胸襟の長髯
祁盈…………周王朝の血筋を汲む晋国の重臣。
楊食我…………周王朝の血筋を汲む晋国の重臣。
欧陽坎…………矛の手練者。妖しの短狐を僕に持つ。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
「おっ! お前、話がわかるじゃねえか! もしかして、存外良い奴なのか?」
「どうだろうな?」
藺離は、浮足立ったような欧陽坎を伴い、雑木林を引き返した。
二人が後にした雑木林は、何か得体の知れない災害でも起きたかのような有り様だった。
「かつて、蚩尤という邪神が世を覆そうとしたことがあった……」
二人の偉丈夫が対面で座している。
間に挟んだ卓上には、焼いた豚肉の塊と、野菜や肉を混ぜて餅に包んで蒸したもの、そして、酒甕が置かれている。
翼の郊外にある閑散とした酒店に藺離と欧陽坎の姿は在った。
藺離と欧陽坎は、二人とも吞みっぷりが良かった。対手の盃から酒が尽きる前に、軽々と酒甕を持ち上げ互いに酌をしている。あっという間に酒甕は空となり、二つ目の酒甕に手を付け始めていた。
「蚩尤……?」
眼を充血させた欧陽坎は、盃を口に運ぶのも忘れ、藺離の話に食い入った。
「ああ。それを討伐したのが介象さまだ。そして、徒弟の萬軍八極。つまり、私とお主の先祖ということになる」
「…………」
合点がいかないような欧陽坎は、頭を掻きながら藺離に尋ねた。
「どうして俺の先祖が、その萬軍八極だと云い切れる?」
「これだ」
藺離は、微笑を湛えると黒々とした八芒星の痣を見せた。
「萬軍八極の子孫には、代々右の手首の内側にこの八芒星の痣が浮き出る。私の父親にもあったが、父親の痣が薄くなり始めると、私に浮き出てきた。お主の親族にも、この痣がある者がいたはずだ、欧陽坎どの。覚えはないか?」
欧陽坎は、眼を泳がせながら過去を振り返った。
「そう云やあ、爺に同じような痣があったような……」
頬に赤みを帯びた藺離は、得意げになって長髯を扱いた。
「それに、萬軍八極は霊気を繰る異能を備え、代々一体の妖しを僕に従えている」
欧陽坎は、ぐいっと酒を口に含んだ。




