夜空の媒介器
夜の静かな私室。
机の上へ置かれた媒介器を見つめながら、
私は小さく息を吐いた。
――ぱき。
中央へ走る、
細い亀裂。
かつて六精霊王から授かった、
最初の六種の契約器たち。
皆との繋がりそのものだった。
でも。
ノクタルギアを鎮めたあの日、
膨大な闇と魔力を受け止めたせいで、
核にヒビが入ってしまった。
私はそっと指で亀裂を撫でる。
指先へ伝わる亀裂の感触に
胸が少しだけ痛んだ。
「……ごめんなさい」
長い間、
ずっと支えてくれていたのに。
その時だった。
「派手にやったなぁ!」
豪快な笑い声
振り返ると、
炎を纏った赤髪の男が窓辺へ腰掛けていた。
「イグニス……!?」
火精霊王イグニスは、
良くやったとばかりにこちらを見る。
その隣の空間が水面みたいに揺れ、
ネレイアが現れた。
続いて。
氷晶を散らしながらルシエル。
紫電を纏うヴェルディア。
柔らかな光と共にセラフィナ。
そして、
部屋の灯りが僅かに暗くなった瞬間、
ノクティスが影の中から姿を現す。
……全員いる。
「え、どうしたの皆」
「どうしたもこうしたもないでしょう!?」
ネレイアが机をばんっと叩いた。
「契約器にヒビ入るくらい無茶したんだから!」
「普通壊れる前に止める!」
「止まらなかったのは誰だぁ?」
ヴェルディアが冷静に突っ込む。
ネレイアが黙った。
私は小さく苦笑する。
「でも、
ああするしかなかったの。
ノクタルギアを鎮めるには」
その瞬間、
部屋が静かになった。
セラフィナが困ったように微笑む。
「……そういうところよ」
「え?」
「貴女はいつも、
自分を壊す前提で誰かを守ろうとする」
痛いところを突かれた。
私は視線を逸らす。
すると。
「だから新しく作る」
ノクティスが静かに言った。
「……え?」
「新しい媒介器だ」
私は目を瞬かせた。
するとイグニスが、
どさっと机へ大量の素材を置く。
燃えるような赤結晶。
月光みたいな銀鉱石。
星屑を閉じ込めたような青晶。
黒曜石にも似た闇鉱。
「えっ」
「旧式はもう限界です」
ルシエルが静かに告げる。
「今の貴女の魔力量では耐えられない」
「でも、
こんな凄いもの簡単に――」
「簡単じゃない」
即答だった。
ヴェルディアが腕を組む。
「だから今から作るんだよ」
「今から!?」
⸻
そこからが酷かった。
「中央核は俺の炎晶を基点に――」
「却下です。
熱量が強すぎます」
「なら水晶を――」
「水は魔力循環が偏る」
「おいルシエル。
お前細かすぎる」
「雑なお前よりマシだ」
「喧嘩しないでください……」
誰も聞いていない。
完全に職人会議だった。
しかも全員、
妙に本気。
ヴェルディアは
「見た目も大事だろ!」と騒ぎ。
セラフィナは
「美しさは祝福です」と譲らず。
ネレイアは
強度と安定性を計算し続け。
ルシエルは術式構造を組み直し。
イグニスは魔力出力を調整。
ノクティスだけは静かに、
核へ闇を編み込んでいた。
……なんだか。
少し嬉しい。
独りで抱えるしかなかった力を、
今は皆が一緒に支えてくれている
皆、
本気で私のために作ってくれている。
⸻
数時間後。
完成した媒介器を見た瞬間、
私は息を呑んだ。
「……綺麗……」
それはまるで、
夜空をそのまま形にしたような媒介器だった。
繊細な銀細工で組み上げられた円環。
月を象った中央核。
透明な蒼銀の結晶の奥で、
小さな星々が瞬いている。
まるで、
本物の夜空を閉じ込めたみたいだった。
周囲には六属性の宝石。
上部には、
イグニスの深紅の炎晶。
ネレイアとルシエルの蒼と氷晶。
下部には、
ヴェルディアの紫雷晶と、
ノクティスの黒晶。
セラフィナの金光石。
そして中央。
月蝕そのものを閉じ込めた
黒月の核心石。
それぞれの力が拒絶し合うことなく、
完璧な均衡を保っている。
更に。
裏面には、
月蝕の刻印。
魔力制御用の抑制鎖。
胸元へ装着すると、
心臓の鼓動と共鳴するように淡く光った。
「……っ」
魔力が、
優しい。
前よりずっと自然に、
皆の力が流れ込んでくる。
まるで――
“守られている”みたいだった。
私はそっと媒介器へ触れる。
するとヴェルディアがにやっと笑った。
「どうだろ
超かっこよくねぇか」
「お前の趣味を盛り込みすぎだ」
「はぁ!?
お前の黒装飾の方が多いだろ!」
「……静かにしろ」
ノクティスが低く呟く。
でも耳元が少し赤い。
私は思わず吹き出してしまった。
するとセラフィナが、
ふわりと微笑む。
「月蝕の王に相応しい器だわ」
ネレイアも静かに頷いた。
「今度は壊れない」
「……皆」
胸が熱くなる。
こんなにも、
大切に想われている。
その事実が、
苦しいくらい嬉しかった。
するとイグニスが、
ぽん、と私の頭へ手を置く。
「次は自分を壊す前に頼れ!」
豪快な笑い。
でも、
優しかった。
私は胸元で淡く輝く媒介器を握り締めながら、
小さく笑う。
「……努力します」
「努力じゃなくて約束しろ」
「それは難しいかもしれません」
「でしょうね」
全員が同時に頷いた。
失礼すぎる。
でも。
部屋へ響く笑い声が、
どうしようもなく心地良かった。




