シュン6
ベッドになだれ込んでキスをすると、ハニーが抵抗なく受け入れてくれて、一気に高揚した。
前からキスまではいいってスタンスだから、今はそれだけで我慢できるように理性を総動員しつつ、どこまでありなのかのボーダーラインの見極めに徹することにする。
だってせっかく、好きだって、愛してるって、思いがけず嬉しいことを宣言してくれたのに、嫌われたら元も子もないしね。
だけどもし、ハニーがその先を望むなら、そのときは……いいんだよね?
ハニーがぐずぐずになって俺をほしがってくれるように、自分本位にならない奉仕の精神を努めて、甘い口腔内を丁寧に隅の隅まで舐め尽す。
深いキスの合間にもれる、かすれた声音。俺の名前を呼ばれると、危うく何度か理性が飛びかけた。でもそこは不屈の精神で耐え抜いた。
さあ次だと、正常な意識が鈍ってきているハニーの、スカートの上から太ももを撫でる。このくらいは大丈夫らしい。
ということは、服の上からならなにしてもいいのかな?
試しに太ももを撫でていた手を後ろへと滑らせて、さりげなくお尻を揉んだら、弾けるように重なり合っていた唇が離されて、抗議の声があがった。
「だ、だめ! そこはっ、だめ!」
俺の身体の下で、目を潤ませて頰を上気させているハニーは、お尻を触られないように身をよじる。
自分が煽っていることには、まったく気づいていないらしい。
ああ……ミイラ取りがミイラに。
結局いつもみたいに辛抱たまらなくなったのは俺の方で、また先に進めず悶々とする夜が訪れることから逃れられそうもない現実に脱力して、ハニーの隣へと沈んだ。
まぁ、いいや。ハニーが寝てから色々しようっと。
それまでなにか萎えることを考えないとなー。
真っ先に頭に浮かんできたのは、さっきファミレスで見たばかりの嫌な顔。昼間には背中にわざとぶつかってきた――生物学上のいとこ。
少なくても、俺からしたら赤の他人。
邪魔な人間ってどこにでもいるもので、ハニーの元カレの浮気男並みに消え失せればいいと思う。
「……ほんと、嫌い」
つい口をついて出してしまったその一言に、ハニーがなにを勘違いしたのか顔をくしゃりとさせた。
まずい! 早く誤解をとかないと。
「ハニーのことじゃないからね!? 下半身萎えさせるために、嫌いなやつのことを考えてただけだよ?」
「だ、だから! そんなかわいい顔で下ネタはやめてくださいませんかねえ!?」
そうは言うものの、俺に嫌われているのではないとわかり、ほっと口元を緩ませている。
ハニーは下ネタが苦手。なんかそこが初々しいから、どうしてもからかいたくなる。……かわいいと言われるのは不服だけど。
そして間髪入れずに、真面目な顔になるのがハニーらしいところで。
「嫌いなやつって?」
ハニーが起き上がろうするから、軽く肩を掴んでベッドへと倒した。ハニーは上半身に重さの比重があるから、すぐにこてんと転がる。
たぶん、「ちょっと!?」と、内心で抗議している。そう、顔に書いてある。かわいい。
「俺、家族はいなかったけど、親戚はいるんだよね」
唐突な自分語りに、ハニーは目をぱちくりとさせた。
ハニーが相談してほしいって言うから、もう言える範囲で正直に話してしまうことに決めた。
あんまりおもろい話じゃなけど、夫婦間に秘密はなしだ。
「俺の母さん、だいぶ昔に死んだんだけど、そのとき俺、母さんの再婚相手のハーイェクさんじゃなくて、祖父さんに引き取られたんだよね」
そこそこ重めの話に、はじめこそハニーは戸惑っていたが、すぐにためらいつつも当然な質問してきた。
「……お父さんは?」
「本当の方は死んでる。再婚相手だった人は……外国に帰った」
母さんの再婚相手、ハーイェクさん。
それほど一緖に暮らした期間が長かったわけではないけど、別に嫌いではなかった。だけど家族かと問われたら、それは微妙としか言いようがない。
俺は幼かったし、たった数ヶ月ではわかり合えなかった。今どうしているのかもまったく知らない。
はじめは彼に引き取られる予定だったが、孫を外国に連れていかれることを懸念した祖父さんによって、なかば強引に引き離された。そして最後は彼が引き下がるかたちに終わった。血の繋がりがないのだから、その判断は、まあ仕方なくはある。
「祖父さんは厳格な人で、こわかった記憶しかない。その祖父さんもあっという間に脳梗塞で倒れて寝たきりになって、母さんの妹――叔母さんに、俺は施設に預けられた」
別に震えていたり沈んだ声になったわけでもないのに、ハニーがそっと背中に腕を回してきた。やわらかい胸に抱き込まれると、とくとくという耳に優しい鼓動が耳に伝わってくる。
人の心音が心地いいものだと知ったのは、ハニーが酔っ払って抱きしめてくれたときからだ。それから妙にくせになった。
だけど本当のことを言うのは恥ずかしいから、おっぱいが好きなことにしている。
まあ、実際好きだけど。男だし?
「寂しいことはあっても別につらくはなかったから、ハニーには気にしないでほしいな?」
あの家で暮らすよりも、施設の方がましだった気もするし。
「……うん、わかった。寂しいときはうちにおいで。いっぱい構い倒して鬱倒しがられてあげる」
構われるのもいいけど、俺も構い倒したいなー。
「嫌いなやつって、叔母さんのことだったわけか……」
うん、そう。蛇蝎のごとくね。だって強欲ババアだし。ただ、嫌悪しているのは、叔母だけでなくその家族全員だけど。
祖父さんの遺産だって俺、もらってない。全部あそこの家が根こそぎ持っていった。
それで俺を施設に送って、はい、おしまい。
――なのにだ。
最近になって、連絡を取ってきた。ちょうど、ハニーと出会う少し前のことだ。
その内容はあまりにばかばかしすぎて、今でも笑える。
その件に関してはすでに対策済みだ。
ハニーは知らず知らずのうちに、俺を助けてくれている。
だからこそこれ以上煩わせたくはないのに、
「あれ? だけどシュンの名字はなんでお母さんの旧姓に戻らなかったの? 戻らないものだっけ?」
「……ハニーって、ほんと迂闊で頭はまったくよくないのに、変化球で痛いところを突いてくるよね」
だいたい実父と離婚したわけではないから、母親の旧姓に戻るという表現はおかしい。
「……おい。シュンよ。私をなんだと思っているんだ」
「え? 愛しい妻で、愛妻?」
ハニーは呆れながらも、その頰が薄く朱に色づいていく。おいしそうなほっぺただ。
言うと怒りそうだから、言わないけどね。
ハニーは綺麗だと思う。美人ではないけど、俺にとっては一番の女。
ハニーが裏切らないかぎり、未来永劫に――。
抱きしめられているのをいいことに、薄いシャツの上から胸に吸いついていたら、さすがに唾液で湿ってきたことに気づいたハニーが声を荒らげた。
「ちょっ、こら! 服なんか食べて! お腹空いてるなら夜食を食べなさい!」
えー……。ハニーにとっての俺ってもしかして、常に空腹な高校生?
ただ、確かに飢えている。……いや、飢えていた、だ。
俺のために起き上がって、よだれまみれのシャツで夜食を作りにキッチンへと歩いていく。そのハニーの背中を、俺は満面の笑みを浮かべて追いかけた。




