その後の話 ② 私が表現の不自由になったのは
玄関ドアは白く塗られた木であり、玄関には緑に塗られた枠のある窓もある。
外見は懐かしい洋館風で中は最新という小さな一戸建ては、私の新しい友人のようでもあり、彼女の為に彼女の愛する伴侶が頑張ってローンを払っているという素敵な家なのである。
「まぁ、ビィちゃんいらっしゃい。」
「孝子様、先日はご迷惑をおかけしました。これ、よかったら私の店の商品です。」
田神孝子は私の店の商品で目を輝かし、我が店の派手な紙袋、銀色に輝く下地に真っ黒な花や蔦で描かれたドクロが大きくメダリオンになっているデザインなのだが、それをとっても嬉しそうにして胸に抱いた。
「あなたのお店の商品は大好きよ。」
「新作のお風呂上りセットが入っています。ヘアターバンや、タオルワンピに、えぇと、祖母発案のボディクリームも、ですね。」
「まぁ、素敵!さぁさぁ、おあがりくださいな。お茶はいかが?今日はミルティーユパイを焼いたのよ。」
「ミルフィーユパイですか?素敵ですね。幸せが重なったパイ。」
「あ、あぁごめんなさい。ブルーベリーの事よ。」
「あぁ、ミルティーユ。そうですね、ブルーベリーでした。ブルーベリーは大好きです。」
「まぁ、良かったわ。あの子は食べないから。」
私の足はそこで止まった。
私は吉保にこそ会いに来たのでは無かったのか。
会って、彼に言うべきことがあったのでは無かったのだろうか。
「ビィちゃん、どうしたの?」
「え、いいえ。あの。」
「何だ、その格好は!」
私は後ろを振り向いた。
真っ黒のリクルートスーツ姿の吉保が、私が閉じたばかりの玄関ドアを開けた所だった。
「ヨッシーこそ何なのよ、その格好は。」
「普通に職探しだよ。無職でいられる訳ないだろ。俺は貯金も無い男なんだ。それよりもお前の格好こそ何なんだ。お前がお前で無いじゃないか!」
私はこの格好で叱られるとは考えてもいなかった。
普通の女の子が着ているふわっとしたブラウスに、ロングスカートを合わせているという、普通の女の子の格好だ。
「あんたはこういう格好が好きだったんじゃないの?化粧もしていないあたしを見て喜べよ。」
がんっ!
吉保がドアを乱暴に、本気で壊れるぐらいに閉めたのだ。
そして彼はずずいと私の前に一歩進んだ。
わぁ、一戸建ての玄関に体の大きい吉保と押し込められると、これはもう、閉所恐怖症になるほどの狭苦しさだ。
そんな狭い空間で、奴はじいっと私を見下ろして、さらなる威圧を私にかけてきているのである。
「おい、誰だ?」
「何が?」
「誰の車に乗ってそれ、なんだ。って、あっつ!」
私は田神の脛を蹴っていた。
「意味わかんない事を言ってんなよ。いいか、私は運転手兼の護衛官がいないの。だ、か、ら、タクシーを使いました。全くの無駄金だわ!そ、し、て、ここは警察官の家じゃない。変な格好の人間が出入りして変な噂が立ったら困るでしょう。単なる気遣いよ!ありがたく思いなさいよ!」
どん!
吉保が玄関ドアを拳で叩いた。
「あれは変な格好なのか!お前のポリシーだったんじゃないのかよ!」
私は両耳を押さえていた。
吉保の大声で、もう、鼓膜が破れそうだ。
そして、吉保があの私こそを望んでいると知って、凄く涙が出そうな程に嬉しい自分がここにいた。
あの格好は私自身だろうが、あの格好では愛されないと日和ったのが今のこの自分なのだ。
吉保があの格好の私自身こそ望んでいてくれるなんて!




