葉月
多くの人たちが行き交う東京駅。
東京の表玄関として、今日も地方から来た多くの人たちを迎えている。キョロキョロと見渡し、地図やスマホを駆使しながら、不慣れな様子で目的地を目指す人達。
そんな人達の中にいるはずの待ち人を、花乃と那津は見逃さないよう必死に凝視していた。
いかんせん、人が多すぎて2人だけでも見逃してしまいそうになる。
「花乃〜。」
そんな時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。花乃はその声のする方を見るが、どこにいるのかすぐには分からなかった。
「那津、声……。」
「ああ。聞こえたけど……。」
花乃の姉である葉月は、あまり身長は高くない。なので、どうしても人混みの中に入ると見えなくなってしまうのだ。
葉月はとても女性らしい見た目をしている。ふわふわパーマのロングヘア、そしてナチュラル系のファッションを好む。
花乃と那津は、ふわふわしたパーマのかかったロングヘアの女性を必死で探す。すると、人混みの中をゆっくりとこちらに向かってくる1人の女性がいた。
「お姉ちゃん!」
花乃はその女性に向かって大きく手を振った。そして、人混みを押し分けて女性の手を掴んだ。
花乃の顔を見た葉月は、ぱっと太陽のような笑顔を見せた。
花乃の姉・葉月である。
昔から優しくて可愛くて優等生な自慢の姉。
そんな姉の昔と変わらない笑顔に、花乃も嬉しくなって笑顔をこぼした。
「会いたかったよ〜。」
葉月は花乃の手を強く握ってぶんぶんと上下に振り出した。葉月は花乃より少し背が低い。きっと他人から見たら花乃と葉月は姉妹逆に思われているだろう。周囲の視線がちょっぴり生暖かい。
葉月もかなり嬉しいらしく、無邪気に振る舞っている。5つ歳が離れているせいか、葉月と花乃はあまり喧嘩することもなく、とても仲が良い。2人ともきゃっきゃっと再会を喜び合っていた。
「もう全然帰省しないんだもん。」
葉月はぷくっと頬を膨らませて、葉月を睨んだ。
「正月かお盆は帰ってくるじゃん。」
そうは言ったものの、最後に帰ったのがいつか思い出せない。
「もっと頻繁に帰ってきて欲しいの。」
「仕事だから無茶言わないでよ。」
葉月は保育園の先生だが、現在子育て中でお休みしている。地元でのんびりと楽しく子育てしているようで、ちょくちょく花乃に子どもの写真を送ってくる。
そんな甥っ子姪っ子の写真は、都会に疲れた花乃の癒しでもあった。しかし、なかなか長期の休みが取れない花乃は、しばらく地元に帰れていない。愛しい甥っ子姪っ子も画面上でしか会えていない。
葉月と再会して、花乃は地元に帰りたい気持ちが膨れ上がっていく。
「葉月さん。」
「あ!」
じんわりと懐かしさを噛み締めていた花乃は、後ろから聞こえてきた声にはっとした。
葉月は花乃の後ろへと視線をうつし、また嬉しそうに笑った。
「那津くんだ。久しぶり〜。元気そうだね。」
葉月は変わらない声色で明るく話しかける。
しかし、花乃は後ろを振り向けなかった。
「はい。お久しぶりです。」
声だけだと那津は、いつも通りに聞こえる。
どんな顔をしているのだろう。
どんな思いをしているのだろう。
花乃はぎゅっと唇を噛み締めて、出来るだけ平静を装っていた。
「ふふ。かっこよくなったね。」
葉月は花乃の手を離して、那津へと近付いていった。
花乃はその手を視線で追っていく。
もう一度掴むべきか悩んで、掴むことができず、目で追うことしかできなかったのだ。
嬉しそうな葉月。
そして後ろを振り向くと、那津はそんな嬉しそうな葉月を優しく見つめていた。
「そう、ですか。」
「うん!昔は可愛かったけど、今はカッコいい。」
「昔て……いつの話ですか。」
那津はちょっとだけ頬を染めて、恥ずかしそうに口をへの字に曲げる。
そんな那津の様子をくすくす笑いながら葉月は見ていた。そして、楽しそうに首を傾げた。
「いつだったかなあ?」
那津と葉月はしばらく見つめ合い、そして互いにくすくすと笑った。
「ふふ。こんなやり取りも懐かしいくらい前ね。」
「そうですね。葉月さん、相変わらずですね。」
「そうかな。これでもお母さんになったからちょっとは成長したんじゃないかな。」
胸を張って自慢する葉月に、那津は少し眉根を下げた。
「那津くんはかっこよくなった!」
「ありがとうございます。」
無邪気に褒める葉月に、那津は複雑な表情をしていた。
「それもそうか。結婚してから会ってないものね。だいぶ経つよね。」
「そう……ですよね。」
会ってないのも当然だ。
那津は避けていたのだから。
「そうだ。涼太くんも2人に会いたがってたよ。」
「庚先生がですか?」
「うん!花乃と那津くん、2人に会いたいって。」
庚涼太先生。
彼が教育実習生として赴任してきた時に葉月と出会い、葉月が恋に落ちる。その2年後に2人は再会して葉月のアプローチによって2人はついに付き合い始め、そして葉月が大学を卒業し、就職した頃に結婚したのだった。庚涼太は那津と花乃の高校の時の担任の先生でもあり、2人もよく知る人物であった。
だからこそ、那津の気持ちも複雑だった。
自分の担任が、ずっと片想いをしていた女性の恋人なのだ。
ずっと前から仲が良かった那津ではなく、突然現れた先生に好きな人を持っていかれてしまった。
那津は何も言わないが、ものすごく複雑なんだと花乃は思っていた。
ずっと片思いしていた相手に、自分の想いを告げることもできないまま、手の届かないところへ言ってしまったのだ。
ーー那津の気持ちは、どうしたらいいんだろう。
花乃は葉月の庚の大恋愛をずっと応援していたので、2人が結婚したことに素直に喜んだが、那津はどう思ったのだろう。
思い続けていたのに届かず、いつの間にか他の人のものになっていて、伝えることも叶わない。
那津の恋心は、報われることがないのに、行き場も失ってずっと抱えたままなのだ。
それを考えると、花乃は何も言えないのだった。
ーー那津はきっとずっと心に留めておくつもりなんだろうな。
でもそれではきっと前には進めない。
花乃はきゅっと口を結んで、拳を強く握りしめるのだった。




