九死に一生
登場人物
蚩尤…………邪神。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
風沙…………妖し。美貌の持ち主。蚩尤に仕える九黎のひとり。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
軒轅…………妖し。蚩尤に仕える九黎のひとり。
裴巽…………魯国の若き将校。妖しの飛廉を僕に持つ。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
「何と愚かな……。内廷にまで民草を招き入れ、徴兵検査でもしていると云うのか……?」
曲阜の宮廷は、式典などを執り行うための外廷の中に、君主の生活空間である臥室や応接室、書斎などが設けられている内廷に区分けされていた。その内廷に民草を招き入れるなど、前代未聞のことだったのである。
ぷりぷりとした叔孫豹が、目的の応接間に向かって大きな通路の角を曲がった刹那だった。
「――――⁉」
叔孫豹と陽虎は、忽ち立ち竦んだ。
無理もない。鉢合わせたのは、一体の夸父だった。身の丈十六尺(約四・八m)から見下ろす大きな隻眼が、叔孫豹と陽虎を睨み付けている。夸父は、野太い雄叫びを上げ、手にした棍棒を振り下ろそうとした、その時だった。
ズバッ――。
夸父の動きが止まった。足許の床に斬撃が走っている。それは鋭い爪痕のようだった。
「――――⁉」
忽ち身が強張った叔孫豹と陽虎は、斬撃が飛んで来た方へその眼を向けた。
深紅の具足で全身を包んだ将軍のような出で立ちだった。手には戟を引っ提げている。
その雄姿に、陽虎は一縷の望みを見た。
「は、裴巽――‼」
不敵に顔を歪め、陽虎に応じた裴巽は、戟の刃を夸父に向けると叱り飛ばした。
「この者らは魯国の重臣。お前が弄ぶに相応しい相手ではない。顔を覚えたら早々にここを立ち去り、己が役目に戻るが良い!」
即座にしゅんとなった夸父は、肩を落として叔孫豹と陽虎の脇を素通りして往った。
「宮廷は、既に得体の知れない者どもの巣窟となっている。宮廷内とは云え、あまり往来せぬ方が身のためだぞ、陽虎」
裴巽は、陽虎に笑みを向けると叔孫豹の前で拝跪した。
「う、うむ。裴巽よ、お主のお陰で九死に一生を得た心地だわい」
「化け物から受けた傷は、もう良いのか?」
佇立した裴巽に、陽虎は呆れ顔で尋ねた。




