第2話 新城トレイル 32km
新城トレイル11km の表彰式の前に、翌日開催の32km の受付を済ませる。昨年はヘッドライトの他に、スマホの交換用バッテリーも携帯しているかとか煩かったが、今年はノンチェックだった。チェックされればデバイスを見せて、『ロングバッテリーデバイスなので交換用バッテリーは不要です』と言うつもりだったが、嘘つきにならなくて済んだ。
表彰式の後、じゃんけん大会があり、商品がスポンサーの食事券の時に勝ってしまった。辞退すれば良かった。一度勝つと次のじゃんけんに進めないのである。食事券をゲットしても場所が遠くてどうにもならない。
宿に戻ろう。宿泊2日目も前日と同じ県民の森モリトピアであるが、例年のごとく2日目は大広間に移動しなければならない。11km は10時スタートなので、近隣のランナーはひろみちゃんのように日帰りが可能である。32kmは8時スタートなので、殆どのランナーが前泊する。その為、シングルの宿泊客は全員大広間になる。
受付は16時からだ。30分待った後すぐ終了。大広間は2室有り、小さいほうが自分の部屋のようだ。横に10列、縦に3行分、布団が敷かれている。自分の番号の置かれた布団は入口に近い。昨夜のように荷物を拡げられないので、足元に置く事にする。時間は十分有るが、先ずは明日のレースの準備をしなければ。ナンバーカード(ゼッケン)をバッグと長袖シャツに着けるのがちょっと面倒であるが、後はレースで必要な物をバッグに入れるだけである。今回はバッテリーの消耗したスマホは御役目御免である。
大広間の場合、消灯のタイミングが難しいが、20時過ぎに勇気ある人が消灯してくれた。彼は私の隣の64km に出場のエリートランナーである。
大広間ではいびきをかく人がいるのは仕方ないが、今回はひどい。最初は1人だけだったが、彼が止まると今度は次々と後に続く。ソロになったり、合唱になったり。結局、朝まで殆ど眠れなかった。
翌朝、一番最後に部屋を出る。7時30分。スタート30分前だ。スタート地点には上位を狙うランナーがやる気満々で並んでいる。こちらは最後尾に回り込んで、ゆっくりストレッチを始める。昨日、11km 走っているのでウォーミングアップは不要だ。
8時ジャスト、スタート。スタートラインまで40m。丁度1分費やした。登山口付近までは22分48秒。問題の渋滞時間は10分27秒。昨年より2分半ほど短いようだ。5km のウォーターステーションは素通りする。6km 辺りでスタート地点のすぐ上部に到達する。強度の方向音痴の為、昨年まではここがどの地点かよく分からないまま走っていた。
この後左に回りこんだ後、急坂を上るが歩いた距離感覚よりスマートウォッチの表示距離が短く感じる。急登の為、実際それ程進んでないのか? それともGPS では上から見た水平距離が表示されるのか? 疑問を振り払って先に進む。
昨年、右足首を捻挫した10km 地点の下りを慎重に下りる。下り切った所が11kmレースの登山口であり、やがて12km 地点の第1関門の亀石の滝に到着する。3時間19分。昨年と同じタイムだ。昨年は捻挫で5分ロスしている。という事は、実質ペースは5分遅い事になる。拙い。出発を数分早めた。
昨年はこの後の急登で左右の内腿を繰り返し攣って30分ロスし、第2関門で終わってしまった。今年は慎重に歩を進め、タイムを気にしながら分岐点まで辿り着くと、右上方から上級ランナーが凄いスピードで下りてきている。丁度自分の倍のスピードで走っているようだ。ここで、一休みしてパンとドリンクを補給する。食べながら歩ける人が羨ましい。私には無理です。
上級者と別れピークを横目に、右に巻いて第2関門目指します。巻き終わって再び上級者と対面する宇連山分岐(約16km)で、スマートウォッチのバッテリーが危うくなってきた。何とか宇連山まで持ち堪えて記録をセーブし、そこでGPS 機能を開放する。この先は記録は残らないが時刻は分かる。
第3関門を17時(スタート後9時間)までに到着しなければならない。その為には第2関門を15時(スタート後7時間)までに到着する事が目標となります。2年前にゴール関門1分前にゴールした時は、第2関門は15時3分前に到着している。
さあ、ここからは第2関門までは下りベースだ。少しでも余裕を持って到着しなければ。少しずつ脚の動きが良くなってきたようだ。小走りに走る。順調だ。
ところが、…。
”ドキッ!”
”ウァ~! 攣った!”
今回初めて、右内腿が攣ってしまった。昨年ほど、強烈ではない。ここで無理したら、昨年の二の舞になる。一度座り込もうとしたが、右脚を浮かそうとするだけでその右内腿が更に攣りそうになり、左脚一本で立ったまま不動の姿勢を取る事になった。先ほど追い越してきた男女にも抜き返され焦る、焦る。
”ああ、今年もダメか⁉”
それでも5分程で、どうにか動かせるようになり、ゆっくり歩いてみました。5分ほど歩いた後、ゆっくり走ってみる。徐々にペースを戻しながら19km地点のウォーターステーションに到着した時は、厳しい状況になってました。
水だけ飲んですぐに出発したけれど、第2関門到着は15時を18分程過ぎていました。2年前は15時3分前に到着し、15時15分に出発しています。これはもう休憩時間を削るしかない。5分の休憩の後、出発しかけましたが、思い直してトイレを済ませました。さあ、このトイレの1分半がどう出るか⁉
2年前より10分遅れて第2関門を出発した。2年前は3分前に第3関門に到着している。なら、7分速く走れば間に合う。あの時は途中疲れてバナナを食べた。3~4分ロスしたはずだ。ならば、3~4分速く走れば間に合う。
上りは小股で速歩、下りは大股で速歩、緩い山道は小走り。ノンストップで頑張った。関門閉鎖まで残り5分ぐらいで、前方で賑やかな声が聞こえてきた。
”やった! 間に合った!”
そう思った。でも、違ってた。そこは関門ではなかった。前を行く選手の無意味な叫び声だった。
”ああ、ダメか⁉”
岩場から細い山道に入ってすぐに、人騒がせなランナーの姿が見えた。
「行くぞ!」
「えっ、行くの? 諦めたのに!」
彼を追い抜いてすぐに、
『関門まで300m』
の立て看板が見えた。
”あと2分。無理か!”
でも運営がルーズな事で有名なこのイベント会社。1分ぐらいなら大目に見てくれるかも⁉
「あと、300m だ。行くぞ!」
第3関門に到着した時、17時00分台だった。
「関門時間、過ぎました」
無慈悲!
このイベント会社、
『選手に厳しく、身内に甘い』会社である事を忘れていた。
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失意の新幹線の中、
”来年は32kmに専念しよう。1レースだけなら絶対完走できる”
(そう思ったのはその日だけだった。翌朝には、すっかりいつもの自分に戻っていた)
”来年こそ、2レースとも完走してやる!”




