第四章 火の祠
「認めるのは癪だが、あの男に限ってそんなへまはしないな」
ダットの言葉にエレイドは頷いた。王国魔術師は奇人が多いが、優秀な人材ばかりだ。まあ、時には奇妙を通りこして、変人な事も多いが…。そんなメンバーをまとめるカイルがそう簡単にへまをするわけない。ただでさえスキを見せない男だ。
「でっこれからどうする?」
「そうでっすね~。室長に言われた期限は今日を入れて四日。今から一番近い、火の祠に行ってみましょう?残りの四つは三日で十分周れます」
ジェシカを家を出て三十分。城壁を抜け、また三十分。街道からはずれた、森の奥の、少し開けた場所に来ると、ジェシカは立ち止まった。
「こりゃあ、知らなきゃ来れないな」
そんなエレイドの呟きにジェシカはクスリと笑った。
「知っていても、そう簡単には入れませんよ~」
ジェシカはふとひざまずく。エレイドは不思議そうに肩越しに覗くと、地面に石版が埋めこめられていた。
「それは?」
「ここが入り口です。エレイドさん、そこを動かないでくださいね?」
そう言うと、ジェシカは近くにあった枝を拾い、地面に何かを書き始めた。
「でっきました~」
枝を置くと、ジェシカは石版に触れた。
「うわっ」
エレイドは一瞬、地面が揺れたような気がした。でも一瞬だけ。気がつくとエレイドたちは小さな部屋の中にいた。エレイドが目を丸くしていると、ジェシカがいたずらぽっく言った。
「ここが、火の祠の本当の入り口ですよ」
「ここが?」
そう言われて、エレイドは改めて辺りを見回してみた。明らかに地下なのに、なぜかぼんやりと明るい。見回しても松明のようなものは見当たらない。
「さっ、祭壇はこの奥です。剣がいるとしたら、そこですね」
ジェシカについていきながら、エレイドはふと疑問に思ったことを口にした。
「なあジェシカ。剣が見つかったらどうするんだ?今まで剣の行方の事しか話していなかったが…」
その言葉に、若い魔術師はバツが悪そうに立ち止まった。
「それなんですよねぇ~。普通だったら余分な魔力を発散させて…と思っていたんですけどぉ…」
「このバカの話を聞く限り、意外と魔力が定着しやすい材質みたいだからな…。実際の剣の状態を見ない限り、対策が立てられないって事だ」
と、ダットが続けた。
「よくわからない答えだな…」
「それだけ、すごい剣だという事です~」
「それだけ、厄介な剣だという事か…」
なぜかうれしそうなジェシカの横顔を見ながら、エレイドは深くため息をついた。
祭壇はエレイドが想像していたよりシンプルな造りだった。広間のような場所。そして奥の数段高くなったところには、大きな石版が置かれている。
「外れみたいですね…いちおう、ここに来ていないか調べてみます」
「そんな事、分かるのか?」
「魔力の乱れを探ればわかりますよ~。あの剣だったら、来るだけで乱すと思うので~。エレイドさんはちょっと待っていてください~」
そういうと段を身軽に駆け上がり、ジェシカは石版に触れた。五分ぐらいすると、ジェシカが戻ってきた。
「何か分かったか?」
「ここには来ていないみたいですね~。早く出ましょうか。あまり長くいると、私がここを乱しかねません」
ふと疑問に思ったが、ジェシカが先に行ってしまったため、質問はしなかった。
来た道を引き返し、また外に出た。城壁まで戻ってくると、もうすでに夕方になっていた。
「あまり長く中にいた感じはしなかったが、もう夕方か…」
そうエレイドが思っていると、ジェシカが振り返った。
「エレイドさん、さっき『私が乱す』って言った時、なんだか聞きたそうな顔をしていましたよね?」
「あっ、ああ」
「魔術師にも属性はあるんですよぉ~?ちなみに私は水。だからあまり長くはあそこにはいられないんです。居心地はいいんですけどね」
「なるほど」
頷きながらエレイドはもう一度属性の図を思い浮かべた。全ての属性はつながっている。水は火に対すると有利だ。『乱す』と言うのは、だからだろう。
「だったらお前はどうなんだ、ダット?お前も一応魔術師の分類に入るんだろ?」
「影響ない」
「何故?」
ダットが答えないでいると、代わりにジェシカが答えた。
「ダットさんは六番目ですよ~。光と闇は特殊なので、他の属性には直接的な影響はありません~」
「わかったような、わからないような…」
「エレイドさん達はそっちですよね~。えっと明日、朝、南門で待っています~」
言うだけ言うと、ジェシカはエレイド達を残し、帰って行った。ぼんやりと彼女を見送っていると、ダットが小声でささやいた。
「帰らないのか?」
「あっああ」
ダットの声にエレイドも歩き出す。
「まったく…」
エレイドはまた大きくため息をついた。