一ヶ月記念
日が沈み、建物からの灯りが溢れる頃、那津は家に帰ってきた。
「ただいま。」
「お帰り、那津。」
花乃はにこにこと満面の笑みで那津を出迎えた。
玄関を開けると、ふわりといい香りが漂ってきた。その香りに、那津は首を傾げた。
「ん……カレー?」
「そうだよ。」
「まさか……!」
そして、顔を真っ青にした。
その失礼な態度に花乃は両眉をぎゅっと寄せたが、反論できなかった。
「想像通り失敗しました。」
花乃は正直に告白した。
その告白に、那津はみるみる顔色を悪くしていく。
「でも安心して!料理上手なかわいい後輩を呼んで教えてもらったら。味見もしてもらって合格もらったから。」
しかし那津は疑いの視線をじっと向けている。
どうも信用されていないようだ。
しかし、花乃は信じて欲しくて一生懸命那津に窪内が手伝ってくれたこと、2人で一緒に作ったことを話した。
「……。まあいい匂いするし、カレーなら不味いなんてそうそう無いだろう。」
くんくんと香りを確かめながら、そう結論つけた。正直、とても新妻にかける言葉ではない。
「それ、思っても口に出さないでよ。」
花乃は不満そうに口を尖らせた。しかし、そんな表情の花乃に、那津は不敵に笑うだけ。
反論できるものならやってみろ。
そんな心の声が漏れてくる。しかし反論できないのがまた悔しい。
花乃は拳を強く握りしめて奥歯を噛み締めた。
そんな花乃をまた那津は楽しそうに見つめながら食卓へと向かう。
そして食卓に並べられたカレーに、目を丸くした。
ーーちゃんとカレーに見える。
苦労して作ったのが伝わってきて、那津は思わず笑みを零した。
「あ。そうだ。これ。」
そう言って、那津は鞄から綺麗にラッピングされた袋を取り出した。
「何これ?」
「ラブラブ新婚夫婦って言ったらお揃いのものが定番かな、と思ってさ。」
「ビアタンブラー?」
花乃が袋を開けて中身を取り出すと、お揃いのお洒落なデザインのビアタンブラーが入っていた。
高級感のある磨き上げられたビアタンブラーには、花乃と那津、それぞれの名前が刻まれている。
花乃はそのうちの一つを手に取って持ち上げた。
「これで一緒に家でビール飲んでたらそれで充分いけるかな、て。」
「なるほど!」
それは確かに仲良し夫婦の姿ぴったりだ。
「それに、今日は15日だろ?」
毎月15日、花乃と那津は飲み会を開いていた。
そのことにちなんで、あの結婚契約から1ヶ月後の今日、このビアタンブラーを選んで買ってきてくれたのだ。
那津の得意げな表情に、花乃も那津の真似をして得意げに笑って見せた。
「ちゃんと、お酒も用意してるんだよ。」
実は花乃もこっそりといいお酒を準備していたのだ。冷蔵庫に駆け寄り、花乃は秘蔵のお酒を自慢げに見せつけた。
そして2人はくすくすと笑い合った。
「とりあえずカレー食べてよ。ちゃんと味見もして美味しいと思うから。」
「ふーん。」
皿を持ち上げて、那津は上から横からと注意深くカレーを観察している。
「具なしカレーか?」
「……。一応、入ってますよ。溶け込んじゃったかもしれないけど。」
「……。ああ。」
花乃が言おうとしていることを察した那津は、少し可哀想なものを見るような目で花乃を見た。
そしてしばらくしてからようやく小さく一口カレーを口に入れた。
「あ。美味しい。」
「でしょー!」
「すごいな、後輩ちゃん。花乃に料理覚えさせるなんて。」
「一言多い。」
那津はケラケラと笑った。
その表情に、花乃は少しほっとした。朝の少し落ち込んだ様子は見られない。
カレーももうほとんど残っていない。
花乃は那津が買ってきてくれたビアタンブラーに、秘蔵のお酒をついで、那津の前に出した。
「てか、結婚して1ヶ月経つのか。」
「なんか慌ただしくてあっという間だったよね。」
「ま。これからもよろしく。」
そう言って、那津はビアタンブラーを掲げる。
それにならって花乃もビアタンブラーを掲げた。
「ふふ。こちらこそよろしく。」
カチン、と心地の良い乾杯の音が響く。
まだ1ヶ月。
けれど、もう1ヶ月。
2人にとって短いけれど、濃厚な1ヶ月が過ぎたのだった。




