誰にも見せたくない
おかしい。
絶対におかしい。
……いや、
自覚はある。
でも仕方ないだろう。
あんな姿を見せられて、
平静でいられる男がいるなら連れて来てほしい。
「レオニス様?」
「……ああ」
いけない。
また聞き返してしまった。
目の前では、
ティリアが不思議そうにこちらを見ている。
……可愛い。
駄目だ。
最近ずっとこれだ。
⸻
原因は分かっている。
結婚式の衣装合わせの日だ。
あの日、
純白のドレス姿で現れたティリアを見た瞬間、
俺の何かがおかしくなった。
いや、
元々おかしかったのかもしれない。
好きだった。
大切で、
守りたかった。
でも。
あの日から、
妙に実感してしまったのだ。
――本当に、
この人が俺の妻になる。
その事実を。
それからずっと、
情緒が壊れている。
⸻
「ティリア、
髪飾りがずれてる」
「えっ」
触れる。
直す。
近い。
可愛い。
無理。
「……レオニス様?」
「なんでもない」
危なかった。
今、
普通に抱き締めそうになった。
最近こんなのばかりだ。
視界に入るだけで心臓がうるさい。
笑うだけで嬉しい。
隣に座るだけで落ち着かない。
しかも本人が無防備すぎる。
今日だってそうだ。
王妃教育終わりらしく、
少し疲れた顔でソファへ座っている。
その姿すら愛おしい。
「ティリア」
「はい?」
「……いや」
呼んだだけだ。
……ただ、
名前を呼びたくなった。
重症かもしれない。
⸻
問題は、
表に出せないことだった。
王だから。
第一王子だから。
周囲から見れば、
俺は冷静沈着でなければならない。
実際、
外では平然としている。
会議も。
政務も。
騎士団指揮も。
全部いつも通りやっている。
……つもりだ。
だが最近、
周囲の視線が妙に生温かい。
今日も。
「殿下、
最近機嫌が良いですね」
側近に言われた。
「別に」
「顔が怖くなくなりました」
「どういう意味だ」
「そのままです」
失礼すぎる。
でも。
否定できないのが腹立たしい。
⸻
一番問題なのは、
独占欲だった。
衣装合わせ以降、
本当に駄目だ。
誰にも見せたくない。
本気で思ってしまう。
王都祭の時なんか最悪だった。
民衆が、
「月の女神様だ!」
と群がる度に、
……分かる。
分かるが。
あまり見るな。
そんなに笑いかけるな。
近い。
子供だから仕方ないが、
抱き付くな。
……いや、
子供に嫉妬してどうする。
完全に重症だった。
しかもティリア本人が、
全く気付いていない。
「王都の皆、
優しいですね」
とか微笑む。
その笑顔を見た瞬間、
今度は逆方向に情緒が壊れる。
好きすぎる。
⸻
「レオニス様、
最近変です」
夜。
不意にそんな事を言われ、
俺は固まった。
寝室。
同じベッド。
隣にはティリア。
……心臓に悪い。
「変とは」
「なんというか……
最近ずっとそわそわしてます」
鋭い。
恐ろしいほど鋭い。
「そんな事はない」
「あります」
「ない」
「あります」
じっと見つめられる。
その金色の瞳に、
心臓が変な音を立てた。
……本当に勘弁してほしい。
するとティリアが、
少し首を傾げた。
「結婚式、
嫌ですか?」
その瞬間。
「違う!!」
思わず即答していた。
ティリアがびくっと肩を揺らす。
しまった。
「……すまない」
慌てて声を落とす。
するとティリアは、
少し驚いた顔のままこちらを見ていた。
俺は深く息を吐く。
誤魔化せない。
もう無理だ。
「……嫌なわけないだろ」
本当に。
そんなわけがない。
「むしろ逆だ」
「逆?」
俺は片手で顔を覆った。
情けない。
王族としてどうなんだこれは。
でも。
ティリア相手だと、
時々どうしようもなくなる。
「綺麗すぎて困ってる」
「……え?」
「結婚式の衣装姿を見てから、
ずっとおかしい」
ティリアの顔が一気に赤くなる。
可愛い。
また駄目だ。
「誰にも見せたくないとか、
思ってしまう」
「……っ」
「王として最低だな」
自嘲気味に笑う。
独占なんて、
王族として向いていない感情だ。
本来なら、
王妃は国民の象徴。
皆に愛され、
見守られる存在。
なのに俺は、
自分だけのものみたいに思ってしまう。
すると。
不意に、
服の袖を引かれた。
見る。
ティリアが、
少し困ったように笑っていた。
「……少しなら、
独り占めしてもいいですよ」
心臓が止まるかと思った。
「ティリア」
「はい」
「それ、
煽ってる自覚あるか?」
「えっ」
ないらしい。
駄目だこの人。
可愛すぎる。
俺は堪えきれず、
そのままティリアを抱き寄せた。
華奢な身体が腕の中へ収まる。
温かい。
安心する。
「……結婚したら、
もっと酷くなる気がする」
「酷く?」
「離したくなくなる」
本音だった。
ティリアは少しだけ照れながら、
俺の胸元へ額を寄せる。
「……私は、
離れる気ありませんよ」
その瞬間。
本当に、
駄目になりそうだった。
幸せすぎて。
この人を愛してから、
俺はきっと、
もう昔みたいには戻れない。




