恍惚の壁画
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………端正な顔立ちの青年。
讙…………狸に似た隻眼の妖し。
姿は狸のようだが尾は三つある。二本足で立ち、顔に輝く大きな隻眼で洞窟の中を照らしていた。青い布の小さな切れ端が転じたのは、妖しの讙、二体だった。
「往こうか」
王子喬は声を掛けると、二体の讙を左右とし、更に奥へと進んだ。
一刻も歩いただろうか、讙が放つ灯りに反射するものがあった。近づくと、横に三本並んだ剣だった。どれも地に剣身の半分ほどが突き立っている。
「ここで間違いないようだね」
どうやら洞窟の突き当りに達したようだった。
王子喬は、讙が照らした三本の剣の奥を眺めると、恍惚とした。
いつ、誰人が描いたのだろうか。突き当りの壁面には、何かの戦の様子が描かれている。描かれていたのは十体だった。
中でも一際眼を惹いたのが、奇妙な姿の者だった。眼と腕が六つずつある。
それを討伐したとでも云うのだろうか、黒い衣を纏った者に続くようにして、その奇妙な者を囲っているような画だった。
黒い衣を纏った者の右足は、血飛沫を上げて宙に浮いているようにも見える。ほかの八体も負傷しているように躰のどこかが朱に染められていた。
「さて」
壁画を暫く眺めていた王子喬は、我に返ると地に突き立った三本の剣の許まで身を寄せた。躊躇いもなく剣の柄を握ると引き抜いた。造作もなかった。それを三度続けた。
「玉座は空いているからね。恰度いいと思うな」
王子喬は、にこやかな笑みを浮かべて独語した。
その声が洞窟内に木霊した、そのときだった。
グシャ――。
洞窟内を照らしている灯りが弱くなった。
「――――⁉」
ドシャ――。
突如として辺りは闇に包まれてしまったのである。
「……儂を解き放ったのは、貴様か?」
辺りを包んだのは闇だけではなかった。闇に紛れ洞窟内に満ちたのは、悍ましいほどの邪気と、漲るほどの覇気だった。




