持ち物 7 夢の対価
黒皇 魅帝という人物について語るとき、ついてまわる言葉が2つある。
ひとつ目は、『学級委員長』。
週に一度、金曜日のホームルームでの司会進行がおもな役目だ。
……と思われているが、実際はその前の段階、ホームルームの議題そのものも彼が決めている。
クラスのほかの係、たとえば保健係や飼育係といった役職を選出するとき。
掃除当番のローテーションを不公平なく割り振るとき。
ついこの前の、作文のテーマを効率よく決めるための遠足用チームを作ったとき。
これらすべて、あらかじめ計画を立てたうえで推し進められたものだ。
そのすぐれたリーダーシップはとどまるところを知らず、来月の児童会役員選挙に彼は出馬を表明している。
しかも会長。
まだ5年生なら、たいていの場合は書記か、器量のあるものでも副会長に立候補するのが通例のところ、今年は例外らしい。
『一人は九十九のために』をスローガンに、一学期のうちからじわじわと支持を増やしている。
予想される得票数は6年生の候補者にせまる勢いで、今回の遠足とは関係ないものの、これはちょっとすぐそこの用水路を見に行ってきたくなるくらいには大荒れの予感だ。
そしてもうひとつ。クラスメイト以外にはこっちのほうが圧倒的に有名だ。
『黒皇財閥の御曹司』。
彼を知らない人にもその名を出せば、「ああ、ひょっとしてあの黒皇の」と正解してもらえるサービス問題だ。
大企業をいくつもかかえ、いろんな自治体からオフィスや工場の誘致に引っ張りだこ。
つまり、ミカドはお金持ちの家の子だった。
なら、いまいる、どこにでもあるごくふつうの公立小学校よりも教育熱心な私立に通っていてもよさそうなのだが、それをしていない。
市内には飯常呂小学校、隣県になら雅理遍大学付属小学校といった偏差値の高い有名どころもあるが、どうも家庭の方針で英才教育のたぐいはほどこさないようだ。
習い事よりも学校行事に力をそそぐ、それが彼のやりかただった。
ふつうの学校に行って、特別なことはしない。
そのかわり、勉強でも運動でも、委員会でも掃除でも花の水やりでも一番を目指す。
その障害となるものはすべて打ち負かす。
のちに『人の上に立つもの』と呼ばれる人物の、これが原点である。
そういうわけで。
彼にとって最大の、目の上のたんこぶ。
ほかの勉強はともかく、体育ではなかなか勝たせてもらえない。
運動ができるだけでもただでさえそうだが、言動がいちいちひょうきんで少し芝居がかったところもクラスの注目を集めている。おかしなポーズをことあるごとにとったりとか。
しかも本人はそれを意識していないときた。
そんな陽気なお調子者。
ミカドは乙乎をライバル視していた。
「なんだって!? どーいうことだ!?」
「さっきの調理実習……メニューが決まっているのに、さらに持ちこみOKなんて、ちょっと妙だったとは思わないか……?」
「え……じゃあ、まさか……」
調理室の反対側のすみで、あわてふためく様子のクラスメイト数人をちらりとだけ見て、ミカドはこっそり邪悪そうな笑みを浮かべていた。
(遠足のしおりが配られてから5日後……9月24日、水曜日。つまり、毎週家庭科のある曜日だ。
しかも調理実習は前から予告されていたこと……まあ、誰だっておぼえているだろう。
乙乎よ……貴様も当然、記憶にはあったはずだ。実際、いろいろと食材を持ちこんで楽しくやっていたのだろうが……
ここで、ボクたちのチームも食材を持ちこんでいた……それが、この――)
ミカドは、ジャケットの内ポケットに手を差しいれた。
(――バナナだ)
そして今度は、うれしそうにはしゃぐ近くのクラスメイトのほうを一瞬だけ見やって、すぐに視線をもどす。
誰にも気づかれないくらいかすかに、口の端を暗く吊り上げた。
(3種類あったメニューのアレンジ用、というわけじゃあない。こいつで1品追加してやったのだ……!
基本的な作り方はいたってシンプル……輪切りにしたバナナを、同じく持ちこんだココナッツオイルでカリカリに揚げる……!
バナナチップスの完成だ……!
さらに、そいつが熱いうちに砂糖をまぶしたり、チョコレートやアラザンなんかをトッピングすればとってもオシャレでおいしそう!
当然、ものすごくおいしい……! それもそのはずだ、素材からしてちがうからな……!
バナナは国内で売っている生食用のものではなく、本場の料理用バナナを!
ココナッツオイルも当たり前のように最高級の未精製オーガニック認定! ついでに原産国のココナッツ庁を通じてもっとも品質のよい農園まで指定したものだ!
そのできたてバナナチップスを、あえて人前で、おいしそうに実演して見せる……!
具体的にはテレビコマーシャルのように、このボクはアイドルっぽくまばゆい笑顔で上着を広げて軽やかに回転してから――
ブサコは口紅をつける仕草っぽくたおやかに、かつあでやかに――
ソノタは器に山盛りにしてから一心不乱にかきこむように――食べる!)
ミカドは、誰も見ていないところで三者三様の行動を再現した。
(あとは簡単だ……それをたまたま見ていた数人に、こう持ちかける――
『ボクは遠足に、このバナナチップスを持っていこうと思うんだ。
そこで、どうだろう? 遠足当日にボクをちょっと手伝ってくれるなら、バナナチップスをわけてあげるよ!
バナナはおやつにははいらないから、実質300円以上のお菓子を持っていけるよ!
しかもこれ、とっても軽いから荷物のジャマにならないよ』
エサに食らいついた魚を釣り上げるようになァーッ)
顔の下半分をかぎ爪のように広げた手でおおった。
あるいはその暗黒の気迫のようなものなのか、ネクタイがぶわっと舞い上がる。
(もちろん、きょうこの場でバナナチップスを披露するために、家庭科の先生を説得して食材の持ちこみを可能にしておいたのもボクの仕業だ……!
書記のブサコの協力でな……!
今度の児童会役員選挙でボクの応援演説をになうほどの、言葉たくみなブサコの力をあてに、先生にこう言ってもらったのだ……
『調理実習は、わたしたち小学5年生が、大人を目指し成長するための必須課題であると同時に、通過儀礼であるとも考えます。現に今度の遠足でも、お弁当を自分の手で作って持っていこうと計画しているものもいます。
つまり、こんどの遠足は、決して遊びなどではなく、調理実習に近い、いえ、匹敵するほどの重要な行事なのです』
ああ、たしかにここで家庭科の先生はまゆを持ちあげて興味をしめしたものだ。
なにしろ、調理実習を学校生活の中でも最重要視した言い方だったからな……!
『そこでお願いがあります。調理実習においては、すでに献立も、使用する食材も決まっているでしょうが、そこに限定的な食材の持ちこみをみとめていただきたいのです。
限定的というのは、既存の献立にある程度の工夫をくわえるなど、決して授業のジャマにならないことを前提に、遠足のお弁当などの練習にもなるもの、授業時間内に作れるもの、班ごとの技量を超えないもの、そして給食をふくめて残さず食べられるものなどの条件です。
これらを満たすものを各班で計画し、自主的に段取りを組ませ、学習と成長のために挑戦する……もちろんその結果、持ちこみ自体をしないという選択肢もあるでしょうが、基本の調理実習は全力でしっかりこなす、ということになります』
こういう具合にな……!)
ミカドは目と耳のあいだの空間を指でつまみ、メガネを動かすふりをした。
ブサコはそうやってメガネの位置を直す。
(乙乎よ……貴様は、遠足の準備期間が2週間あるとだけ、つまり日数だけしか考えていなかっただろう……!
だがボクは、曜日と時間割まで計算にいれて行動していたのだ!
貴様らはバナナをせいぜい体力回復用の行動食とだけ見て、効率的な補給法のひとつでも編み出していい気になっていたことだろうが、そんなちっぽけなことをしていたせいで、この貴重な調理実習のチャンスをふいにしてしまったのだ!)
ミカドはジャケットを広げ、おおきくはためかせた。
(これがバナナの真の力だ……ボクはバナナを調理加工することでその価値を増大させ、クラスメイトを傭兵として雇いいれた!
バナナは貨幣だ!!)
~ 次回予告 ~
ミカドの策略、その背後にあるもの。
知れば知るほど手の打ちようはなくなる。
それは箱庭の中、新天地を目指す蟻のように――
次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-
持ち物 8 此方を覗く深淵
――これより先、絶望に注意。