第1話 魔法使いアリストラは、アップパイが好き
読んでいただきありがとうございます。第5章です。
昼下がり、城の庭園だ。風が、少しずつ冷たくなってきていた。
魔法使いアリストラは、紅茶を淹れていた。
カチャカチャと、白いティーカップがソーサーの上で音を立てる。
王子エルネンは、いつもの調子でのんびりと言った。
「なんだか、こうして三人で紅茶を飲むのは、久しぶりだね。」
束の間の休息だった。明日にはここを、発たなくてはならない。
リリアーナは口をギュッと結んだまま、アップルパイをザクザクと切り分けていた。
花々は終わりを迎え、青い芝だけが残り、その上に浮かぶ、雲のように白い椅子テーブル。
庭園は静かで、三人だけだ。席につくと、ハーブの香りが風に乗って、場違いに漂った。
王子は紅茶を一口飲むと、空を見上げて呟いた。
「前にここで、君たちは、雇われた理由を聞いただろう。」
理由は、聞けないままだった。
ドラゴンを、探しているのだと思っていた。
「僕は、ドラゴンというより、操舵の魔法と、時の魔法のことを調べていたんだ。イリヤを死なせてしまったことを、ずっと後悔していて。」
操舵の魔法とは、人を操る魔法だ。
この魔法は難しく、扱えるのは、魔女ステラくらいしか、いないのではないだろうか。
「それで、ステラの傭兵である俺たちに行き着いたのですね。」
はなから、黒幕の手下だと思っていたのだろうか?
俺は、王子の顔を見られなかった。カップに映る自分に、おそるおそる話しかけた。
「イリヤ・エリオールは操られていて、エルネン様のことを襲ったのではないか。それを、時の魔法を使って確認したいと、そういうことですか?」
黙りこくっていたリリアーナは、やっと口を開いて言った。
「そんなことを知って、今さらどうするというのですか。操られていたとしたら……。」
もし操られていたとしたら、王子は、護衛騎士を殺したことを、心底後悔するだろう。
操られていなかったとしたら、本当に裏切られたことを知り、どちらにせよエルネンは傷つくことになる。
それが、出会った時、俺たちを雇うのに躊躇した理由だったのだろう。
「もし、操られていたなら、俺たちのことは……。」
エルネンは笑った。
「ステラの仕業だったらってこと?そんなことはいいんだ。あの時は、時の魔法に用があって。」
大切な人を亡くした人は、皆そう言う。
黒幕が誰かなど、この王子にはどうでも良かったのだ。
——ハァ。
「時間を巻き戻して、その時をやり直したいのですね。……自分の方が死んでしまえばよかったなんて、思ってはいないですよね。」
リリアーナは、ため息と共に、陰気な空気を吐き出した。チビチビと生地を剥がされたアップルパイは、粉々だった。
王子は、また笑った。彼女とは対照的に、今日は特に明るい。
もう、気持ちが決まっているのだろう。
「そう、思っていたこともあったけど。」
しかしエルネンは、来る暗殺者を跳ね返し、王子の責任を果たしてきた。
「君たちといると楽しいし、生きていて良かったと思うよ。」
北部の国境では、また戦争が起きた。
クレマチスは戦死し、第一王子は、親友の死に打ちのめされ、戦場に現れないらしい。
戦況は、押されているという。
第二王子エルネンは、テオールの代わりに戦場に立つ。
「ついてきてくれるかい。」
その美しい青色の瞳が、強さを隠しきれずに俺たちを誘う。
空になったティーカップから、季節が移る香りがした。
「もちろんです。俺たちは、北部への近道を知っていますから。」
ホラ、返事をしろと肘でこづくと、彼女はノロノロと顔を上げた。
——ハァ。
観念したのか、それ以上崩すところがなくなったのか、パイの残骸の上にフォークを置いた。
「操舵の魔法にかかったものは、瞳が黄色く光るのです。…………エルネン様、イリヤ・エリオールの最期を、覚えておりますか。」
心残りがあるまま、戦場に行かせるわけにはいかなかった。
長くなってきましたが、読んでくれている方いらっしゃるのでしょうか?ありがとうございます。よろしければ、続きもお願いいたします。




