伝来の妖し
登場人物
藺石…………藺家の当主。槍の達人。八人の子息を持つ。
藺授…………藺家の長子。苛烈な槍の名手。
藺離…………藺家の次子。槍の手練者。道徳的な思想を持つ。
藺翼…………藺家の三男。豪快な槍術の持ち主。
藺冑…………藺家の四男。鋭敏な槍術の持ち主。
火鼠…………炎を自在に操る妖し。
「――――⁉」
藺離は、得体の知れない化け物に血相を変えると絶句した。
「やはり、お前には見えているな、藺離」
眼前の藺石の顔が不敵に歪んだ。
「古より藺家に伝わりし妖し、火鼠――。此奴を斬ってみい」
そう云うと、藺石は藺離の許に年季の入った槍を放り投げた。
それを手にした藺離は、さっと顔を上げて藺石を見遣った。
肩にいたはずの火鼠の姿が消えている。
ふっと、室内の篝火も消えた。
「――――⁉」
刹那、側面を打つような熱風が藺離の躰を吹き飛ばし、その身は部屋の壁を破って中庭まで放り出されたのである。
槍は手放していなかった。藺離は、受け身を取って身構えた。尾を炎に揺らした小さな火鼠が、対峙するように眼前にいた。
藺石は、崩れた壁からゆっくりと縁側にその身を運んだ。
「火鼠に一閃を加えろ。己の僕となるよう唱えるのだ。然もなくば、お前は死ぬ」
「ど、どういうことですか……?」
合点のいかない藺離は、眼前の火鼠と藺石を見比べながら尋ねた。
人の頭ほどの大きさだった。火鼠の身から浮き出た三つの火の玉が、その頭上に浮いている。
「折を見、火鼠を繰っては槍に焔を纏わせていた。火鼠の姿が透けるほどに霊気を緩めてな。俺の眼は誤魔化せんぞ。火鼠が見えていたのは、藺離、八人の息子たちの中でもお前だけだ」
ぼうっと音を立て、疾風のような火の玉が藺離に向かった。
「――――⁉」
藺離は、咄嗟に地を転がって火の玉を避けた。地に落ちた火の玉は、爆ぜて藺離の視界を火の粉で覆った。熱い。その奥から、更に火の玉が走ってくる。藺離は、更に地を転がって躱した。
「玉炮にばかり眼が往っておっては、いつまでも火鼠を捉えることはできぬぞ」
藺石の声を耳に入れながら、藺離は身を起こした。既に眼前には火鼠が放った玉炮が迫っていた。




