20話:帝国の思惑
史実では『純白の英雄』は武力だけでなく知力も優れていたと言われている。
当時、王国一の頭脳を持っていた『湖の女王』に匹敵するとまで言われていた。
『純白の英雄』の知力というのは史実にあるメラレーン森林の最大の戦いと言われた、臍の攻城戦によって発揮された。
だが本人は「ほんとにたまたまだよ、俺は何も考えてなかっただけだ」と謙虚な姿勢を見せていたらしい。武力、知力、統率力と隙の無い優れた人物であるはずなのに謙虚さまで持ち合わせているとはなんて素晴らしい英雄なのだろうかと人々は称えた。
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メラレーン戦線、帝国軍本陣。
「報告いたします。第四戦線を担当していた中隊が壊滅しました」
「第四戦線だと? 確かあそこはセトに担当させていたはずだが……」
1人の男が帝国兵から報告を受けた。
身長2m以上という圧倒的なガタイ、燃え上がるような髪、子供が見れば泣きそうなほどに凶悪な顔、その身体は筋肉で盛り上がり、露出している顔や肌にはにはいくつもの傷がある。まるで赤鬼のようだ。
この男はフラン。帝国軍第10魔法戦団隊長であり、メラレーン戦線の帝国側の総大将を任せられている。
帝国軍魔法戦団というのは魔法を使えるもののみが入ることを許される精鋭部隊である。だいたい一つの隊につき1000人の兵士が在籍しており内訳は、普通級魔法師が900人前後、希少級魔法師が100人前後、特別級魔法師が5人前後、伝説級魔法師1人となっている。
つまりこのメラレーン戦線を担当する第10魔法戦団隊長であるフランは実質的に魔法師のトップともいえる伝説級魔法師である。
「セトは特別級の中でも特に魔力操作が優れていて近距離戦も強いはずだ、王国側のメラレーン戦線の特別級であいつを討ち取れるものはいないはずだろう」
フランは王国側のメラレーン戦線における戦力を把握していた。
王国側は奴隷兵6000人に軍人600人の合計6600人ほどの戦力のはずだ。王国側はメラレーン戦線にあまり戦力を割いておらず、戦力は弱小と言ってもいい。その中の最高戦力は総大将であるクリス中将だろう。だがそのクリスは特別級魔法師だ。同格の中でも特に強いセトを倒すには伝説級魔法師が必要だろう。もしくは複数人の特別級魔法師。
「……それで誰だセトを討ち取ったのは? 複数人でか?……それとも報告にない戦力が紛れ込んでいるのか?」
フランが部下にそう問いただす。
「それが……セト中隊長の戦闘を見ていたものの報告によると「白くて速い悪魔のような男だ。あいつは死を操る。死にかけの動けるはずのない兵士たちが動いたんだ」……そう言っていたそうです」
「特徴はそれだけか?」
「はい……すみません、どうやらその生き残りも恐怖で混乱していてあまり会話が成り立たないらしいです」
フランは部下の言葉を聞くと、目をつぶり思考した。
「……ダメだ、考えてもわからん。とにかく未知の戦力がわかるまでは戦線を下げるぞ」
「しかし、こちらが優勢なのに戦線を下げるのですか?」
「優勢だから下がるんだ余計な戦力を失わないためにも……第四戦線を壊滅させて勢いづいている王国軍はこの状況を打開しようと攻勢に出るはずだ」
フランはこう見えて頭がいい。帝国に12隊、いや皇帝の近衛の0番隊も合わせると13隊ある魔法戦団のトップである。脳筋そうな見た目をして高度な軍事教育を受けているのだ。
「では、どこまで戦線を下げましょうか?」
「メラレーンの臍より下がれ」
メラレーンの臍というのはメラレーン森林を二分割する大きな岩でできた大地のことだ。ちょうど王国と帝国の国境沿いにある。帝国に攻勢を仕掛けるなら王国軍はここを通らなければならない。
「そこまで下がってよろしいのでしょうか?」
「ああ、王国軍が見通しのメラレーンの臍に上がったら一気に畳みかけるぞ」
「なるほど、そんな作戦でいくのですね」
「そして、メラレーンの臍の近くに魔法戦団の全戦力を集めろ。いやどうせだ……」
フランはそう言って何か悪そうな顔をした。




