将軍の憂い
登場人物
丘坤…………美質な弓の名手。妖しの狻猊を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
欧陽坎…………矛の手練者。妖しの短狐を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
巩岱…………細作。介象に仕える。
娄乾…………萬軍八極のひとりと思しき富豪。
韋震…………賊徒のような身形の若者。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
蚩尤…………邪神。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
風沙…………妖し。美貌の持ち主。蚩尤に仕える九黎のひとり。
太皞…………妖し。老婆の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
裴巽…………蚩尤に従う魯国の将軍。妖しの飛廉を僕に持つ。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
「経緯は知らぬが、操人蟲を宿してはいないようだな。俺も膿み始めていたところだ。歓迎しよう」
裴巽は、精悍な面貌に湛えた笑みを韋震に晒した。
「膿み始めた? その云い様、気になるな」
安堵した韋震を他所に、陽虎は怪訝な顔となって裴巽に質した。
「兵たちは極めて従順。動きに乱れもない。将と呼ばれる者にとっては、この上ない兵であろう。しかしなあ……」
裴巽は、その顔を曇らせた。
「理想の兵なのであろう? 何が不満だと云うのだ?」
眼を円くした陽虎は、声音を大きくした。
裴巽は、寂しそうな眼付きになると、兵たちの群れを見遣って指差した。
「あの兵を見てみろ」
裴巽が指差した処に、陽虎と韋震が視線を動かした。
「左腕が力なく垂れ下がっているだろう。数日前、奴は調練中に腕を折った。だが、そのまま調練に没頭している。一言も発せず、顔色も変えずにな」
「……どういうことだ?」
陽虎は眉を顰めると、裴巽の寂しそうな瞳を見詰めた。
「操人蟲を宿した者は、痛みを感じる機能を失っている」
「――――⁉」
悸っとした韋震は、その眼を円くした。
「憐れなことだ。互いに会話することもない。既に心は死んでいるのだ。只、上官の命のみを聞き入れ、躰が動かなくなるまで戦うだけの傀儡に過ぎない」
「それで、膿んだと……」
「俺には、如何することもできんからな。将としての職務を全うするだけだ。操人蟲に犯されていない者が、こうしてひとり編入されただけでも、大分気は安まる。よろしくな、韋震」
裴巽は、再び韋震に笑みを見せた。
韋震は、こくりと頷首を返した。
裴巽の方が幾つか年長に見えた。あと数年もすれば、これくらい立派になれるのだろうか。ひょんなことから、得体の知れない軍の兵卒になることができた。しかし、異様な兵が集った軍のようだった。




