異世界にて1
灰色の霧の中を、歩いている。
霧は深く、先が全く見えない。
歩いている方角が正しいかどうかもわからないけれど、足元に道らしいものがあるので、その道を歩いている状態だ。
どんどん、歩いていくと、霧がだんだん、薄くなっていき、そして、視界が開けたら、コロシアムの中央に立っていた。
コロシアムの正面の観客席に、誰かが座っている?
その誰かが、すっくと立ちあがる。
全身、真っ白で…、背が高い。
なぜか、グレイスに似ているように見えた。
違いはルビーのような瞳。その瞳が、私を射抜く。
「お前は何が望みで、ここに、来た?」
「わたくしは。愛する人を守るための魔道具を作るために、ここに来ることを望みました。」
「愛する人を、守る?」
突然、観客席にいた真っ白い人間が、消える。
「守る価値があるのは、自分のいのちだけ。違うか?」
耳元に息がかかり、思わず振り返れば、いつの間に転移したのか、ルビーの瞳がすぐ近くで光っている。
「わたくしにとっては、わたくしのいのちよりも、愛する人のいのちの方が大事なのです。」
くくくくく、と笑い声があちこちから、響く。
「若い、若いのぉ。」
「今だけ、今だけよ、のぼせ上った恋が冷めれば、そんな考え、消えるとも。」
「その通り、その通り。」
「一生、その想いを持つ人間など、いないのさ。」
「そうだ、そうだ、帰れ。自分のいのちが、一番だ。」
丸いコロシアムの観客席のあちこちから、一斉に、声が響く。
いつ来たのか、たくさんの真っ白い姿、ルビーの瞳をもつ人間が、四方八方から私をあざ笑っている。
「今なら、無事に帰れる。帰りなさい。自分のいのちを、大事にするんだ。」
ふいに、記憶の中に残っている声が響き、目を見張る。
「…お父様?」
コロシアムの入り口に、若い男女が立っている。
「…お母様?」
2人が近づいてくる。
「そうよ、ソフィ。私のソフィ。私は、あなたにこんな早く、私達のところに来てほしくないの。あなたはもっと、人生を楽しむべきだわ。私達の分も。」
2人が私の頭をなでてくれる。
「ごめんね、1人にしてしまって。」
懐かしい、声。
ずっと、会いたかった、両親。
「お父様、お母様…。」
思わず、2人に抱きついてしまう。
寂しかった子供時代、どれだけ、2人に会いたかっただろう。涙がこぼれる。
2人は私を抱きしめながら、口々に言う。
「フィロス・スナイドレーは、リディアナを最後まで悲しませた人間だよ。ソフィ。頼むから、そのような人間のために、いのちを粗末にしないでくれ。」
父の、悲しそうな声が、私の心をえぐる。
「私はあなたに、幸せな人生を歩んでほしいの。フィロス兄様よりあなたを幸せにしてくれる方が他にもいるでしょう?」
「そうだ。リチャード・モントレーがいるだろう?彼なら、私も可愛い娘を安心して送り出せる。モントレーは代々、家族を大事にし、誰にでも公平な立場を貫く家だ。私は彼こそ、ソフィアを幸せにしてくれる、と思うよ?」
「あら?モントレー公爵令息とも仲が良かったのね?私もそのほうが、うれしいわ?」
…2人は本心から、私を心配してくれているようだった。
でも。
それでも。
2人をからそっと離れた。離れたく、なかったけれど。
「ごめんなさい。お父様、お母様。お二人のことは、お母様の日記で知りました。でも、それでも。わたくしは、フィロスを愛してしまった、から。わたくしは、フィロスに幸せにしてほしいんじゃなくて、わたくしがフィロスを幸せにしたいんです…。」
2人が悲しそうな顔をして、すっと消えていく。