突然の地震
登場人物
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
計蒙…………龍頭人身の妖し。剣の手練者。
大鶚…………尼丘山に住まう怪鳥の妖し。
消えた大鶚の屍骸から、何事もなかったように着地した偉丈夫は、辺りを傍観した。
風は止んでいる。薙ぎ倒された木々が幾つもあった。
「厄介な風を繰り返し巻き起こしおって。しかし、連日の暴風の元凶は断たれた。これで近隣に住まう民も安心しよう」
ひょこひょこと身を寄せた老夫が、反歯の笑みを見せた。
「ここまで足を運んだ甲斐があった。それにしても、山の頂が寝床だったとはな」
呆れたような調子で偉丈夫が嘆息した。
「妖しが山の頂上に巣食うは、珍しいことではないぞよ。さて、次はどこへ向かうかえ、介象よ?」
云い終えるや否や、老夫の身は、まるで霊亀のような姿に変じた。頭に鹿の如き角を生やし、背には神木に水脈を彫ったような甲羅を備え、その後ろで蓑毛を風に靡かせている。
その霊亀は、ひょいと偉丈夫の介象の肩に飛び乗った。三本足だが、鋭い爪でしっかり肩に掴まっている。
踵を返して歩き出した介象は、肩に乗った霊亀に尋ねた。
「ここは尼丘山と聞いた。どこの国にあたるか、元緒よ?」
「魯国じゃな」
介象の耳元に、元緒の銅鑼のような声音が返ってきた。
「魯か……。面白味のある者も多そうだが、何やら妖しが跋扈してもいそうだな」
「お得意の予感かえ? 大鶚がおったような国じゃ。強ち予感も外れてはおるまいて」
介象が腰に佩びている三振りの剣の鞘が互いに触れ合った。カチリと音を立てた。
「三剣も望むところと云っている」
曇天の隙間から、青い空が見え始めている。
突如、介象の力強い歩みが止まった。
束の間、地鳴りがした。その地鳴りが揺れに変わった。
「――――⁉」
揺れは次第に大きくなると、立っているのも難しいほどの巨大な地震となった。
「こ、これは――⁉」
介象は、思わずその眼を剥くと驚愕した。
巨大な揺れに紛れ、微かな妖気が地より涌いているようだった。
長い揺れは徐々に治まると、再び地鳴りとなって元の静けさを取り戻した。
「…………」
「……嫌な予感しかせんのう」
肩の元緒がぼそりと呟くと、介象は再び歩き出した。
何やら背に視線を感じる。介象は、虚空から誰人かに見られているような気がした。
来るなら来い。受けて立とう――。
介象は、感じる視線に振り返りもせず歩を進めた。一歩一歩は力強かった。面貌に浮かんだのは、不敵な笑みだった。