持ち物20 あの日
「10時の方向! ……11時の方向、10時の方向! ……1時の方向で13歩、2時の方向ッ!」
ミカドがネクタイを振り乱しながら号令を飛ばす。
ゆるやかに、ただしこまかく曲がって坂道をクリアーした先に、広場が見えた。
「24歩進んで給水! ……10、8、6、4、2、停止ッ!」
完全に息をそろえていっせいに立ちどまったと見るや、守護陣形は各員、一歩外側に、横ざまに飛んで輪を広げた。
流れるように水筒をあけ、中身を飲んでいく。
給水時間は20秒。
水筒の出し入れをふくめてのものなので、あまり飲むのに時間はかけられないし、手が滑ったりの失敗もゆるされない。
ミカドは守護陣形の構築において、この給水行動も練習に時間を割いた。
おかげで、ここでも一糸乱れぬスムーズな休憩をとれた。
ひたいを風がなでていく。
ちょうど道を抜けたばかりの、ひらけたところだ。
標高も高くなったからか、さわやかなそよ風が吹き渡っていた。
ネクタイがはらりと舞った。
これまで、守護陣形を形成しているときはほとんど空気抵抗を感じなかった。
それによって体力を温存できたのはたしかだが、きょうはなにしろ暑い。
いま、つかの間の休憩のため陣形をひらいているので風通しがよくなって、高原の涼しさの恩恵にあずかることができた。
「守護陣形、再構築! 35歩で1時の方向ッ!」
これ以上の風を待たず、ミカドはわずかにゆるめていたネクタイをさっとしめなおすと、ジャケットのすそをはためかせて次の指示を出した。
あと、ひとつで最後の広場に出る。
ミカドは周囲に警戒の視線を走らせた。
そして、シミュレーションする。
乙乎がこれからどう出るか。
いや、正確には、どこから出てくるか。
乙乎の運動能力は、たしかに卓越している。
瞬発力、敏捷性、判断力、持久力。
どれもすぐれているが、こと遠足になると、それらは極限にまで高まるはずだ。
しかも、それらはステージが悪路であればなおのこととなる。
ふだんの学校生活などで、それが運動会の障害物競走みたいな特別な場合でなくても、乙乎は立体的な動きに強い。
たとえば、階段をおりるとき。
ふつうに駆けおりたり何段か飛ばして飛びおりたりもするし、手すりにつかまって滑りおりたりもするが。
乙乎は手すりに手だけをついて上を飛びわたり、まるで1本のポールをらせん状に回るかのようにおりてくる。
5年生の教室は3階にあるので、当然、そのほうが圧倒的に早い。
そのおりかたは、先生に見つかれば怒られてしまうので、監視の目をぬすんでこっそりとやっているようだが、朝遅刻しそうなときはのぼりでもその方法をとることもある。
ミカドも見たことはあるが、その動きは野生の猿かなにかのように軽快だった。
で、目の前の光景に思考をもどすが、乙乎はいま、芝地に整備された広場や道をさけて入り組んだ森の中をとおっている。
木々が深いので、このひらけたところからは森の中を、つまり乙乎がどこにいるのかを見ることができない。
だから、ミカドには乙乎の進行ルートを特定できない――
わけではなかった。
こちらがつづら折りの山道を進むのに対して、乙乎は森林をつらぬく直線コース。
ほとんど最短距離だ。
そこで問題になるのが、乙乎の進軍速度。
乙乎はふつうに走るのと、見通しの悪い森を駆けるのと、どちらのほうが速いのか?
見えないのでわからない?
いや、見えなくても考えればわかる。
もし、森の中、オフロードのほうが速いのであれば、乙乎はそのままゴールに突っこんで圧勝しているはず。
だが、乙乎は、ここまでにさまざまな策を練っていた。
小道具でこちらの手のものを撃破するのもそうだし、森にはいる直前にこちらに向き直って守護陣形を確認したのもそうだ。
つまり、これは守護陣形と追撃部隊という盾と矛の大軍勢に対しての、乙乎のゲリラ戦法が、勝負として成り立つことを意味する。
ということは。
『乙乎は同じ距離を走るのならさすがに芝生のオンロードのほうが速いが、今回のマップではどちらをえらんでも同じくらいの時間になる』。
そうなると、とミカドは最後の広場に続く道を行きながら考えた。
これまでに追撃部隊がどのくらい乙乎を追いまわすことができたか――いや、恐らく正確にはどのくらい乙乎に連れまわされたかになるだろうが――それによって、乙乎の消費した時間と体力、あるいは回復用バナナの本数が変わってくる。
かりに、乙乎が快刀乱麻、襲い来る刺客たちをものともしなかったのなら、ずいぶんと先行をゆるしてしまったことになる。
だが、ミカドはそうはならないと思っている。
根拠もなく楽観視しているわけではない。
乙乎の作戦を見破って、対策を打っていたからだ。
……あの、偽造標識のことだ。
あの矢印がもし完璧に決まっていたら、傭兵たちはそれだけで全滅していたかもしれない。
だが、それを妨害できれば、逆に乙乎の足をとめることができたはずだ。
ミカドは、麻門宮のチームだけに真実を伝えてある。
あの、クラス最速のスポーツ系女子だ。
それで麻門宮が乙乎を仕留めていてくれるのならそれでいいが、そこまで都合よくはいかないかもしれない。
が、麻門宮が撒かれたとしても、それまでに乙乎を消耗させることはできるだろう。
距離、時間、体力などのリソースを。
すこしでも削れれば、それだけこちらが有利になる。
あるいは乙乎と同着ていどになることもあろう。
そうなれば、勝負は――最後の広場で決まる。
「10時の方向!」
最後の広場。
ついに、あのゴールのある広場に着いた。
と同時に、ミカドは急旋回を指示した。
広場の奥に、大きな池がある。
『いこいの湖』と名づけられた、人工の水場だ。
左右にほそい川がついていて、左から水が流れてきて右に出る。
川は助走をつければ飛び越せないこともない幅だが、守護陣形で密集しているとさすがに危険だ。
だいたい、橋もかかっている。
数人ならんでとおれるだけの広さのものが、きちんと左右にわたされている。
左のほうは池から遠く、右のほうは池に近い。
だが、ミカドのえらんだのは10時の方向、わざわざ遠回りするルートだった。
……ゆでたまごのかたちを想像していただきたい。
タテに切った、たまごの上のところが白身で下のほうに黄身がある、あのかたち。
今回は、その黄身がちょっと寄っている。
断面から見て、上の白身のほうを手前において、黄身のあるほうを奥にする。
黄身はその角度から見て右側に寄っているのだ。
その黄身が池、白身は芝生におおわれた地面だ。
大岩は、池の奥側になかば埋めこまれているように鎮座している。
ので、この場合、黄身の奥から白身にかけて、マヨネーズでもうず高く乗せておいていただけたらさいわいだ。
(ここまでは、作戦どおり……!)
ミカドは内心ほっとしながらも、スピードをゆるめることなく遠回りコースを突っ走った。
この広場は、右手側から九十九市内のようすが一望できる。
木々がすくなく、標高も高いから、とても見晴らしがいいのだ。
いっぽう、左手側はいまだうっそうとしげった森。
乙乎が森の中をとおってくる以上、左手側から出てくることは自明。
だが、乙乎のすがたはまだ見えない。
すでに大岩の陰にはりついて、のぼりはじめているわけでもない。
つまり乙乎は、まだ森の中にいる。
そこまでわかれば、話はかんたんだ。
左のほう、それも森ぞいを走って、どこかに隠れながら進んでいるはずの乙乎を牽制する。
こちらには守護陣形がある。
乙乎が出てきたところで、守護陣形を展開して乙乎を攻撃することができる。
右をえらんでいたら、この作戦はとれない。
一見近道ではあるが、乙乎を自由にしてしまうリスクのほうが大きい。
乙乎は好きなところ、好きなタイミングで森から姿をあらわしてラストスパートをかけることができてしまう。
それはさけなければならない。
だが……乙乎も、いつまでも森の中にひそんでいるわけにもいかないはずだ。
なんといっても、オフロードよりもオンロードのほうが速い。
乙乎としても時間をかけすぎて、機をのがすわけにはいかない。
ここがひとつの勝負どころ。
ミカドがどこまで森ぞいに遠回りをし続けられるか。
乙乎がいつまで森の中にひそんでいられるか。
しびれを切らせたほうが、不利になる。
「1時の方向! 19歩のち、2時の方向!」
ミカドの号令一下。
陣形は広場の外周、森のすぐそばをなめるように移動した。
だが、どうしても森からいったん離れなくてはならないところがある。
橋だ。
橋は、森のそばにはかかっていない。
やや、中央に行ったところにわたされている。
その場所に、陣形の方向を変えた瞬間。
背後から、がさりと音がした。
(やはり、ここをねらってきたか!)
……一宮 乙乎!
最後の森は、となりの広場よりも小高い丘になっている。
その稜線をなぞって、乙乎は進入する場所とタイミングをはかっていた。
乙乎にとって、もっともさけたかった事態は、ミカドとのはちあわせだ。
不用意に飛び出して、出会いがしらにぶつかるようなことになるのはまずい。
衝突してケガのおそれなんかもあるし、だいたい人数はあちらのほうが多い。
守護陣形をほどいて包囲でもされようものならおしまいだ。
スピードをゆるめることなく、乙乎は様子をうかがった。
丘の斜面にそって、身体を横に倒しながら木々のあいだをすり抜け飛ぶように走る。
このまま行けば、広場の裏側まで来てしまうことになる。
そこまでくると、見つからないのはいいが、いくらなんでも遠回りすぎる。
どこかで、広場に、敵に発見されるところに出なければならない。
ミカドのすがたがちらりと映った。
暗いところから明るいところを見るほうが見やすいが、逆は見えにくい。
発表会とかで舞台に立つと観客席が真っ暗でわからないのと同じだ。
つまり乙乎のほうが索敵範囲が広い――わけだが、これはどうしたことか。
ミカドがわざわざ森の近くを走っているのだ。
明らかな遠回り。
これでは、うかつには出られない。
そこまで考えて、乙乎は気づいた。
――ガマンくらべか!
ここで乙乎が慌てて飛び出せばたちまち親衛隊のえじきになる。
かといって、出るのがおくれるとゴールが遠ざかる。
ミカドのほうも同じだ。
ゴールを急ぐと、乙乎に隙をさらす。
ただし、いつまでも外をぐるぐる回ってはいられない。
そして、その勝負には終わりのところがある。
橋だ。
橋のあたりで、ミカドは方向転換せざるを得ない。
広場の内側に向きを変えるのだ。
その瞬間、乙乎に背中を見せることになる。
森の中、見つからない距離でミカドの横をしばらく並走し、川の前まで来た。
「ここだっ!」
乙乎は猛然と坂を滑り降り、芝地に飛びかかった。
その勢いを殺さず前転受け身をとって、着地の衝撃だけをのがすと、橋の前、ミカドの背後におそいかかった。
ミカドの守護陣形は、向かい風を防いで体力を温存できるという長所がある。
だが、もちろん欠点もある。
小回りが利かないのだ。
7人もの人数がひとところに固まって動くには、どうしてもあるていどのスペースがいる。
わかりやすくたとえると、守護陣形は反復横跳びができない。
いや、練習すればできるようになるのかもしれないが、それよりも比較的ゆるやかなコーナーリングを連続させる練習を積んだほうが事故もなく効率がいい。
要するに、乙乎に背中を見せたこの瞬間、守護陣形は背後に対応することができない!
あとは彼らが動揺して足並みをみだしているあいだに、先に橋をとってしまえば――!
「発射!」
橋の手前。
ミカドの声がひびいた。
同時に、陣形の輪がばっと外側に1歩ひらいた。
そのひらかれた空間目がけてすかさず、ミカドがジャケットのすそをはためかせてダッシュした。
あとには、橋の前をふさぐように、守護陣形だった6人の傭兵がのこった。
ミカドがここにきて、ラストスパートをかけたんだ。
守護陣形は大岩の前まで、体力を温存するために構築されたもの。
大岩をのぼるときには不要な存在だ。
先頭に立ってミカドを引っ張ってきたこの鎧は、どこかで脱ぎ捨てなければならない。
大岩のすぐ前まで連れてきてもよかったはずだが、ミカドはそうしなかった。
乙乎を妨害するために、ここしかないという場所とタイミング。
ミカドは乙乎がしかける瞬間を読んでいた。
背中を見せるのは自分のタイミングでいける。
どうせ乙乎はそこをねらってくるから、わざわざ振り向いてやる必要はない。
みずからを『発射』し、ロケットを切り離すように守護陣形をその場に取り残し去った。
残された、元、守護陣形は、振り向いて乙乎のすがたをみとめると、反射的に腰を落として、ゴールキーパーのように身構えた。
乙乎を捕まえるという指示は、まあ、受けていないこともない。
というのは、契約としては守護陣形を組んでミカドを守るというもので、乙乎の相手は余裕があったら、と言われているからだ。
かりに近くを乙乎が並走して挑発でもしてこようものなら、それに反応してしまうと事故を起こす。
ミカドはそれを危惧していた。
そのため、彼らに攻撃の意志と体力の残りはあまりなく、そこまでしなければならない義理もない。
かといって、そのまま乙乎に道をゆずってやる必要もなかった。
彼らもわかっているからだ。
ここまでがんばって走ってきたのは、ミカドを乙乎に勝たせるため。
ここでむざむざ素通りさせると、その苦労が水の泡になる。
6人の傭兵たちは真面目にも使命感を発揮し、橋をふさいで両手を広げた。
これでは橋をわた――
「読まれてることぐらい、気づいてたぜ!」
る必要はなかった。
乙乎は傭兵を無視した。
全力疾走しながら軽やかなステップで身体の向きを90度左に変えると、そのまま川のほうに思いっきりジャンプした。
『川は助走をつければ飛び越せないこともない幅だ』が、『守護陣形で密集しているとさすがに危険だ』。
走ってきた乙乎なら川を飛び越せるが、立ちどまっていた傭兵たちには飛び越せなかった。
また、意識の壁のようなものもジャマをした。
傭兵たちは守護陣形でここまで来たのだ。
きょうまでがんばって練習をしてきた分、ミスすることもなく、彼らとしても満足なできばえだったはずだ。
しらず、守護陣形でいることにプライドのようなものがめばえていた。
さっきもいったが、これもまあ、いわゆる使命感のひとつといえた。
最後まで責務を果たそうとするのは立派な心がけだったが、彼らは自らの心までも重装備で固めてしまったのだ。
乙乎は、その隙をついた。
川を越えれば、あとは行く手をはばむものはない。
大岩は、すぐそこだ。
ミカドの背中も見える。
すでに大岩に手をかけはじめているようだが――
単純に、走ったりのぼったりするなら、乙乎のほうが速い!
――追い抜ける!
乙乎は勝利の手ごたえをつかんだ。
大岩のふもとにたどりついたとき、ここまで来るためにしてきたことが、いくつもいくつも、ふいに胸をかすめていった。
それはもう、本当にたいへんな戦いだったのだ。
2週間前に知らされた、遠足の存在。
その裏にある策略と陰謀。
それらを打ち倒し、輝く未来を手にするための作戦と計画。
バナナホルスターによる遠足術対バナナチップスによる大軍勢。
その実、さらに裏をかいた傭兵の調略。
そして――ついきのうの、大切な仲間との別れ。
すぎてみれば、あっというまだ。
だがそれらのことがあってようやく、乙乎はいま、最後の仕上げにかかることができる。
あの日々の思い出がよみがえってきたのは、一瞬のことだった。
乙乎はすでに、目の前の現実、大岩の攻略法を探し出していた。
この大岩、池に半ば埋めこまれるように張り出している。
そのため、のぼりはじめるのは、いま乙乎が立っているところ、つまり池から見て裏側、地面のあるほうからでないといけない。
しかも、こちら側からならどこをのぼってもいい、というわけでもない。
この大岩そのものは、のぼってはいけないという規定はないが、わざわざのぼりやすく整備されているわけでもない。
障害物が多いのだ。
地面側は北向きなので、大岩自体が影になって日当たりが悪いせいで、こけのびっしり生えたところがある。
南向きの池側は景観のためか、とげのあるいばらがあちこち植えこまれている。
岩肌が細くとがって、足の踏み場のない部分は全体に点在している。
斜面はなかなか急で手も使わなくてはならないし、頂上は見上げるほど高い。
その分、見晴らしはとても期待できそうだが、残りの体力も相まって、それらの障害物をひょいと飛び越えていくことはできないだろう。
それらの障害物をていねいによけ、なおかつ最短距離で踏破するためのルートを、電光石火で検索する――
乙乎はきりっとあごを引いた。
いま立っているところからのぼりはじめて、そのまま岩を巻くように半時計周りに進む。
ちょうど1周したころが、ゴールの頂上だ。
だがその行路は――
ミカドがすでに先を行っている!
こうしてはいられない。
乙乎はがばっと岩にしがみついた。
ミカドは遠くはない。
そう簡単には差が縮まらないが、これ以上広がることもない。
おたがいに疲れてはいるだろうが、こっちのほうがまだ体力はあるはず。
乙乎はそうやって、自分をはげましつつ、あせらず手足を動かし続けた。
半周はすぎた。
もうすこし、もうすこしで――
ミカドを射程圏内にとらえられる。
風にはためくジャケットのすそが、もうすぐそこに――
乙乎はそのとき。
いまさらながら怪訝に感じた。
きょう、何度か見たことだが。
ミカドの背中、高そうなジャケットの、『すそがはためいている』。
と、いうより、ミカドのジャケットの、『背中が見えている』。
つまり、ミカドはいま、『リュックサックを背負っていない』。
ミカドはふだんから、ジャケットとネクタイだ。
それがあまりにもばっちり決まっているから、今回も特に疑問には思わなかったが、いまミカドは、水筒くらいしか持っていない。
シートはどうしたんだ?
シートをチームの人数分かためて広げなければ、この遠足、勝ちにはならない。
遠足のルールだ。
荷物をチームメイトにわたしておくのは可能で、それによって身軽に移動できても、いまここに肝心のアイテムがなければ意味がないじゃないか?
「おい――」
乙乎がミカドに声をかけようとしたとき、ミカドが岩にとりついたまま、こちらをくるりと振り向いた。
「読まれていることに気づいていたことぐらい、計画のうちだ……!」
そうつぶやいた口角はギチリッと吊り上がっていた。
乙乎がそれ以上なにか言おうとするよりも早く、ミカドは全身をすっと上に持ち上げた。
真上にのぼったのだ。
それを見た瞬間、乙乎はチャンスだと思った。
そっちの方向は一見近道でも、その周りは障害物だらけだ。
ムリによけていこうとしても、結局は遠回りになるルートだ。
そっちでもたもたしているうちに、先にゴールにたどりつけるぞ!
勝った!
だが――
「クックック……乙乎よ……ボクはずっと、この構図を作りたかったのだ……! この大岩で、わずかにボクが上になる、この構図をな……!
はじめから、この形は見えていた……! そして、この広場で、ボクにわずかでも先行をゆるした時点で、ボクの勝ちは決まっていたのだ!」
「ミカド!」
その名をさけんだのは、乙乎ではなかった。
声変わりしてから30年はたちましたと言わんばかりの、さびのある武骨な声。
乙乎も当然、その声のぬしを知ってはいるが、この決戦の場で聞くことになるとは意外だった。
彼は、追いついてきたのだ。
後衛の索敵部隊をひきいているようで、ミカドの守護陣形のあとを追ってもくもくと走ってきたのだ。
しかも、リュックサックを、ふたつも持って。
園田 灰慶が!
そして、ミカドがわざわざ足をとめて、背中を振り返ったのは、余裕からでも、乙乎とおしゃべりするためでもなかった。
必然性があって、そうしたのだ。
乙乎の頭の上を、黒い影が飛んだ。
半周したところで動きをとめてうしろを向いたミカドのちょうど手元に、それは落ちてきた。
ソノタが投げわたしたのだ――ミカドのリュックサックを。
いま、乙乎とミカドはちょうど大岩のおもて、池の中央のあたりまで来ていた。
広場に続く通路からは、ほぼ真正面に見えている。
ソノタは、そのめぐまれた巨体をゆすってリュックサックをふたつかついで、広場に到着したらそのまま直進、最短距離で池越しにミカドに近づいた。
リュックサックはバスケットボールよりは大きくて重いがそこは体格のあるソノタ、10メートル近くある池を越えてリュックサックのロングパスに成功した。
なお、ソノタが都合よく追いついたのは彼自身の持久力もさることながら、この最後の広場の前半戦で、乙乎とミカドが外周を遠回りして牽制し合っていた時間も勘定にいれてのことだった。
さて、リュックサックを受け取ったミカドは、乙乎に向けて冷笑をうかべると、ふたをがばっとあけだした。
乙乎としてはまだ怪訝だったが、それでも警戒して足をとめた。
怪訝だったのは、ミカドにわたされたのが、むき出しのレジャーシート、ではなかったからだ。
乙乎の持っているのは、音菜から先にわたされていた、あの大きめのシート。
すぐに取り出せるよう、リュックサックの一番上にベルトで固定されている。
だが、ミカドのリュックサックには、そういった気配がない。
いや――もしかして、あのリュックサックの中には、シート自体もはいっていないのではないか?
だとすると、なんのために――
その疑問は、すぐにとけた。
ミカドがこちらをゴミを見るような目であけたリュックサック。
その口から、まばゆい光線のようなものが、広がりほとばしった。
「こ……これは!」
乙乎は思わずうめいた。
光線と見えたものは、乙乎もよく知っていた。
こんじきにかがやく、天使の羽。
闇夜を払い勝利を呼ぶための白刃をつつむ、秋風の鞘。
背後にせまる魔手をもくだく、必殺の隠し武器。
「バナナの……皮……!」
それがいま、ここで、無数に散って網目のごとく、岩肌をおおって――
乙乎にその牙をむいて、行く手をさえぎった。
乙乎が自宅に置いてきた『遠足のしおり』にも、そんなことは書かれていない。
大量のバナナの皮を糸でくくりつけてリュックサックいっぱいに詰めこむ……
それが、ミカドの最後の策。
必滅の魔奥義――
≪黄金の聖地≫!!
次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-
最終話
持ち物21 友情