美徳、天晴
登場人物
藺石…………藺家の当主。槍の達人。八人の子息を持つ。
藺授…………藺家の長子。苛烈な槍の名手。
藺離…………藺家の次子。槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
藺翼…………藺家の三男。豪快な槍術の持ち主。
藺冑…………藺家の四男。鋭敏な槍術の持ち主。
扁鵲…………諸国を放浪する類稀な医の徒。
「しっかり掴まっていろよ」
馬に揺られながら、藺離は幼い頃を思い出した。
藺授が藺離を誘い、しばしば遠駈けしたものだった。掴まった兄の背は、頼り甲斐があった。今やその背は、藺家を背負うほどに大きくなっている。
馬上での会話はなかった。互いに昔を思い出しているようでもあった。
暫く駈けると、藺授は駒を止めた。辺りは既に見渡す限りの原野だった。
藺離は馬から降りた。藺授も続いて降りると、対峙するように立ち尽くした。
「では、兄上、さらばです」
藺授が頷いたのを見届けると、藺離は一礼して踵を返した。
「既に妖しを僕としていたであろう。本領を発揮すれば、俺に勝っていたはず……。何故、斬られるのを善しとした?」
藺授は、藺離の背に向かって質した。
その声に歩みを止めた藺離は、徐に振り返った。
「私が今こうしてあるのは、兄上のお陰です。兄があなたでなければ、私の槍術もなかったのです。そのような兄上に斬り掛かることなど、私にはできませぬ」
「――――⁉」
藺離は、にこと微笑むと続けた。
「弟たちも良き援けとなってくれます。兄上、どうかお元気で」
藺離は一礼すると、再び踵を返して歩き出した。
「離……」
呟いた藺授は、旅立つ藺離の背をいつまでも見送っていた。気付けば頬に涕が伝っていた。




