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ドラゴンを斬った女の初恋  作者: 9iyus
第五章 旅立ち
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第2話 第二王子エルネンは、魔法にかけられる

 第二王子エルネンは、普段であれば、眠っている時間だった。


 寝室に充満する煙に、むせ返りながら聞いた。


「これも、魔法なの?」


 ゲホゲホと咳をするたび、そのモヤがうごめき、葉巻を一生懸命に吸う二人の姿が、見え隠れした。


「どちらかというと、呪術とか薬学とか催眠術とか、その方に近いですね。」


 それらも、ステラの得意分野なのですと、アリストラは煙を吐き出しながら言った。


 よくわからないが、魔法陣の魔法とは、また別物らしい。


 三人はエルネンの寝室で、香を十つも焚き、胡座をかいて、一本の蝋燭を囲んでいた。


 リリアーナは葉巻を咥えたまま、気怠そうに、フーッと煙を真上に吐き出した。


「……今からやるのは、追想の術というものです。昔、アリスがステラの杖を無くした時に。」


「かけられたな。あの時は、本当に怒られたな。」


「忘れた記憶を、思い起こさせる術です。トラウマを思い出させる拷問とかにも使います。」


 用途が幅広い。


 アリストラの笑い声と共に、モワッと二人の顔が浮かび上がる。


 魔法使いはケラケラと余裕そうだが、剣士の方は、なんだか顔色が悪い。


「リリー。具合が悪そうだけど、大丈夫かい。」


「……私は、大丈夫ですよ。」


 彼女は最近、ずっとこんな調子だった。体調が優れないのか、機嫌が悪いのか。不安なのか、悲しいのか。何が、辛いのか。


***


 中庭のティータイムだ。


 二人は、僕がすごく勇気を振り絞って伝えたことに、気がついただろうか。


 北部の戦争に、もちろんついてくると言った。


「時を巻き戻すというような強力な魔法は、ドラゴンを斬った者にしか使えません。」


 北部のさらに向こうの国だ。そのドラゴンが居るのだという。


「むしろ丁度良かった。戦争の帰りにでも、仕留めていきましょう。」


「キノコでも取って帰るみたいに言うね。自分はあの時、すぐにやられたくせに。」


 フンフンと、鼻歌でも歌い出しそうな魔法使いを、リリアーナが睨みつけた。


 粉々にしたアップルパイを、責任を持ってチビチビとつまんでいた。


「……ドラゴンの魔法は目に宿り、一度使うと片目が、二度使うと両目が見えなくなるそうです。」


「へえ。」


 空にしたティーカップを置き、手で、片目を覆ってみた。


 この国を建国した、隻眼の王の話を思い出す。


『私が、貴方様の右目となりましょう。』


 建国話には、王を支える剣士が出てくる。


 君は、僕のそばにいてくれるだろうか。


「エルネン様。」


 パッとその手をとられた。リリアーナが、上から僕を覗き込む。


「本当に、時を巻き戻すのですか。」


 その淡い紫色の瞳が、不安そうに、悲しそうに、静かに揺れる。


『やり直したいことなど、山ほどある。取り戻したい人がいることも、痛いほどわかる。しかし。』


 君は、建国話の剣士と同じことを言った。


「後悔のない人生を歩む人間など、存在しません。」


『しかし、それが人生なのではないか。』


 しかし王は、時を巻き戻したのだ。


***


 剣士から、葉巻を口に差し込まれた。


「……エルネン様、あまり深く吸わないで。」


「いいえ、思い切り吸ってください。」


 魔法使いはその先に、火をつけた。緑色の炎が、ポッと灯り、黄色くくすぶる。


 熱い、苦い。咳き込みそうになるのを、なんとか飲み込んだ。


 フーッと、ゆっくりと口から吐き出すと、その煙は白から緑色に、変色していく。


「エルネン様、吸ったことありますね?」


「……緑?アリス、葉巻はこれであってる?」


「それが、葉が混じってしまって。全部吸ってみようかと。」


「あんた、それでも魔法使いなの……。」


 彼女は掠れた声を最後に、パタッと横に倒れた。


「リリー、大丈夫……。」


 エルネンは慌てて手を伸ばそうとしたが、体が思うように動かない。


 頭も、煙が入り込んでしまったかのように、ボンヤリと冴えない。


「やっぱり、合わせ方を間違ったかな。」


 すぐそばにいるはずのアリストラの声が、遠くに聞こえる——


 王子はやっと、その髪に手を伸ばした。


 手に取ると、サラサラとした銀髪が、なぜか赤い癖毛に変化する。


「リリー…。いや、イリヤか?どうして、ここに。どうして、こんなことを。」


 イリヤ・エリオールだ。今まさに、僕の目の前で息絶える。


 あの時の、記憶の中だ。


 僕は、彼女の瞳を確認しなくてはならない。


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