平伏の匪賊
登場人物
丘坤…………美質な弓の名手。妖しの狻猊を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
欧陽坎…………矛の手練者。妖しの短狐を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
巩岱…………細作。介象に仕える。
娄乾…………萬軍八極のひとりと思しき富豪。
韋震…………賊徒のような身形の若者。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
蚩尤…………邪神。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
風沙…………妖し。美貌の持ち主。蚩尤に仕える九黎のひとり。
太皞…………妖し。老婆の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
丘坤を抱えた夸父の背を一瞥した韋震は、怖ず怖ずと尊盧に従った。
宮廷内は、文官たちが忙しなくしていた。どれも顔色は悪く、何かに脅えているように見える。尊盧の姿を認めると、眼を合わせることもなく、決まって大げさなまでに平伏した。
その様子に、韋震は首を傾げながら尊盧の後に続いた。通されたのは、鼻に付くほど血生臭い玉座の間だった。
「只今戻りましたぞ、蚩尤さま」
「平然と玉座の間に庶民を連れて来られたか……」
尊盧の帰還の挨拶に、玉座の間の後方に佇立した司徒の季平が肩を落とした。
「これまでの秩序は通用せん。逆らえば、死は免れませぬぞ、季平どの」
季平に身を寄せ、小声で諭したのは司馬の叔孫豹だった。
「左様。暴挙から生き永らえることにのみ専心したら宜しい」
同じように、季平に寄って囁いたのは、司空の孟献だった。
この三公の盾となるように、陽虎が整然と佇立している。
帰還した尊盧が慇懃に拝跪した相手は、異形の持ち主だった。そればかりではない。労せずとも人の命を捥ぎ取るような得体の知れない力を持っている。邪悪――。そう直感した韋震は、従順な態度を以って尊盧の後ろで平伏した。
「萬軍八極を労せず捕えるとは、流石だな、尊盧」
頬杖を突いた蚩尤は、六つの眼を細めて尊盧を見遣った。
玉座の脇に侍る四つ目の蒼頡が、満足げな笑みを浮かべながら盃を口に運んでいる。
幼児を抱いていた。玉座の近くでは、豪華絢爛な着物で身を包んだ風沙が、馥郁とした芳香を放ちながら盃で咽喉を潤していた。
「随分とみすぼらしい奴を連れて来たわね、尊盧?」
風沙は、汚い物でも見るような眼付きで韋震を見下げた。
玉座の後方に座していたのは、奇妙な老婆だった。薄汚れた白装束を纏い、両眼を閉じて水晶に両手を翳している。
「この者、韋震と申す匪賊。韋震の働きがあったればこそ、難無く萬軍八極を捕獲することができたのです。一層の事、新兵に加えてはどうかと。それなりに役には立ちましょう」
尊盧が上申すると、後方に控えた韋震は、更に深々と平伏した。
「顔を上げろ、韋震」
そう云った蚩尤に、韋震は恐る恐る顔を上げると、蚩尤を見返した。六つの眼に品定めされているようだった。




