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炎の魔剣  作者: 来夏竜
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第五章 水の祠


次の日、エレイド達は土の祠に向った。結果はまた空振り。

今日、午前中は金の祠。けれどそこには痕跡があったのみ。そして今、水の祠へと向って歩いていた。火の祠、土の祠、そして金の祠。入り口、広間の中に祭壇。そこには何時も大きな石版が置いてあった。魔術の事はエレイドには分からなかったが、中の構造は何時も同じだった。

「なあ、ジェシカ。俺たちが周った祠に、剣が戻ることはないのか?」

歩きながらエレイドは聞いてみた。

「もちろんありますよ。でも金の祠に痕跡があったから、次にあの剣が行きそうな所は水か木に絞られます。今から向う水の祠にいなくても、居場所はだいぶ絞られます」

「王都の『守』は、強いて言えば魔力の檻だ。追っていれば、何処かで必ず捕まえられる」

そうダットが付け加えた。街道を今度は右に逸れ、ジェシカを先頭にエレイド達は坂を下っていく。獣道を通り林を抜けると、エレイド達は湖のほとりにでた。結構大きな湖だ。真ん中に小島があるのが見える。

「『水』は水の近くって訳か…」

ジェシカが立ち止まり、祠に入る準備している間、エレイドは辺りを見回した。ふとジェシカを見ると、首を傾げている。

「どうした?」

「あっいえ、何でもないです~」

ジェシカが慌てて、地面に紋様を書き出した。一瞬の揺れ。それでエレイド達はまた、地下にいた。ジェシカはなんだか、辺りを見回している。

「どうした?」

ジェシカが答える代わりに、ダットがピョンとエレイドの肩から飛び降りた。

「乱れているな」

ジェシカが深くため息をつく。

「という事は…」

「この先に多分あの剣がいます」

ジェシカが先へ続く通路を見据え、呟いた。


「ここはずいぶん長いな」

歩きながらそう言うと、ジェシカが振り返った。人差し指を天井に向ける。

「エレイドさん、外で湖に小島があるのに気がつきましたぁ~?」

「ああ」

「祭壇はあそこの地下なんです~」

「俺たちは今、湖の下を歩いているわけか?」

エレイドが驚くと、ジェシカはニッコリと笑った。

「あったりで~す」

エレイドは立ち止まり、改めて天井を見上げた。いたって普通の天井だ。午前中に行った金の祠や、昨日とおとといに周った火や土の祠の天井と変わりない。

「そういえば、お前は何で、あの剣の事を人間みたいに言うんだ?あの剣がある、じゃなくて、あの剣がいるって」

「それは…キャッ」

ジェシカは小さな悲鳴を上げた。見ると黄色いもやに包まれている。エレイドはとっさに右手を伸ばした。けれどつかんだのは、なにもない空間だった。

「ジェシカ?」

慌ててあたりを見回す。ふと何かを蹴飛ばしたような気がして、床をみるとジェシカの眼鏡が落ちていた。拾い上げる。

「ジェシカ。ジェシカ!」

彼女の名前を呼んでみるが、返事はない。

「おいっ」

足元を見ると、いつの間にかダットがいる。

「こっちだ」

彼についていく。ダットは数歩ごとに立ち止まり、まるで何かを探しているかのようにあたりを見回す。そしてまた歩き出す。数度その行動を繰り返し、最後には壁の前に立ち止まった。

「ここだ」

「お前の…」

考え違いじゃないのか?そうエレイドは言いかけた。

「隙間...?」

「押してみろ。普通に開くはずだ」

ダットに言われたとおりに、壁を押してみる。石壁のはずなのだが重さを感じさせず、まるで普通の扉のように奥へと開いた。そこは物置のようだった。棚には書物や箱などいろいろと置かれている。そして部屋の隅に、ジェシカもいた。

「ジェシ…」

エレイドは言葉を失った。ジェシカはたしかにそこにいた。問題は彼女が一人じゃなかったという事。ジェシカはその相手に壁に押し付けられ、唇は相手の唇でふさがれていた。最初はジェシカも目を白黒させ、抵抗しようとしていたもの、熱い口づけに負けたのか、相手に身を任せるような形になっていた。

エレイドは頬が熱くなるのを感じた。気まずい雰囲気の中、ゆっくりと視線をそらすと、大きく、そしてわざとらしく咳払いをする。その咳払いで、ようやくジェシカは開放され、まるで力が抜けたかのように座り込んでしまった。

「だあれ、私の楽しみを邪魔するのは~?」

そして口づけの相手がゆっくりと振り返る。

「あらぁ。この前の坊や、じゃな~い?坊やも、私としたいの~?」

「けっ、結構だ」

エレイドは慌てて後ずさる。

「相変わらずの偏食のようだな、この悪魔が」

ふと、部屋の外にいたダットが入ってきた。

「あら、失礼ね。今は魔術師よ。どうせ呼ぶなら王国魔術師様と呼んで頂けないかしら、化け猫さん」

目の前の女性がいたずらっぽく笑った。この女性、ジェシカと同じく王国魔術師の一人、テラだ。彼女を一言で表すとしたら、『美人』と言う言葉以外必要ないだろう。褐色の肌。つややかで、流れるような黒髪。全てを飲み込んでしまいそうな、くっきりとした黒い瞳。黄色い法衣の上からでもわかる、スラリとした姿。けれど問題点が二つ。『美人』と言う言葉の前に、『妖艶な』という形容詞がつく事。そしてなにより、彼女も王国魔術師の一員だと言う事実。この二つの事がらが、テラがカイル以上に食えない人物だという事を示していた。エレイド自身はテラとはつい最近知り合ったばかりなのだが、ダットは彼女との付き合いは長いらしい。二人の関係に興味がないわけではなかったが、少なくてもエレイドにとっては、テラは距離を置きたい存在であることには違いはなかった。

「落ちぶれたもんだな、お前も。あんな男に使われるなんて」

「あら、それはおたがいさまじゃないの?」

そう言いながら、テラが突然エレイドを見たので、視線があう。エレイドは引きつりながらも、微笑んだ。

「いひなりひろいでふ~てら~」

まだ彼女の登場のショックから立ち直っていないジェシカが、座りながら抗議の声を挙げた。いきなり酷いです、テラ、と言っているらしい。

「ごめんなさい。あんまりにもジェシカが可愛いから。ほんの挨拶よ。許して」

謝っているはずなのに、謝っているようには聞こえない。

「お前もお前だ。こんなやつが身近にいるのに、身構えておかなくてどうする」

「そんなぁ、ひどぉいです~だっとさぁ~ん」

エレイドはため息をつき、座り込んでいるジェシカに拾った眼鏡を手渡した。

「まあ、いいですぅ~。ここは水の祠。テラに奪われた魔力ぐらいはすぐ回復します」

眼鏡をかけ深呼吸をし、ようやく少し復活してきたのだろう。

「それにしても、なんでテラがここにいるんですか~?」

ふらつきながらも立ち上がり、埃を払いながらジェシカは聞いた。

「この件は…少なくてもこの三日は、私に一任されたはずです!」

その言葉にテラはまじめな表情に変わる。

「貴方たちのことは、カイル様から聞いているわ。私がここに来たのは、ある意味偶然。私が用があったのは、土の祠。まあそこから乱れを追ってきたのは、単なる好奇心だったけど」

「お前は…」

「会ったのですか、テラ」

ダットとジェシカの問いが重なる。テラの顔が不機嫌そうに曇る。

「ええ、会ってきたわ。とんでもないじゃじゃ馬よ?ここから逃げ出さないように閉じ込めてきたけど、油断していたとはいえ、予想外よあの力は」

「予感は当たってしまったようですね~」

ジェシカがふっと息をついた。突然、テラがエレイドを指差した。テラに近寄られ、混乱と戸惑いでエレイドは後退する。

「坊や、あなたに、あの子に認められるほどの力があるのかしら?」

「ちょ、ちょっと、待ってくれ。いったいどういう意味なんだ」

テラは大きく目を見開き、口をパクパクさせる。驚きのあまり、言葉が出てこないようだ。そして勢い良くジェシカとダットへ振り返る。

「あなたたち!この坊やに、何も説明していないの?!」

「テラがいきなり出てくるからです~」

ダットが床に座り、エレイドをまっすぐと見つめる。

「エレイド、お前はさっき聞いたな。何故、俺たちがあの剣を生き物のように話すのかと。それは魔力によって意思が生まれるからだ」

「意思?」

「エレイドさん、私たち魔術師にとって、魔力を物に定着させることは、命を物に吹き込む事と、同じ意味を持つのです。魔力によって物は意思を持ちます。それは魔術師にしか感じとれないぐらい微かだったり、エレイドさんのように魔力をほとんど持たない人間でも読み取れる場合もあります。だから私たちは、それを物としては扱いません」

「時と場合によって、意思の強さも違うという事だ。今回の場合、あの剣の魔力はかなりのものになってしまったはずだ。意思だけではなく、自我まで生まれたのでは…?」

ダットの視線はテラへと移る。

「さあ~。会ってみての、お・た・の・し・み」

エレイドは前髪をかきあげる。

「でっ、どうすればいいんだ?」

「ふふっ、三つの選択肢があるわ」

「一つ目は、あの剣を壊してしまうことです。生半可に魔力を発散させて~という事はかなり難しそうですから。やっぱり壊してしまうのが一番簡単な方法でしょう。私としては、却下したい選択肢ですね~。折角治ったのに~もったいないですぅ~」

「二つ目は?」

「二つ目は、私たち王国魔術師が保護するという事です。幸か不幸か、テラもここにいます。魔術師が三人もいれば、保護はできますよ」

「だがな、エレイド。名目は『保護』でも、あの剣に『呪いの剣』という紙をはりつけ、厳重にしまいこむ、というのが実際の話だ」

ダットが付け加えた言葉に、ジェシカの顔は不満そうにゆがんだが、何も言わなかった。

「そして三つ目の選択肢。それは坊やが、あの子に認められる事よ。主人として、持ち主として」

不思議そうな顔をしているとテラが続ける。

「知ってのとおり、あれは普通の魔術武器ではないわ。ある意味『呪いの武器』といっても過言ではないでしょうね。たいていの人なら武器に振り回されてしまうわね」

挑戦的に、テラの黒真珠のような瞳がエレイドを見つめる。

「あなたに、あの剣の全てを受け止める力と、覚悟はあるのかしら?」

「お、俺は…」

エレイドが何か言おうと口をあけると、テラがそっとさえぎった。

「まだ会ってもいない相手に、覚悟やら、力やら言われてもわからないわよね。私は貴方の考えが知りたいの。どうしたい?」

「ったく。選択肢なんてあってないようなものじゃないか。壊すのはもちろん却下だ。『保護』なんていうのは論外だ。話がだいぶ大きくなってしまったが、もともとあの剣が欲しかったから、ジェシカに修理を頼んだんだ」

その言葉にダットが興味深そうに、目を細める。

「その選択肢があるだけ感謝するんだな、エレイド」

「えっ?」

「相変わらず、察しがわるいわね。カイル様の意図がまだわからないの?」

「どうせ、俺は鈍感だ…」

エレイドが口を曲げると、ジェシカがクスクスと笑う。

「エレイドさんだから、室長は三日間の猶予をくれたんですよ~?『三日内にこの件を片付けていただければ、その魔術武器の所有を許可しましょう』」

カイルの言い方をまね、ニッコリと笑う。

「相変わらず、全てお見通しと言うことか…」

「もちろんよ。そうでなければ、王国魔術師のリーダーなんて事をやっていないわ」

エレイドはテラを、そしてジェシカを見た。

「たしかに…そうかもな」

目の前にいる二人だけでも、かなり個性が強い。そんな二人だけではなく、カイルは五人ものメンバーをまとめあげている。そのうえ全員が奇人、変人が多い魔術師だ。並大抵な実力ではまとまらない。とことん食えない人間だな、とエレイドは改めて思った。

「エレイドさん」

「うん?」

「祭壇に行く前に一つだけ。もしエレイドさんが失敗した場合」

眼鏡を通し、ジェシカの瞳がまっすぐとエレイドを見つめる。普段の付き合いではあまり見せない表情だ。

「『保護』、場合によっては『破壊』に移ります。いいですね?」


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