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炎の魔剣  作者: 来夏竜
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第六章 水の祭壇

テラは両開き扉の前まで来ると、ふと足を止め振り返った。

「ここを開ければ、術式が途切れるから…覚悟しておいてね」

エレイドはそっと剣の柄に手をかけ、ジェシカは右手に持った杖をギュっと握り締める。その様子を確認すると、テラは右手で右側の扉、左手で左側の扉に触れた。

すると、まるで今まで誰かが扉を無理やり開けようとしていたかのように、乱暴に開いた。同時に襲ってくる、炎の渦。とっさにジェシカはしゃがみ込み、床に手を触れる。途端に、エレイド達を守るように水の壁が床から噴き上げてくる。爆発音とともに、炎の渦も水の壁も消し飛び、あたりは湯気で包まれた。

「くっ剣はどこだ!」

エレイドは辺りを見回すが、湯気の所為で様子がわかりにくい。気配を感じ、振り返り際、剣で受ける。

「なっなんだ?」

相手は人の形をした、炎の剣士だった。押し合う剣からも熱が伝わってくる。

「ったく、暑苦しいんだよ!」

エレイドが勢い良く押すと、炎の剣士がよろけた。途端に剣士は無数の鳥に襲われ、そして消えた。ジェシカの術だ。

「エレイドさん、大丈夫ですか?」

「ジェシカか、すまない」

手袋がまるで火にくべたかのように黒ずんでいる。

「今の一瞬か…。長引くと不利だな。剣はどこだ」

「石版のところだ!」

ダットに言われ、石版の方向を見る。たしかに湯気の中、古めかしい緑の甲冑を着た人影が立っている。良く見ると、あの剣を腰にさしている。顔は兜を被っているため見えない。エレイドは思わず走り出しそうになる。その気配に甲冑が気付いたのか、甲冑が右手を挙げた。また何もない空間から、剣士がつぎからつぎへと現れる。跪いた状態から、ゆっくりと立ち上がる剣士たち。今度は炎だけではない。

「炎、木、水、金、土。マジかよ…」

うんざりしたように、エレイドはため息をついた。

「エレイド!あいつらは雑魚だ。俺たちに任せればいい」

「あなたは剣のところに行って。きっとあの子も待っているわ」

エレイドはテラとダットの顔をじっと見つめた。

「エレイドさん!」

「よしっ、やるか!」

その声とともに、エレイドは床を蹴った。まるでその声が合図だったかのように、属性の剣士たちも襲い掛かってきた。ジェシカの鳥たちは空中から襲い掛かり、テラの蝶は舞うように剣士たちに取り付く。ダットの鎖はまるで生きているかのように伸びていく。『攻』の術は、術者の本質に一番近い形になるらしい。ジェシカの場合、それは『鳥』で、テラは『蝶』、そしてダットは『鎖』だった。エレイドはそんな術の姿を横目で見ながら、立ちふさがる剣士たちをむりやり切り倒していく。そしてようやく甲冑の前までたどり着くと、足を止めた。


 甲冑はエレイドの姿を確認すると、ゆっくりと剣を抜き、構えた。今では珍しい古めかしい構えだ。剣はエレイドが記憶にあるものとは、まるで別物だった。記憶の中の剣は、いたるところに刃こぼれがあり、錆びつき、ただの古びた剣でしかなかった。でも目の前にあるものには刃こぼれも錆びも見当たらず、刃はまるで鏡のように磨かれ、装飾はあまりないものの、『美しい』という言葉が自然と思い浮かぶほど、洗練された姿に生まれ変っていた。


「うわっ」

エレイドが見とれているのを見逃さず、甲冑は一気に間合いを詰め、切りかかってきた。剣と剣がぶつかりあい、火花が散る。

『お師匠様~』

エレイドの頭の中に声が響く。まだ声変わりもしていない、少年の声。驚きと油断でエレイドの動きが一瞬、鈍った。

「っつう」

甲冑の剣がエレイドの左腕をかする。深い傷ではない。それでも傷口から生暖かいものが流れるのを感じる。甲冑は手を緩めることなく、打ち込んでくる。

「くそっ」

『これ、勝手に触るんじゃない』

『これが今のお仕事ですか~?』

剣が交じあい、火花が散るたびに聞こえる声。今度は大人の声も聞こえてくる。少年の声とは対照的に、しゃがれた、老人の声。目の前をちらつく姿。ぼやけているので見えないが、存在をはっきりと感じる。エレイドは力いっぱい剣を相手に叩きつける。

「一体なんなんだよ?!」

甲冑はエレイドの問いには答えない。代わりに剣線はもっと鋭く、そしてもっと早くなる。集中できない中、攻撃を避けるのは簡単ではない。傷がだんだん増えていく。

『お師匠さま?お師匠さま?そんな…嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!』

『だったら僕が…!僕が代わりに!』

エレイドは甲冑の剣を跳ね除けた。けれど甲冑は反発を利用し、新たに切りつけてくる。一瞬反応が遅れ、今度は左の太ももをかする。エレイドは思わず膝をついた。甲冑は一歩一歩、踏みしめるかのようにエレイドに近づく。エレイドはじっと甲冑を見据える。けれども甲冑は無表情のままだ。左の太ももが熱く、そして疼く。思ったより深い傷なのかもしれない。足はまるで麻痺してしまったかのように、動かない。エレイドは唇を噛み締めた。避けられない。そんなエレイドの考えを知ってか知らずか、甲冑はゆっくりと剣を振り上げた。


突然、あたりの風景が歪んだ。まるで混ざり合う絵の具のように、全てが溶け合っていく。そしてまた、大きくなる少年の声。

『お師匠様...?』

今度は、はっきりと見えた。横たわる老人の傍で、呆然と立ち尽くす少年。少年は慌てて老人に駆け寄り、老人の身体をゆする。

『お師匠様!お師匠様!!お師匠様!!』

でも老人の返事はない。

『嘘だ!嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!』

エレイドはおもわず耳をふさいだ。少年は無表情のまま、老人の傍に座り込んでいる。口を動かす様子はない。けれど、声だけがエレイドの頭の中をこだまし、だんだんと大きくなる。

突然、声がやんだ。ふと見ると、老人と少年の姿はない。代りに机が現れ、その上には作りかけの剣が置かれている。そしてまるで剣に群がるかのように、黒い影が机を囲んでいる。

『剣に触るな!』

少年の声に影達の動きが一瞬止まる。けれどすぐにまた動き出す。

『お師匠様の代わりは、僕がする!だから触るなあ!』

少年はもう一度叫んだ。力強い声は、空間を震わせ、影達は消し飛んだ。少年が現れ、机にゆっくりと近づく。そしてそっと剣の鞘に触れ、静かに微笑んだ。


『我ハ守レナカッタ』

エレイドの頭の中に声が響いた。

「えっ?」

辺りを見回す。けれど、誰もいない。少年もそして机もまた消えていた。

『我ハ主ノ笑顔ヲ守レナカッタ』

その瞬間、少年の映像が溢れんばかりに頭の中に流れ込んでくる。

「くっ!」

エレイドは唇を赤くにじむまで噛み締めた。次から次へと入ってくる膨大な情報に気が狂いそうになる。少年の笑顔、悲しんでいる顔、怒っている顔。まるで実際見ているかのように鮮明な映像。

『創造主ノ想イニ応エラレナカッタ』

今度は老人の姿も見える。鋭い鷲のような目をした老人。そんな老人の傍を離れようとしない少年。成長していく少年とは反対に老いて行く老人。そして…。

少年が女性に庇われるように現れる。女性の手にはあの剣が握られている。何かから逃げている、そんな感じがする。二人は走っている。突然女性が足を止めた。少年は驚いて、女性に駆けよった。女性は静かに微笑み、少年の髪をなでる。そして、突き飛ばした。少年が暗闇に消える寸前、エレイドは少年の叫び声を聞いたような気がした。いや、それは自分の叫び声だったのかもしれない。気がつくと、女性の後ろには無数の影がいた。人間、のようにも見えるが、それは黒くぼやけててはっきりと形をつかめない。女性は剣をギュッと握り締め、果敢に切りかかっていく。動きを見るだけでも、彼女の剣術がかなりの物だという事がとってわかる。彼女は襲い掛かってくる影を切り伏せ、まるで少年が消えた方向を守るかのように、影達の前に立ちふさがる。終わりのない攻撃にも、彼女は息を乱さず立っている。

 永遠に続くかと思われた攻防戦の終わりは突然、訪れた。目に見えるほどハッキリとした物ではなかった。一瞬、彼女がバランスを崩した。ほんの一瞬。でも影の一人はそれを見逃さなかった。立て続けに剣を打ち込む。防戦一方となったが、それでも彼女は華麗に攻撃を避けていた。そして避けきれず、攻撃を受け流そうと、剣で受け止めた時だった。剣が、砕けた。相手の剣は止まらず、まるで吸い込まれるかのように、女性の身体を貫いた。女性は一瞬のうちに影に包み込まれ、そして消えた。残されたのは、二本に折れた、あの剣だけだった。


「そっか。お前、悔しかったんだな」

ふとエレイドは今までの事を思い出していた。ジスタルでの依頼が終わり、なんとなく市場を歩いているときだった。ちょうど感謝祭と重なったためか、普段より多くの露天商たちが店を出していた。そして数々の露店の中、たまたま入った店に、あの剣は売られていた。

『コレハ我ノ罪』

見た目はただの、古い、ボロボロな剣。あちこちがさび付いていて、それにくわえて、二本に折れていた。普通なら買おうと思うような代物ではない。

「お前はどうしたい?」

それが魔術武器だとは知らなくても、エレイドは直感的に何かを感じていたのかもしれない。剣から目を離すことは出来なかった。

『我ハ…許サレタイ』

依頼の報酬が入ったばかりとはいえ、掲示されていた剣の値段は高かった。普通だったら諦めたかもしれない。でもエレイドは諦め切れなかった。

『汝ハ我ノ罪ヲ許スノカ?』

エレイドは店の主人に頼み込んだ。そして主人はエレイドの熱意に負けたのか、値段をかなり下げてくれた。そうしてエレイドは剣を手に入れた。

「俺に罪を許す事は出来ない」

宿屋に帰ると、珍しい事にダットが剣に興味をしめしたのだ。普段なら『人間の武器なんて…』、と何かと小ばかにしたような目で見つめる彼だったが、丹念に調べるように剣の周りを歩き回り、そして一言つぶやいた。『魔力がある』と。

「けれどお前の罪を背負ってやる事はできる」

エレイド達はジェシカを尋ねたのだった。そして起こったのが今回の騒動。テラの言葉が蘇る。

『そして三つ目の選択肢。それは坊やが、あの子に認められる事よ。主人として、持ち主として』


『我ノ罪ヲ背負ウダト?』


『あなたに、あの剣の全てを受け止める力と覚悟はあるのかしら?』

また、テラの声が聞こえる。エレイドは静かに微笑んだ。いや、苦笑した、というほうがあっているのかもしれない。剣が見せた映像。それ全てがエレイドが剣に惹かれた理由だった。

「ああ。お前の悔しい想いも、さびしい想いも、悲しい想いも。

全て、全て俺が背負ってやる」

張り詰めていた空気が消え、やさしくなったような気がした。まるで剣が微笑んでいるような気さえした。

『我、汝ヲ主ト認メヨウ』


エレイドは無意識のうちに剣を突き出していた。切っ先は空を切り、鎧にあたる。『カツン』鉄同士がかすかにあたる音がした。普通だったら意味のない小さな音。普通だったら聞こえないようなかすかな音。そんな音が水の祭壇に響いた。

まるでそれが合図だったかのように、辺りが静まり返る。

「勝った」

普通だったら考えられない状況。でもすべて普通とは言いがたかった。そんな中、エレイドは自分の勝利を実感していた。切っ先が当たった箇所からゆっくりとひびが入っていく。そして鎧は砕け散った。エレイドはとっさに伏せる。頭上を飛び散っていく破片。状況がおさまり、エレイドはゆっくりと頭を上げた。鎧があった場所にはあの剣が浮かんでいる。恐る恐る手を伸ばし、鞘に収まった剣に触れてみる。すると剣は重力に逆らうのをやめ、エレイドの手に滑り込んだ。

「『チャーグ』?」

「ナルガ語で、『誓い』と言う意味ですよ」

「えっ?」

振り返るとジェシカ達が立っていた。

「誓いか…」

「まったく、そんな名前つけるから、こんなじゃじゃ馬になるのよ…」

そう言いながら、テラは先ほどの戦いで付いたらしい埃を服から払っている。そんなテラの横、毛づくろいを終えたダットが、エレイドをじっと見ているのに気付いた。

「なんだよ」

「別に」

そんな答えにエレイドは苦笑した。まったく、この猫は何を考えているのか、わかりやしない。

「一つだけ覚えておく事ね」

そんな事を考えていると、テラが話しかけてきた。

「貴方が剣を使うか、貴方が剣に使われるかは、全て貴方しだい。『チャーグ』の力は、見たでしょ?」

エレイドはじっと剣を見つめた。そして静かに笑うと髪を掻き揚げた。

「まあ、せいぜいがんばるよ」

そんな様子にテラも眉をひそめながらも笑った。


「そういえば、ジェシカ。間に合うのかしら?」

「えっ?」

テラの問いにジェシカは間の抜けた顔をする。

「休暇、今日までだったでしょう?」

「えっあと一日…?」

ダットは呆れたように、首を振った。

「バカ、お前気付いていなかったのか?ここの空間はかなり歪んでいたぞ」

「まさか…」

ダットの言葉にジェシカの顔から血の気が引いていくのが、見ているだけでもはっきりとわかった。

「今、時刻は!」

「そうね~。正確にはわからないけど、夜?もう明け方かしら?」

と、テラはいたずらぽっく答えた。

「うそぉぉ!!」

「坊や、私たちは行きましょう?肩かしてほしいかしら?」

そう言って、テラはエレイドに手を差し伸べる。

「すまない、頼む…」

疲れきり、満身創痍なエレイドは素直にそう答えた。

「ええ!テラ、手伝ってくれないのですか~?」

「だって私、『土』の魔術師だし。この通り、坊やも怪我だらけだし」

微笑をうかべなから、テラは答えた。

「なんで、そんな嬉しそうなんですか?!ダットさん!」

今度はダットをすがる様に見つめる。

「俺は生憎、王国魔術師ではない。ついでに物質の構築は苦手だ」

「そんなぁ~」

出口に向うテラはふと足を止め、エレイドを支えたまま振り返った。

「そろそろ片付け始めないと、遅刻するわよ~」

「うわ~。仕事~。遅刻~。片付け~。あわわ~」

慌てふためくジェシカを横目に、テラは再び歩き出す。

「じゃあ、がんばってね、ジェ・シ・カ」

「裏切り者~!!」


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