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ハニー24



 しばらく無言でいると、さすがに異変を感じたのか、シュンがそわそわし出した。


 そして私の気を引こうと必死に話しかけてくる。


「ハ、ハンバーグ! 今度一緒に作ろうね?」


「うん」


「えっと……ハニーの料理が、一番好きだからね?」


「うん」


「ハニーのことも、一番好きだよ?」


「そう」


 言葉少なに一応の返事をするだけの私に、シュンの声が低くなった。


「……ねぇ」


「うん」


「なんで、拗ねてるの」


「拗ねてないよ、別に」



 拗ねてるんじゃない。なんていうか、ちょっと……そう。悲しい。悲しいんだ。



 私にまで気を遣うシュンが、かわいそうで。私の存在価値がわからなくて。



「……怒ってる?」


「怒ってないよ」


「怒ってるじゃん。……なにも相談しないから、怒ってる?」


 私よりも背が高いのに、シュンはおずおずとした怯える仔ウサギみたいな上目遣いでこちらを見つめてくる。



 これ以上こじれるのもあれなので、もう率直に言ってしまおう。



「本音では相談してほしいけど、言いたくないことは、言わなくていいと思う。自分の胸に秘めていて解決するなら、私の考えなんていらないだろうし。でもそうじゃなくて、言いたくないなら言いたくないって言えばいいんだよ。ごまかしたり茶化さなくても、聞き出そうとしないから」



 無理しないでよ、私の前でくらい。



 悩んでいる内容は言えないけど、つらいって、それだけ言ってくれたら、お腹いっぱいご飯を食べさせて、甘えさせて、私にできることなら全部してあげるのに。



 隣で強がられたら……寂しい。



 するとシュンは長いまつ毛を伏せて、自転車のハンドルをぎゅっと握った。その手が、小刻みに震えている。



「それは……俺に、興味がないから?」



 ……は? え?



 なんでだろう……これ、もしかして、まったく私の意思伝わってない?



 なんて言えばいいのか考えながらもう一度隣を見遣った私は、その光景に、二度見してしまった。



 シュンが、静かに泣いていたのだ。



「なっ、なんで泣いてるの!?」



 シュンの目尻に浮かんだ透明な雫が、つぅと滑らかな頬を伝う。それはそれで儚く美しかったけど、今は見惚れている場合ではない。


 シュンがぽつりと呟いた文脈から判断して、私がシュンを見捨てたとでも思ったらしいことは理解した。


「シュ、シュン? 私がシュンに興味ないなんてこと、絶対にないからね? 私の世界、シュンを中心に回ってるからね? シュンが幸せなら私も幸せなんだから、泣かないでちょうだいよ……」


 はらりと流れた涙をハンカチで拭ってやると、こげ茶の瞳が私をひたと見据えた。



「…………ばっかりで」



「え?」



「俺ばっかりが好きで…………つらい」



 それだけ心情を吐露したシュンは、顔をうつむかせて、前髪で表情を隠して歩き出す。その背中をあぜんとしながら目で追い、私ははっとして地面を蹴った。


 そして年甲斐もなく、なりふり構わず、悲嘆に暮れたその背中へと飛びついた。


「うっ」


 シュンが衝撃にうめいた。でも今そんなことを気遣う余裕はない。こらえきれない叫びが腹の底から湧き上がってくる。

 


「〜〜〜〜っ」



「……?」



「あぁぁっ、もうっ、もうっ! かわいすぎる! うちのシュンはなんてかわいいのか! 天使か! 天使なのか! 好きだっ、好きすぎる! むしろ愛してる!」



「ハ、ハニー……?」



 背中に蝉のように貼りつく私に硬直したシュンは、それでも指先に自転車を倒してしまわないだけの意識は残している。


 そして私は、はたから見るととんだ痴女だ。男子高校生に背中から抱きつくとか、変態か。


 失っていた冷静さを取り戻しはじめると、周囲へと意識が向いた。


 あれ? そういえばここ、めちゃくちゃ道の真ん中だったはずでは……?


 街路樹の横を通る車のヘッドライトが嫌でも私たちを照らしてくる……。


 しかもなんか、私の絶叫めいた告白のせいか、近隣のわんこたちが遠吠えわはじめてしまった。住宅地で、まだ営業中の店もこうこうとした明かりがついている。

 人影も、ちらほら見える。


「……なんか、顔があげられない。周り見るの、怖いんだけど」


 するとさっきまで泣いていたはずのシュンが、私の腕の内側で噴き出した。


「普段は人目なんてまるで無視なのに」



 いや、そうだけど!



 でもこれまでにこんな壮絶な告白をしたことはない。



 こんなこっぱずかしい愛の告白…………って、愛の告白!?




「……嬉しかった。愛してる、だって」



 幸せを噛みしめるシュンには申し訳ないけど、即刻移動を願いたい。


 二人羽織の要領で、ハンドルを押してみるとちょっとだけ動いた。すぐにシュンの足をペダルが直撃して止まってしまったけど。


 膝かっくん……ふくらはぎかっくん?


 さっきの名残なのか、痛みからなのか、涙目が振り返る。


「ハニー……いじめ?」


「ごめん。目測を誤った」


「顔を隠したいなら、ほら、こうしたら?」


 シュンに隣へと移動させられると、顔がシュンの胸に埋もれるように肩を抱かれた。


 歩きにくいし、余計いちゃいちゃ度が増したけど、私からは誰も見えずに歩いていける。




 アメリアと生ぬるい視線がかち合うけど……よし、これで行こう!




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