第64話 小豆島に行こう
小豆島。
瀬戸内海にある島で、行政区分は香川県。
素麺、醤油、佃煮、胡麻油、オリーブの生産が盛ん。
オリーブは、日本国内栽培の発祥の土地。
瀬戸内の気候がオリーブ栽培にも適しているらしい。
というのが、スマホで検索したら出てきた小豆島の情報である。
小豆島についてから、賢者について聞き込んだら、あっさりと居場所は判明した。
それが、小豆島オリーブ園という元観光名所、現在はオリーブ栽培の拠点になっているらしい。
俺たち三人は、既に小豆島オリーブ園についていた。
見渡す限りのオリーブの木が続いていて、ところどころで農作業が行われている。
さらに言えば、目の前には魔法使いでも着ていそうなローブと三角帽子という、魔法使いのイメージそのままの人物がいた。
年齢は十代前半程度だろうか。
見た目は、金髪に碧眼でスレンダー。
か弱くてはかない印象である。
きっと美少女と誰もが絶賛するに違いない。
だけど、非現実的すぎて、いっそ儚く思えた。
「貴方が賢者で、よろしいですか?」
アレクサンダーが問いかける。
賢者らしき人物は、俺たち三人を一瞥し、それからゆっくりと口を開いた。
「ええ。そうね。何かしら? そう呼ばれることは多いし、自分でもそう名乗っていることが多い。賢者という割にたいしたことを知っているわけでもないのだけどね。実際、オリーブ栽培の仕方なんて、ここに来るまで全然知らなかったわ」
控えめだが、よく通るソプラノボイスが響く。
「俺たちは理由あって旅しているが、あんたに色々と話を聞きたい。いいか?」
「いいでしょう。ええ。応えられる範囲で」
そう言って、休憩所に移動して、椅子に座り込んだ。
賢者が一人座って、俺たち三人が対面する格好になる。
さて、紆余曲折あってこんなところにまでやってきて、一体、何がわかるんだか。
それとも、分からないんだか。
分からないならもう、手の施し用は無いだろうし、後は藤崎のおっさんに任せて、帰るしかないわけだし。
「まずは僕はアレクサンダー・ワトソン、彼女は綾小路ヴィクトワール、彼が愛本恋太郎だ」
「ご丁寧にありがとうございます。私のことはミストとお呼びください」
「単刀直入に聞こう、何故香川県が転移してきたのかについて、心当たりは? どんな些細な事でもかまわない。可能なら香川県を元の世界線に戻せるなら戻すべきだと思うが、その方法も分からない、だから、なんでも知っていることを教えてほしい」
アレクサンダーの問いかけに、賢者もといミストさんは黙ったままにっこりと微笑む。
一体、何を意図しての微笑みだろうか。
そのまま会話は止まった。
「あの?」
「いえ、異世界救済士が召喚される可能性はいつでもありました。特に、香川県転移による影響で、様々な問題が発生することから救済士が呼ばれるだろうと」
救済士を知っている?
異世界からの勇者といった言葉では無く救済士という言葉。
何を知っている?
このミストという賢者は何を知っているんだ?
いや、予想するなら一つの事実だろう。
「――どこまで知っているのですか?」
アレクサンダーが、どこか慎重に言葉を選んだように見えた。
「おおよそは全て。私も、救済士ですから」
それは、予想通りの言葉だった。
予想通りの事実だった。
なんだろう。
異世界の人間が、好き勝手やってる感があるな。
神様とやらの信仰心のためにそこまで好き勝手やっていいものだろうか、なんだろうか。
「救済士なら、合点がいくか。どこもかしこも救済士だらけだな」
果たして、何人召喚されているんだか。
実は、各国で一人ぐらいずつ召喚されていたりして。
いや、それはもう、どうでもいいことか。
今は、あと、何を知っているかだ。
「そうですね。この世界は特に、神が多く、信仰心が強い世界であり、魔術の概念が一般的に存在する。これ以上ないほど、救済士の召喚条件は整っていません」
そういうことらしい。
「で、あんたは誰に召喚された訳になる?」
「イフリートの神官です」
「ん? いや、もう既に神官に魔術は使えないらしいが……」
「使えたときに召喚されました」
「……何年前だ? 何代前だ?」
「約三百年ぐらいになりますね。思えば、長くこの世界にいてしまいました。もう、帰る気もありませんけどね」
つまり、三百年前に召喚されたままか。
俺たちは死んだときの姿で固定されるらしいが、実年齢は三百歳以上ってことね。
「そんな存在が、賢者としてこの世界に残っているのはどういうことですか?」
「そうですねぇ」
その時だった。
ヴィクトワールが、空を見上げたと思った瞬間には、その場から俺とアレクサンダーを掴んで飛んでいた。
あの小柄な体からは想像できないほどの力だが、身体能力強化系のアプリを使用しているのだろう。
俺に見えたのは、ミストもすぐさまに飛んで、オリーブの木に隠れた。
そして、今まで座っていたところが爆発した。
正確には、火の玉が飛んできて、椅子とテーブルを焼き払い吹き飛ばした。
「上だ!」
ヴィクトワールの言葉に従って、上を見る。
「ドラゴン?」
そこにいたのは、緑色で全身が鱗に覆われ、鋭く黒い角が生え、まさにその言葉が想像させる通りの姿をしたドラゴンだった。
大きさは、空を飛んでいるのでわかりにくいが、大型トラックぐらいはあるだろうか?
結構でかいせいで、逆にリアリティを感じない。
ドラゴンが、飛翔して、再びターンして戻ってくる。戻りざまに再び口から直径一メートル程の火の玉を吐いていく。
今度は、オリーブの木に直撃し、吹き飛ばしていった。
農作業中の人々も悲鳴を上げながら逃げていく。
はい、逃げるのが正解。
さて、もしも、現実にドラゴンがいたら、決して空を飛べるようには思えない。
だが、空を飛ぶドラゴンは力強く颯爽と自由に飛んでいる。
そのへんはなんだろう、魔法のある世界だからと納得しておけばいいのだろうかな。
「サラマンドラ相手にしたせいで、ドラゴンぐらい今更……だな」
サラマンドラに出くわす前だったら、それなりに感激はあったのかもしれない。
拍手喝采したかもしれない。
いや、無いかな。
ファンタジーに夢見ていたわけでもないし。
「悠長な事を言っている場合か」
そう言いながら、アレクサンダーはシカゴ・タイプライターを取り出す。
「お前の攻撃、対人特化だろうに」
「五月蠅い。戦わないわけにいかないだろう? 戦わないつもりか?」
「まさか。こんな面倒くさいタイミングでやってくる敵なんて倒すに決まっているだろ」
「おい、お前ら、勝手に動くな」
と俺とアレクサンダーは、背中をヴィクトワールに引っ張られて、引っ張られたまま建物の陰まで行き着いた。
「今、透明化と消音で、私たちの姿も気配も消しているんだ」
「他人にも使えたのか」
なるほど、そうしようと思えば、ずっと隠れていることもできるか。
とはいえ、ドラゴンは空を旋回しながら火を吐いて回っている。
お前は、一体オリーブにどんな恨みでもあるのかと。
親の敵みたいに燃やしていく。
「とはいえ、私は遠距離攻撃が無い。お前ら任せたぞ」
「任せられたぞ?」
おどけた風に、アレクサンダーに言う。
「任せられたな」
「ちなみに、火を吐く奴に火って効くかな?」
「火吹き男なら、きっとよく燃えるだろうさ」
「でも、ドラゴンだからな。鱗、固いとか?」
「ならば、あれでいこうか」
「つーか、あれしかねーわ。ヴィクトワール、透明化と消音は任せた」
「いいが、あれってなんだ?」
俺は腰からナイフを取り出して、両手一杯に持った。
「あれはあれ」
ただ、ヴィクトワールにはそう応えた。




