萬軍八極の参
登場人物
藺石…………藺家の当主。槍の達人。八人の子息を持つ。
藺授…………藺家の長子。苛烈な槍の名手。
藺離…………藺家の次子。槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
藺翼…………藺家の三男。豪快な槍術の持ち主。
藺冑…………藺家の四男。鋭敏な槍術の持ち主。
扁鵲…………諸国を放浪する類稀な医の徒。
「ほう。深い上に鮮やか。これほど美しい斬り傷を拝めるとはのう。この地方でも屈指の手練者によるものと見た」
扁鵲は、眼尻の皺を更に深くして一頻り感心すると、眼光を藺翼たちに走らせた。
「血を流し過ぎている。急ぎ床几へ運べ。それから、大量の湯が必要じゃ」
「離兄は……援かるのですか……?」
心配げな面持ちで藺冑が尋ねた。
「儂が持つ医術を全て施す。援かる援からぬは、此奴の運命次第」
不気味な笑みを浮かべた扁鵲は、弟たちに担がれた藺離と共に一室へと姿を消していった。
「態と斬られたな……」
放った藺石の声音には、どこか慈愛が込められていた。その藺石が視線を動かすと、藺離の右腕には八芒星が浮き出ていた。日増しに濃くなっているようだった。
眼覚めた藺離は、頭が澄んだような気分だった。しかし、胸元の傷は熱と痛みを伴っていた。藺離は、枕元の藺石に顔を向けた。
「お前は破門だ、離」
「…………」
「先代の当主たちは、家を大きくしたかった訳ではない。代々使命を継ぐ度に大きくなってしまったのだ。だが、そろそろ区切りを付けても良いだろう。萬軍八極を継ぐのは、お前だ。霊気を練り、武を磨け。火鼠と共に来るべきときに備えよ。そして、介象さまを探せ」
「……介……象……?」
床几に伏せる藺離の放った声は、嗄れていた。
「萬軍八極の主。漆黒の襤褸を纏った天より派遣されし方士。宿命の許に必ずやお前を導いてくれる」
「…………」
藺石は、それだけ云うと枕元から姿を消した。それっきり、藺離の許には現れなくなった。
鍛え抜かれた躰の前面に走った斜めの傷は、縫われていた。何か別の生き物が張り付いたようにも見えた。
その傷が癒えた頃、藺家の当主が、正式に長兄の藺授となった。




