異世界の扉
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………冥界より派遣された方士。
蚩尤…………邪神。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
裴巽…………魯国の若き将校。妖しの飛廉を僕に持つ。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
讙…………狸に似た隻眼の妖し。
鐸飛…………怪鳥の妖し。人面で一足。
飛廉…………風を自在に操る妖し。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
合掌を解いた蚩尤は、再び頬杖を突いて蒼頡と赫胥を交互に見遣った。
「脅えるのが仕事のようだ。季平、叔孫豹、孟献――。高位の官職に就く者だそうだ」
蚩尤は、眼前に平伏す三公を顎で指すと続けた。
「そこに立ち尽くした反骨の相の主は、陽虎――。そして、向こうで伸びている兵卒が裴巽だ」
蚩尤は、気を失い仰向けに寝そべる裴巽に六つの眼を向けた。
「余興で放った飛廉を僕にした。故に、人を統べる将軍に就けた」
「ほう」
感嘆の声を上げた蒼頡が、裴巽に視線を遣った。
壁に背を凭せ掛けたままの赫胥も、興味の眼を裴巽に向けていた。
「覚えておくといい。どれも好きに使ってやれ」
「はっ」
「…………」
云った蚩尤に、蒼頡は拱手を、赫胥は頷きを返した。
「……な、何てことだ……」
愕然となった陽虎は、小さな声が漏れ出た。
得体の知れない者の出現により、世が一瞬で激変したようだった。屍体が転がる鮮血に塗れた玉座の間を夢と信じたかった。それは、異世界にでも迷い込んだような感覚だった。
「それにしても不味いな」
顔を顰めた蚩尤が呟いた。まるで夸父に屠られた民の魂で腹を満たしているようだった。
「さあ、民草どもに新たな王の姿を見せねばな。季平、叔孫豹、孟献、陽虎。貴様らも付いて来い」
「――――⁉」
蚩尤は徐に玉座から立つと、屍骸を踏み越え玉座の間を後にした。
三公と陽虎は、青褪めた顔で怖ず怖ずと蚩尤に従うほかなかった。
その様子を眼に、北叟笑んだ蒼頡が続いた。
表情ひとつ変えず、壁から背を離した赫胥も後続した。
風が血生臭い匂いを運んできた。
外からは、男とも女ともわからない喧噪と悲鳴が聞こえていた。




