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七十二時間

 不思議なことに、玄狩が進む道には迷いがない。別れ道に差し掛かっても、予め決められたルートをなぞるかのように躊躇しない。それはまるでこの洞窟を知っているかのようで、何か明確な目的地があるようにも思えた。


「……来てない、な」


 後方を確認し、化物がまだ追いついていないことを確認しつつ、前方の背中に問いかける。


「なぁ、もしかして、知っているのか? 出口を」

「察しがいいね。正解、私は此処から出る方法を知ってるよ。でも、残念。今は、そこには向かってないんだよ」


 向かっていない。それに出口と聞いて、玄狩は方法と答えた。それにどんな意図があるのかはわからない。だが、今は口を挟むことなく、彼女の声に耳を傾ける。


「キミにさっき食べさせた、実。あれを持ち帰らないといけないんだ。だから、今はそれを取りに行ってる。それが最優先事項だから」

「実を、か。他にも俺みたいな奴がいるのか?」

「うん。というか、私もそうだから」


 その言葉を受けて、足が止まりそうになった。


「実の効力は摂取してから七十二時間。それ以内にまた実を食べないと、抑制した寄生生物が活動を再開する。元の世界に仲間もいるし、実がたくさん必要なんだよ。危険を冒してでも、確保しなくちゃいけない」

「……七十二時間」


 死の危険が、化物とに成り下がる可能性が、なくなった訳ではない。


 どっと足取りが重くなるのを感じた。


「なら、俺も……」


 成り果てるかも知れない。何もしなければ、三日後に。あのおぞましい、化物に。


 確保した実の数は、そのまま残りの寿命を意味している。一つだって無駄には出来ず、一つでも多く手に入れたい。実は一つたりとも失ってはならないもの。


 だが、それでも、それでもだ。


 玄狩はそんな貴重な実の一つを、俺に与えてくれた。三日の命を宿してくれた。自身の、仲間の命を三日分、渡してくれた。本当なら見捨てられても可笑しくなかったのに、助けてくれた。こんな見ず知らずの男を、命懸けで。


「ごめんね。だから、すこし付き合ってもらうことになる」

「……わかった。玄狩に救われた命だ、玄狩の好きに使ってくれ」


 あの時、死んでいた命で。あの時、与えられた命だ。


 だから、協力しよう。役に立たないかも知れないが、ならばせめて玄狩の意向に従おう。それが彼女に尽くすべき感謝であり、俺自身がこの先を生きるための最善だ。いま、ここで決めた。甘んじてこの地獄に居続けることを。


「……意外」

「なにが?」

「もっと喚き散らしてさ、はやく帰らせろって怒鳴るものだと思ってた」

「そんな気力が残ってないだけだ、色んなことが一度に起こりすぎた。元気いっぱいなら思い付く限りの言葉で罵倒してたよ」

「あははっ、素直でいいね」


 事を大袈裟に言える程度には動転していた気も静まり、少しだけ余裕が出来てきた。そうすると視野が広くなり、認識できる範囲が多くなる。玄狩の背中ばかり見ていたのが、周囲にも目を向けられるようになり、洞窟の些細な変化にも気付くようになる。


「……あのさ、その実のある場所ってのに、もうかなり近付いてるのか?」

「おっ、凄いね。どうして分かったの?」

「いや、周りに土が多くなってきたなって」


 土。


 土が、心なしか多くなっている。


 岩肌ばかりが目立つ洞窟だったが、歩くたびに生じる硬い感触が、柔らかいものへと変わっている。それは目に見えている洞窟の壁面も同様で、すこし湿度も高くなっていると感じた。


「実ってことはさ、木か……もしくは植物に生ってるってことだろ? だから」

「なるほどー、なかなか鋭い洞察力をお持ちのようですなー」

「そりゃどうも」


 そう言い終わったが後が先か、何処かから反響音が耳に届く。それはあの化物から発せられた咆哮と同じもの。聞こえてくる声量の違いはあれど、間違いようのないものだった。


 そう遠くない場所まで、化物は追ってきている。


「……急ぐよ、きちんと付いてきてね」

「あぁ、わかった」


 響く咆哮から逃れるように、走る速度を上げる。


 不思議と身体の疲れは感じなかった。息切れすることもない。気分は重くとも身体は軽く、走る速度を上げても難なく玄狩に付いていくことが出来た。


「ここだよ」


 走り続けることしばらく、俺達は一本の樹木の前で立ち止まった。


 天井に散りばめられた鉱石の光に照らされた、一本のやせ細った木。広がる枝に葉はなく、冬場の木のように丸裸だ。その姿は枯れているようにも、環境に耐えているようにも見える。この木を前にすると、形容しがたい奇妙な感覚が湧いてきた。


「キミはそこで見張ってて」

「よし、任せろ」


 戦うことは出来ないが、敵の接近を知らせることくらいは出来る。


 実の採取を玄狩に任せ、周囲の警戒に専念しようと暗闇に目を向けた。


 瞬間、洞窟が轟く。


「おいおいおい、もう追いつかれたってのか」

「不っ味いねぇ、これは」


 姿は見えない。だが、たしかに近くにいる。追ってきている。


「尊人くん。足音が聞こえたらすぐに言って」

「言われなくても、そうするさ。死にたくないからな」


 姿が見えてからでは、もう遅い。響く足音を探して、耳に全神経を集中させろ。


 そうしなければ襲われる。不死身の化物に殺される。対抗手段は玄狩の不可思議な鎌だけだ。それすらも有効打にはなりえない。絶対ではない。何かの拍子に死ぬことだって十分にありえる。


 そのことを重ね重ね心に刻み、俺は静かに目を閉じた。

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