長兄と次弟
登場人物
藺石…………藺家の当主。槍の達人。八人の子息を持つ。
藺授…………藺家の長子。苛烈な槍の名手。
藺離…………藺家の次子。槍の手練者。道徳的な思想を持つ。
しかし、である。
藺離の眼には見えていた。炎に覆われた栗鼠のようだった。父の藺石には、得体の知れない化け物が憑いている。その化け物が纏わり付いている時、藺石が繰り出す槍術には、焔が迸り、炎が渦巻いた。そして、そのことをほかの兄弟たちは、まるで気付いていないようだった。
「また俺とお前が残ったな、離よ」
肩に槍を担ぐようにして、藺授は不敵な笑みを浮かべた。
「……はい。兄上」
返事をした藺離は、穂先を兄の藺授へ向けて構えた。
「お前は強い。だが、その軟弱な槍術では俺に勝てぬ。強さが全てのこの藺家、継ぐのは俺と決まっている。八芒星が表れぬのが不思議なくらいだ」
「……強さの先に、何があるというのでしょうか?」
「ああ?」
頓狂な声を上げた藺授は、怪訝な顔を藺離に晒した。
「本当に強さが全てなのでしょうか?」
「全てだ」
疑問を投げた藺離に、兄の藺授は即答していた。
「強くさえあれば、地位、名誉、銭、全てが手に入る。お前は昔から考え方も軟弱だ。気に入らん」
すると――。
怒涛の勢いで猛進した藺授は、突き、払い、薙ぎ、無数の迅業で、忽ち藺離を追い込んだ。
「――――⁉」
藺離は、その全てを槍の柄で防いでいる。
藺授が雄叫びを上げると、その勢いは更に増した。
藺授の猛攻を受けながら、藺離はその肩越しから腕組みした父の姿が眼に映った。眉間に深い皺を寄せ、高台から鋭い視線を向けている。
何のための強さなのか――。
瞬時、脳裏に過った。藺離には、わからなかった。強くなるために生きたいとは思わなかった。ゆっくりに見えた。藺授の袈裟斬りが左肩に降ってくる。藺離は、このまま受けようと思った。痛烈な痛みが左肩に走ると、藺離は片膝を地に突いた。




