第49話 馬車に乗ろう
イフリートに向かうこと自体だが、フェニックスの巫女には身分を証明する書類と入国をスムーズにするために親書を用意して貰った。元々、誘拐騒動があったものだから、誘拐の事実は伏せて不審者がいるらしいという連絡はするつもりだったらしい。俺達はついでにその連絡をすることも買って出た。
渡りに船ということだ。
基本的には目立たないようにした方が、良いだろうという判断もあり、俺達は定期馬車に乗ってフェニックスから旅立っていた。馬車を何度か乗り継ぎしていけば、フェニックスの首都にたどり着く。シャーマンがいるという村は、首都からさらに歩きで数日かかるらしい。
さて、人生初の馬車の乗り心地であるが、最悪に近かった。
「揺れるな……」
「気持ち悪くなりそうだ」
アレクサンダーは顔を押さえながら、遠くを見ている。馬車の荷台は座席などは何も無く、ただ座り込むだけの作りだ。俺達の他にも数人が大きな荷物を置いて座っていた。
そして、それなりのスピードを出しているものだから、揺れる。だが、車輪を見ると自動車に使うようなタイヤを使っているようだ。恐らく、香川から輸出されてきたものだろう。だから、本来よりも揺れはましになっているはず、そう信じたいが、きついものはきつい。
これをあと数日間繰り返し、耐えるのかと思うとげんなりしていきた。
「もしもし?」
顔を馬車の後方に向けて、風景を眺めていたが、向かい側から声が聞こえて振り返る。
そこにいたのは、灰色のローブをまとった人物であるが、顔を露出して、その顔を見る限り、平たい顔族というか、日本人?
通訳アプリを入れっぱなしにしているので、日本語とこの世界で使われている言葉のどちらで話しているのか判断はつかないが、恐らく現地の言葉だろう。
「……香川の?」
「ええ。やっぱり、見た目で判りますよね? あまり目立たないように顔は隠すようにしてますが」
うん、やはり、香川の人間だ。男で、年齢は二十代だろうか。
「行商人か?」
「そうです。僕は追川康って言います。香川から色々と運んできて、各地で売っていまけど、あなたは違うのですか?」
「ちょっと別件だわ」
「別件? そうですか?」
そういえば、今の俺の言葉は翻訳されているのだろうか、それとも日本語のままなのだろうか。試しに翻訳アプリを切ってみた。追川さんは、わざわざスマホを取り出したことに不思議そうにしている。スマホが不通なのだから、そりゃ不思議だよな。
「俺の言葉、わかるか」
「? ええ。ずっと日本語でしたし」
ということは、今までも日本語で喋っていたのだろうか。なんか、便利なんだが、ややこしくて、ある意味不便なアプリだな。
「それよりも、気分が悪そうなので、こちらをどうぞ」
行商人の男が差し出してきたのは、何やら緑色の飴だった。
「どうも」
「ありがとう」
と言いながら、俺とアレクサンダーは飴を取った。口に入れるとミント系の清涼感と草臭いほどの緑の香りが広がる。
「お口にあえばいいのですけどね」
「問題ない。気分を変えるのにいいわ」
単純にありがたい。最も、隣のアレクサンダーは苦手な味なのか、眉間に皺を寄せているが。ちょっとは隠せよ。
「それより、行商って香川から何を売っているんだ?」
「大した物は、麦や野菜の種に、香川で採れた干野菜や漬け物なんかです」
大きな荷物をポンポンと叩き、微笑みながら答えた。
「売れる?」
「今となっては、物珍しさと実績もあるので売れますね。もっとも、首都周辺の村々ではすでに広まっている種類しか扱ってませんけど。売りに行くのは首都から離れた村です」
「そんなところまで行って採算採れるか?」
要は、香川からの恩恵が薄い地域にわざわざ行っているわけだ。
「そこそこですね。そこそこですけど、それ以上に各地の珍しいものを集めて香川に持ち帰るのが目的ですし」
「あー、こっちの世界の植物とか?」
そういえば、そういう話もあったな。ホップの代わりを探しているとか。当然、ホップだけじゃなくて、採れない作物の代わりになるようなものを探しているのだろう。
「植物だけでなく、動物やモンスターの素材、民芸品なんかですけどね。持ち帰って、さらに商人ギルドに報告してどこで、どんなものが採れるのかをデータベース化してます。その情報提供でも報酬があるので、どっちかといえば、その報酬が収入のメインですね」
「ふーん。色々と考えているわけか」
そういったシステムということは、行商として本来ならば貴重な情報を売るわけだから、行商人と言うよりも調査員に近いのだろうかと思う。個人でどうこうって主義が、今の状況では余裕が無くて保てない。だから、香川のために行商をしているのだろう。
「まぁ、でも、こちらの村々を訪れて、珍しいものが手に入った、欲しいものが手に入ったって喜んで貰えるのも悪くないですけどね」
「そうかい」
なら、良い仕事なのだろう。
面白い出会いもあったなと、揺れる、揺れすぎる馬車の中で思った。




