです」


失礼すぎる。


でも。


否定できないのが腹立たしい。



一番問題なのは、

独占欲だった。


衣装合わせ以降、

本当に駄目だ。


誰にも見せたくない。


本気で思ってしまう。


王都祭の時なんか最悪だった。


民衆が、

「月の女神様だ!」

と群がる度に、


……分かる。


分かるが。


あまり見るな。


そんなに笑いかけるな。


近い。


子供だから仕方ないが、

抱き付くな。


……いや、

子供に嫉妬してどうする。


完全に重症だった。


しかもティリア本人が、

全く気付いていない。


「王都の皆、

優しいですね」


とか微笑む。


その笑顔を見た瞬間、

今度は逆方向に情緒が壊れる。


好きすぎる。



「レオニス様、

最近変です」


夜。


不意にそんな事を言われ、

俺は固まった。


寝室。


同じベッド。


隣にはティリア。


……心臓に悪い。


「変とは」


「なんというか……

最近ずっとそわそわしてます」


鋭い。


恐ろしいほど鋭い。


「そんな事はない」


「あります」


「ない」


「あります」


じっと見つめられる。


その金色の瞳に、

心臓が変な音を立てた。


……本当に勘弁してほしい。


するとティリアが、

少し首を傾げた。


「結婚式、

嫌ですか?」


その瞬間。


「違う!!」


思わず即答していた。


ティリアがびくっと肩を揺らす。


しまった。


「……すまない」


慌てて声を落とす。


するとティリアは、

少し驚いた顔のままこちらを見ていた。


俺は深く息を吐く。


誤魔化せない。


もう無理だ。


「……嫌なわけないだろ」


本当に。


そんなわけがない。


「むしろ逆だ」


「逆?」


俺は片手で顔を覆った。


情けない。


王族としてどうなんだこれは。


でも。


ティリア相手だと、

時々どうしようもなくなる。


「綺麗すぎて困ってる」


「……え?」


「結婚式の衣装姿を見てから、

ずっとおかしい」


ティリアの顔が一気に赤くなる。


可愛い。


また駄目だ。


「誰にも見せたくないとか、

思ってしまう」


「……っ」


「王として最低だな」


自嘲気味に笑う。


独占なんて、

王族として向いていない感情だ。


本来なら、

王妃は国民の象徴。


皆に愛され、

見守られる存在。


なのに俺は、

自分だけのものみたいに思ってしまう。


すると。


不意に、

服の袖を引かれた。


見る。


ティリアが、

少し困ったように笑っていた。


「……少しなら、

独り占めしてもいいですよ」


心臓が止まるかと思った。


「ティリア」


「はい」


「それ、

煽ってる自覚あるか?」


「えっ」


ないらしい。


駄目だこの人。


可愛すぎる。


俺は堪えきれず、

そのままティリアを抱き寄せた。


華奢な身体が腕の中へ収まる。


温かい。


安心する。


「……結婚したら、

もっと酷くなる気がする」


「酷く?」


「離したくなくなる」


本音だった。


ティリアは少しだけ照れながら、

俺の胸元へ額を寄せる。


「……私は、

離れる気ありませんよ」


その瞬間。


本当に、

駄目になりそうだった。


幸せすぎて。


この人を愛してから、

俺はきっと、

もう昔みたいには戻れない。

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