第2話 第二王子エルネンは、魔法にかけられる
第二王子エルネンは、普段であれば、眠っている時間だった。
寝室に充満する煙に、むせ返りながら聞いた。
「これも、魔法なの?」
ゲホゲホと咳をするたび、そのモヤがうごめき、葉巻を一生懸命に吸う二人の姿が、見え隠れした。
「どちらかというと、呪術とか薬学とか催眠術とか、その方に近いですね。」
それらも、ステラの得意分野なのですと、アリストラは煙を吐き出しながら言った。
よくわからないが、魔法陣の魔法とは、また別物らしい。
三人はエルネンの寝室で、香を十つも焚き、胡座をかいて、一本の蝋燭を囲んでいた。
リリアーナは葉巻を咥えたまま、気怠そうに、フーッと煙を真上に吐き出した。
「……今からやるのは、追想の術というものです。昔、アリスがステラの杖を無くした時に。」
「かけられたな。あの時は、本当に怒られたな。」
「忘れた記憶を、思い起こさせる術です。トラウマを思い出させる拷問とかにも使います。」
用途が幅広い。
アリストラの笑い声と共に、モワッと二人の顔が浮かび上がる。
魔法使いはケラケラと余裕そうだが、剣士の方は、なんだか顔色が悪い。
「リリー。具合が悪そうだけど、大丈夫かい。」
「……私は、大丈夫ですよ。」
彼女は最近、ずっとこんな調子だった。体調が優れないのか、機嫌が悪いのか。不安なのか、悲しいのか。何が、辛いのか。
***
中庭のティータイムだ。
二人は、僕がすごく勇気を振り絞って伝えたことに、気がついただろうか。
北部の戦争に、もちろんついてくると言った。
「時を巻き戻すというような強力な魔法は、ドラゴンを斬った者にしか使えません。」
北部のさらに向こうの国だ。そのドラゴンが居るのだという。
「むしろ丁度良かった。戦争の帰りにでも、仕留めていきましょう。」
「キノコでも取って帰るみたいに言うね。自分はあの時、すぐにやられたくせに。」
フンフンと、鼻歌でも歌い出しそうな魔法使いを、リリアーナが睨みつけた。
粉々にしたアップルパイを、責任を持ってチビチビとつまんでいた。
「……ドラゴンの魔法は目に宿り、一度使うと片目が、二度使うと両目が見えなくなるそうです。」
「へえ。」
空にしたティーカップを置き、手で、片目を覆ってみた。
この国を建国した、隻眼の王の話を思い出す。
『私が、貴方様の右目となりましょう。』
建国話には、王を支える剣士が出てくる。
君は、僕のそばにいてくれるだろうか。
「エルネン様。」
パッとその手をとられた。リリアーナが、上から僕を覗き込む。
「本当に、時を巻き戻すのですか。」
その淡い紫色の瞳が、不安そうに、悲しそうに、静かに揺れる。
『やり直したいことなど、山ほどある。取り戻したい人がいることも、痛いほどわかる。しかし。』
君は、建国話の剣士と同じことを言った。
「後悔のない人生を歩む人間など、存在しません。」
『しかし、それが人生なのではないか。』
しかし王は、時を巻き戻したのだ。
***
剣士から、葉巻を口に差し込まれた。
「……エルネン様、あまり深く吸わないで。」
「いいえ、思い切り吸ってください。」
魔法使いはその先に、火をつけた。緑色の炎が、ポッと灯り、黄色くくすぶる。
熱い、苦い。咳き込みそうになるのを、なんとか飲み込んだ。
フーッと、ゆっくりと口から吐き出すと、その煙は白から緑色に、変色していく。
「エルネン様、吸ったことありますね?」
「……緑?アリス、葉巻はこれであってる?」
「それが、葉が混じってしまって。全部吸ってみようかと。」
「あんた、それでも魔法使いなの……。」
彼女は掠れた声を最後に、パタッと横に倒れた。
「リリー、大丈夫……。」
エルネンは慌てて手を伸ばそうとしたが、体が思うように動かない。
頭も、煙が入り込んでしまったかのように、ボンヤリと冴えない。
「やっぱり、合わせ方を間違ったかな。」
すぐそばにいるはずのアリストラの声が、遠くに聞こえる——
王子はやっと、その髪に手を伸ばした。
手に取ると、サラサラとした銀髪が、なぜか赤い癖毛に変化する。
「リリー…。いや、イリヤか?どうして、ここに。どうして、こんなことを。」
イリヤ・エリオールだ。今まさに、僕の目の前で息絶える。
あの時の、記憶の中だ。
僕は、彼女の瞳を確認しなくてはならない。




