表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/58

ハニー25



 ビルのエントランスでエレベーター待ちをしていると、下降してきたその箱の中からいつか見かけた外国人と鉢合わせた。達巳の会社関係の人だろうか。困った。


 私は昔から英語が苦手だった。たまに言葉が変だと指摘されるから、日本語さえ危ういかもしれない。


 どうぞ、と言葉をかけたいのに出てこないから、そそくさと端に寄って、ジェスチャーで先に降りていいですよ、というようなことをどうにか伝えた。


 外国製だろう上品で滑らかな光沢のスーツに身を包む彼は、私を見下ろして目尻に笑いシワを刻む。それが見惚れるぐらいにかっこいいのに、不思議と気さくな印象を与えた。


「Danke schön」


 な、なぬ!? ダンケシェーンとな!? …………ああ、わかった! ありがとうだ!


 なんだ、ありがとうね、ありがとう…………うん、なるほどそれは理解した。



 ――だけど。



 なんて返せばいいんだっけ?


「……えーと、You're welcome……?」


 って、違う! そもそも英語じゃなかった!


 彼がくす、と笑いながらエレベーターを降りる。いたたまれなくなって、私は結局日本語で答えた。


「ど、どどどうも」


 ぐはっ、どもってしまった!


 逃げるようにエレベーターへと乗り込むと、彼がまだくすくす笑っていて、閉じていく扉の隙間へとウインクをひとつよこした。


「お気遣い、ありがとう」


 ぱたん、と扉が閉じて、がたがたと揺れながらエレベーターが上昇しはじめたところで、私は盛大に突っ込んだ。



「日本語しゃべれるんかーい!!」



 そりゃあそうか。日本にビジネスで来ているのなら、日本語くらい話せるか。


 よほどのことがないかぎり、私は日本語の通じない海外にはいかないからな、もうっ!


 見知らぬ外国人にからかわれて少々憤慨していると、エレベーターが到着した。


 朝っぱらからついてない。


 ディン。というエレベーターも、今日は調子が悪いようだ。


 うちの会社のフロアに降り立つと、ちょうど達巳と出くわし、階数を二、三度確認した。……合ってるな。


「ついに耄碌したか。あんたの会社はふたつ上だ」


「耄碌したの蜜の方じゃないのか? 俺は蜜んとこの社長と、釣り友達だ」


 ふん、知ってるわ。たまに社長から新鮮な魚をもらうから。


「私はこれで」


 脇を通り抜けるとき、達巳がどことなく浮かない顔をしている気がして、ふと足を止めて振り返った。


「……なにか、あった?」


 見上げた達巳は、手を口元にあてて苦笑する。


「本当にお人好しだよな」


「そんなことないって。復縁以外なら相談に乗るけど?」


「それじゃあ無理だ」


 嘘をつくな、嘘を。


「仕事でやらかした?」


 さっきの外国人関係か?


 図星だったのか、達巳が壁に背中を預けて深いため息をついた。


「訂正させてもらうと、仕事でやらかしたわけじゃない」


 それならば、プライベートで?


 ……って、え!? ま、まさか! 私につれなくされて、ついにそちらの扉を開いてしまった、とか……?


「おまえ今、たぶんろくなこと考えてないだろう。絶対に、違うからな。……ただ、蜜が関係していると言えなくもない」


「私が?」


 あのいたずら好きそうな、外国人さんと?


「おしゃべりなここの社長のせいで、蜜にフラれた理由がこのビル内に広がってるんだよ」



 いやいや、自業自得じゃん!



「掃除のおばちゃんまで知ってるんだぞ? どうなってるんだよ」


「どうもこうも、自らの行いを反省しろってことでしょう」


 これに懲りたら次は浮気なんかするなよ。一生結婚できないぞ?


「あーあ、心配して損した」


 アメリアを揺らして達巳に背を向けると、


「また、心配してくれたんだ?」


 期待を含んだその響きに、私は優しく、それでも残酷にこう告げた。


「友達だからね」


 友達としてなら、悪いやつではないのだ。


 それでもたとえシュンがいなかったとしても、私はよりを戻すことはなかった。


 意思をきっぱりと伝えた私に、それでも達巳は首を縦にも横にもすることなく、エレベーターのボタンを押しながら言った。


「蜜はお人好しだから、まだ俺にも見込みがありそうだ」



 その戯言に、私はため息ひとつ返して情け容赦なく背を向けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ