持ち物13 未来への紅き灯火
9月29日 月曜日 11時40分
九十九市のはずれ、市街地をはなれて遠くにのぞむ山のふもと。
森林自然公園という名前だけあって、森を切りひらきつつも、木々をたくさん残して作られたところだ。
駐車場から公園にはいる階段の横に大きな看板があって、内部の案内図がイラストとしてかかれている。
確認のため、乙乎は手首をちょっと後ろに回して、そのあとパッと手のひらを上に返した。
≪遠足大事典≫!!
乙乎がその手に持っている『遠足のしおり』にあるほうの、現地の案内図とよく似ている。
それぞれの場所の名前や説明はもちろん、全体的な構図もそっくりだ。
ということは、この小さい図は、目の前の看板をまねてかかれたものだということがわかる。
と同時に、先生はこの現地の下見をしっかり終わらせた上で、『遠足のしおり』を作成したのだともわかった。
そうなると、乙乎が内心警戒していた、下見の場での学校関係者との鉢合わせは、これでほとんど心配ない。
階段をのぼるとき、一瞬なんだか敵の城に潜入でもするかのようなアウェイ感を味わったが、これは乙乎がふだんから『光秀の謀反』カードとかばっかりやってるのが原因のゲーム脳から来ているだけなのだろうか。
いや、どっちにしても今回の目的が偵察であることはたしかなので、それもやむなしではあるか。
とにかく、この場の地形や構造を頭にいれていく必要はあった。
そうしてから、ゴールへの有効なルートをさぐっていこう、という算段だ。
「だいたい、案内図のとおりだな」
まだはいったばっかりだが、乙乎はぽつりとそう言った。
芝生が広がっている。
少しだけ斜めにかたむいてはいるが、ボール遊びも余裕でできそうな大きめの運動広場。
となりには、順路案内のくすんだ矢印が、小さな白い看板にかかれてある。
広場の周囲を見ると、舗装されたなめらかな細い道路がぐるりと囲んで、駐車場の脇にあるレンタルサイクルの受付につながっている。
道路は広場のすみっこから自転車専用のレーンにはいり、次の広場につながっているとか。
その繰り返しで、公園全体をひと回りして帰って来るコースになっているらしい。
乙乎はそれを見て、あわよくばとも思ったが、残念ながらそのコースを当日に使う手は取れそうになかった。
コースは自転車専用だし、レンタルサイクルは有料だ。
個人の自転車ではいる分にはいいらしいが、ここに来るのに乗ってきた自転車を当日まで置いておくのは防犯上の理由でダメ、と駐輪場の注意書きですでにくぎを刺されている。
裏技がひとつ、早々につぶされたのは痛いが、これはミカドたちにとっても同じこと。
遠足の持ち物に現金や自転車ははいっていないので、財力にモノを言わせて強行することはできないのだ。
結局、当日は誰もがみずからの足でゴールまで行かなければならない。
「ふーん……」
乙乎が入口付近に突っ立ったまましばらくあたりをキョロキョロしてから、ようやく奥へと進む道を見据えたのをうけて、友親が先をうながしてきた。
「とりあえず、奥まで行ってみよーぜ」
「ていうか、その絵の具、ほんとーに使うのー?」
絵の具は、乙乎が自転車のかごに詰めこんで持って来たものだ。
これがまたかさばるし、しかも長いこと自転車をこいできた身にはけっこうな大荷物である。
そんなものをわざわざ持ち歩くには、やっぱりそれなりの理由があるわけではあるが、ジャマになるのはたしかなので、音菜はいまいち乗り気ではなかった。
「ああ。……すでにこの時点で、こいつは使うことが確定してるからな」
乙乎はしかし、そんな思いをすっぱり断ち切ると、おもむろに歩き出した。
9月29日 月曜日 12時40分
順路案内にそって、ゴールのある最終目的地、『いこいの湖』の広場までをざっと見渡した乙乎たちは、ひとつだけ戻った広場で昼食をとることにした。
木でできたベンチやテーブルが点在し、休憩するにはうってつけのおだやかなところだ。
この場所を選んだのはそれもあるが、ゴールの広場はやっぱり当日のお楽しみにとっておきたかったというのもある。
あと、いかんせん疲れたので戻りすぎるのもどうかという意見が出たから、というのもあった。
――ここは、本当にいいところだ。
乙乎は食後のお茶を飲むと、ベンチに手をついて空を見上げた。
青空が広がって日当たりもいいし、近ごろ紅葉が始まったばかりという、あたりの広葉樹の森からは、鳥や虫のピピピ……とか、チチチ……とかの、元気な声もよく届く。
行楽シーズン、という言葉がぴったりの、心やすらかな秋の風情だ。
ただ、ちょっとだけ視界がせまかった。
無理もない。
ここは森をひらいてできた公園。
広場と道以外は、多少の手入れははいっているが、密集した木ばかりだ。
ここからひとつとなりの広場は、距離があるとはいえ木にはばまれて見えない。
それどころか、この広場につうじる道の、つづら折りに曲がった先すらもよくわからない状態だ。
ひとたび森に迷いこんだら、順路案内がないと迷子になってしまいそう、というのは言い過ぎだろうか。
そう考えると、なかなか危なっかしいものだった。
と、いうことで。
「よし、森にはいろう」
お昼のうららかな日ざしにすっかり暖かくなったテーブルに両手をいっぱいに広げて突っぷしていた音菜と、もう完全に芝生にごろりと寝そべってお腹をさすっていた友親は、乙乎の提案を聞いて無言でじたばたと手足を振り回した。
9月29日 月曜日 13時30分
「おーい、次オレだぞー」
下から、友親の呼ぶ声がする。
乙乎は、手ぶりで音菜にちょいとどいてもらってから、とうっと木から飛び降りた。
スケッチブックを受け取ったところで、音菜がたずねてくる。
「どーだったのー?」
「かなり最高だった。見晴らしとか」
「いや、そーいうことじゃなくて……」
実際に言葉のとおりではあったが、もう少しくわしく言う。
乙乎はいま、横枝のしっかり張った木にのぼってあたりを見渡した。
すると、公園入り口方面の下り坂は、広場をつなぐ道があちこち隠れてはいるもののそれなりに見えた。
いっぽう、奥に進む上り坂は、次の道まではなんとか見えるが、そこから先がよくわからない。
こんなことをしているのは、つまり、順路のショートカットをさがすためだった。
つづら折り、というのはジグザグにまがった道のことをいうので、そのショートカット、とは要するに森をとおってまっすぐ突き進もうというわかりやすいルート検索だ。
運転免許証を持っているかたは、乙乎を助手席に搭載するのだけはぜったいにやめておいたほうがいい。
さておき。やっぱり、森の中にはいると見通しがききにくいようだ。
下りがわかるので迷うことだけはないだろうが、これは最悪来た道を戻らなくてはならないことを意味する。
とはいっても、木々の特に密集しているところはわかったので、おぼえておいてそこだけさければすむ話だ。
それでも、けっこうな短縮になる。
結論として、この、森にわけいるやりかたは有用だ。
さらに、もうひとつ利点がある。
「ショートカットに成功すれば、ミカドのチームに先行できるチャンスがふえる。だって、ミカドはショートカット自体を、たとえ知ってても使えないからな」
「どーして?」
「ミカドは大人数で、しかも隊列を組んでくるからな。せまくていりくんでるところじゃ隊列は組めない。ムリに押しいっても、転んでケガするだけだ」
「じゃあ、委員長が指示とか出して、何人かだけが追いかけて来る、とかはない?」
乙乎は待ってましたとばかりに答えた。
「むしろ好都合だ。少数が森にはいってくるなら、返り討ちにできる」
返り討ち、とはまた物騒な単語だったが、乙乎の言いたいことはこうだ。
乙乎は障害物競走にはとりわけ自身と実績があるので、普通に走ったら追いつかれるかもしれなくても、走りにくい森の中なら差を広げられるどころか、うまくすれば完全に追っ手をまける可能性もある。
大軍を相手取るにはゲリラ戦法、というのが古今東西の定番で、今回もそれにもれない感じだ。
「とは言っても、音菜は森の中じゃ急いで逃げようとしても、つかまるかつまづいて転ぶかするかもしれないからな。隠れてやりすごすか、いっそショートカットそのものをしないってのもある」
「乙乎くんって、ショートよりもロングのほうがいいの?」
話が食いちがってきた気がしたところで、友親が降りてきた。
友親も、乙乎ほどではなくても身軽なほうだ。
乙乎からすると、友親はなんでもそつなくできるイメージがある。
「わりかし最高だなコレ。きょうじゃなければ忍者ごっことかしてーな」
「ふふん。だろ?」
「なんでそこでお前が得意げなんだよ」
「だって、おとといの『謀反』で、山の中腹に陣取った秀秋の部隊と渡河して急襲してきた丹波の忍者隊との激闘が熱かったじゃないか」
「ああ、なる」
「だろ?」
「おう」
「男子のノリだねー」
音菜にはさっぱりわからなかったが、当然、読者にもなんだかよくわからないと思われる。
ので、説明しておくと、『光秀の謀反』カードには、カードを配置するためのマス目がかかれたゲームシートが必要になる。
メーカーから出ている専用のゲームシートでもいいのだが、マス目さえあればもちろん手づくりのものでもいい。
で、ミスターDIYの異名を乙乎からさずかる(予定の)友親の部屋には、お手製のゲームシートがおいてある。
それがもう手のこんだもので。
段ボールで作ってあるのだが、まず碁盤のように足のついたどっしりした台になっている。
それから肝心の盤面、なにがすごいって、立体的なのだ。
メーカー製の公式のものは、いちおう盤面に地形のイラストがかかれてある。
山とか川とか、物見やぐらとか本陣とか。
それを友親は、段ボールの模型で再現した。
山は稜線からしてそれっぽく、かつ取り外し可能なものを乗っけて、ついでに木も植わってある。
川にいたってはわざわざ台を切り取ってけずり、一段低くしてあるどころか川床の石や流木まで枯山水みたくオシャレにトッピング。
物見やぐらとかの人工物も、それはもうこまかいのだ。
川以外は好きに動かせて、毎回ちがった戦場で遊べるのだから、実用性も抜群。
もちろん全部段ボール。
どちらかというと、ゲームシートというよりジオラマ的箱庭のレベル。
乙乎はこれを初めて見たとき、「夏休みの宿題用に手伝ってもらおうとしたら友親のトーチャンが本気出しちゃったのか?」とまで評したが、答えは「いんや、ひとりでちゃちゃっと」とのこと。
神かなんかだと思った。
さて。話題がそれたように見えるがそんなことはない。
なぜなら、この立体シートのおかげで、地形図を確認しながら作戦を立てるという発想が浮かんで、きょうのこの下見につながったのだから。
つまりいまここに乙乎たちがいるのは、運動会予行演習の日から計画されていたものだといえるが、乙乎がそれを提案したのは運動会当日、それも運動会が終わってからだった。
しかし音菜も、友親さえもそれに言及するそぶりを見せないので、乙乎も黙っていることにした。
9月29日 月曜日 14時45分
入り口近くのベンチに腰をおろして、下書きしたスケッチブックに色を塗っていく乙乎。
友親はそこの木陰に横になってお昼寝モードだった。
音菜も疲れてはいるだろうけど、乙乎のとなりに腰かけて、赤い絵の具が広がっていくのを根気よく眺めていた。
「これって、なにかに使うの?」
もっともだった。
写生は全体の地形や道順、自然の把握には役立つといえばそうだ。
だが、わざわざこんな遠いところに荷物を持って来てまでするとなると、費用対効果が悪いともいえる。
端的にいうと、割に合わない。
が。
「これをしておかないと、たぶん負ける」
乙乎が直接、勝敗にまで言及するのは、そうめったにない。
この、一見すると非効率的な作業は、そのくらい重要なことだった。
「けど、これがあると、音菜をまもれるかもしれない」
「えっ」
乙乎がぽつりとそう言うと、音菜は絶句した。
「さっ、完成だ!」
音菜が口をあんぐりあけているとなりで、乙乎はすっくと立ちあがり、寝ている友親を起こしにいった。
9月29日 月曜日 15時35分
帰る前に、ちゃんと文房具店に寄って、建前ながらお目当てのいい消しゴムを買った。
日常の学校生活で消しゴムが必要なのは本当だったし、ほかに欲しいものもあった。
タコ糸とか。
べつに、特別太いのでなくていいので、普通のものにした。
たばねてより合わせれば、しっかりした丈夫なものになる。
――ふうっ。
外にとめてある自転車の前で、乙乎は大きく伸びをして、それからめずらしく深く息をついた。
疲れてるのもそうだけど、なにより、これで大きな準備が終わったことにひと安心したのだ。
まあ、残る問題は、いまから急いでも帰りが19時近くになって門限的にヤバイといったところか。
9月30日 火曜日 4時限目 図工
『クラスメイトの顔をかこう!』という課題が出されていて、先週の祝日をまたいでこれが最後の時間になる。
乙乎は友親と向かいあって、似顔絵をがんばっていた。
いまさらだが、友親の容姿をまとめると、糸目で少し角ばった顔だちをしている。
みじかいスポーツ刈りにした髪型も顔の形に合わせたのかはしらないが、全体的に四角かった。
「髪の毛は自分で切らないのか?」と以前、冗談半分にきいたことがあったが、いわく、「右半分だけはいいのになったんだけどなー」らしい。
左手を使う、もう半分はなかなかうまくいかなかったとさ。
いっぽうの乙乎のほうといえば、まああまり興味のある人もいないだろうけど、友親とくらべて大きくも鋭い目つきで、あごのラインがシャープになっている。
低学年のとき、友親に「なんかとくちょうないかおだな」と言われてからは、いつも細長いはちまきを巻いている。それだけ。
授業に戻るが、友親は毎日それなりに顔色がいいので、それに合わせて色を塗っていたら、赤い絵の具がなくなってしまった。
仕方がないので友親のを借りることにしたが、そのとき絵を見せたら、なんだか微妙な顔をされた。
乙乎は図工は好きだが、成績はそんなでもないのだ。
10月1日 水曜日 2時限目 体育
運動会の次は、マラソン大会が待っている。
今回からその練習だ。
たいていのクラスメイトはげんなりしていたが、乙乎と友親、麻門宮は平気な顔をしていた。
まあ、乙乎には遠足当日があさってにせまっていて、それが超楽しみというのも手伝っていた。
すごく首を長くして待っていたので、実際に測ってみたら、あんがい首が本当に伸びているかもしれない。
「ところでさ」
麻門宮が乙乎と並走しながらたずねてきた。
「ミカドって、なんでまた乙乎と張り合ってんの?」
乙乎はスピードをゆるめることなく腕を組んだ。
「いやー。それがよくわからん」
「ふーん」
「ああ。いくらバスケのときにドッジボールと間違えて顔面にキラーパスを送ったからって……」
「だよな」
友親が少し後ろから同意してきた。
「ああ。もちろん謝って水に流してもらったぞ。『いっけねーメンゴメンゴ☆テヘペロ』ってな」
「だよな。その件はそれでもうねーよな」
麻門宮はもう一度「ふーん」と返した。
ただしちょっと間があいていた。
10月2日 木曜日 1時限目 音楽
おおかたの予想にもれず、乙乎は音楽は好きだがとくに上手ではない。
リコーダーのテストがあったが、案の定な結果だった。
と、席についたところで、ミカドがこちらにやってきた。
またも誤解してはいけないのだが、乙乎とミカドは遠足において敵対しているものの、それは水面下でのこと。
クラスも同じだし、お互い無視したりもしない。
もちろん普通に会話するし、授業によっては協力したりもする。
ただ、今回の用事というのが、
「なあ乙乎、君の持っているのは、ボクのリコーダーじゃあないか?」
ミカドがそう言って差し出してきたのは、乙乎の名前が書かれたリコーダーだった。
自然、乙乎がさっきまで思いっきり吹き鳴らしていたのはミカドのものだった。
乙乎がいま、握りしめているリコーダーはヨダレでベッタベタだった。
「ソーリーソーリーうっかりしてたぜ! ゆるせ☆」
「き……貴様アアアア」
誠心誠意謝罪してリコーダーをすぐに返却したので、ミカドもいつもどおりこころよくゆるしてくれたようだ。
どこかほかの席から、ため息のようなものがふたつほど聞こえた気がしたが、あきらかにこのこととは関係がなかった。
10月2日 木曜日 16時10分
連日、遠足の作戦を立てては下処理や細工に明け暮れていた乙乎だったが、その分宿題をおろそかにしていたわけで。
宿題自体を提出していなかったわけではなく、いちおうやってはいたのだが、その出来がひどかったのだ。
まちがいだらけで字もきたない。
よってこの放課後、とうとう職員室に呼び出しをくらってしまった。
こってりしぼられたにはしぼられたが、そのあとフォローははいった。
すなわち、乙乎はなにごとにもいっしょけんめいで、気持ちが乗れば熱い集中力を発揮するやつなんだから、がんばればできる、と。
乙乎はそのときは、自分のことをきちんと見てくれてた上での説教だとわかったので照れくさかったが、あとでよく考えてみれば、いまは宿題のほうをがんばっているヒマがないのでムリな相談だった。
小学生の本分は遊ぶことだと、乙乎は固く信じているので、こればっかりは仕方のないことだった。
ついでに、職員室から出てきたときに、委員会とかでまだ残っていた数人のクラスメイトと廊下の電話機あたりですれちがったが、けっこうきまりの悪い思いもした。
と、まあ。そういうわけで。いよいよ、あしたが遠足だ。
乙乎のワクワクははちきれんばかりになっていた。
あと1回寝て起きたときを、首を長くして楽しみにしてるだけでなく、髪もモヒカン状に長くして鼻も長くして手足も某カレーの国の神秘のように火を噴かんばかりに長くして待っていた。はっきりいって主人公というよりはモンスター化したどこかの雑魚キャラみたいなのでカッコが悪いどころの話ではなかった。このあたりの挿し絵がなくて本当によかった。
「もう、楽しみすぎて今夜は寝られそうにないぜ!」
「わかるけどな。無理矢理にでも早めに寝ておかねーと、あしたがつらいだろーよ」
「へへ。わたしも、おべんとのおかずちょっと作るんだー」
荷物の準備は、実のところきのうのうちにすませてある。
基本は、軽く。
なおかつ、コンパクトに。
重心も、なるべく上に。
これも作戦のうち、基礎の基礎だ。
おやつは道中に食べるもの以外は、すべてリュックサックの下のほうにいれてある。
途中で壊れたりしないように、スナック系のお菓子も厳選した。
袋づめのものではなく、筒型のボール紙でできたパッケージのものだ。
『じゃがり棒』とかもいいが、『プリンスメティオ』などの外国製ポテトスナックだと、プラスチックのフタがついていてしっかりしてる。
これなら、衝撃やほかの荷物の重みがスナックに直接伝わらない。
ついでに、リュックサックの底にゴミ袋を丸めてしいておけば、より安全。
また、このパッケージ自体も、とても便利な道具だとわかった。
なにも、おやつは『買ったときの状態のまま』持っていかなければならないわけではない。
なので、この空き容器にほかのお菓子を、外装から出して個包装ごといれておけば同じようにまもられるし、それどころかハンカチやちり紙なんかのこまかい必須アイテムをいれておけば、リュックサックの中で散らからずに整頓できる。
ちなみにこのアイディアは友親が出したものだが、乙乎にとっては完全に目からうろこだった。
やっぱり友親は、そういった気配りもうまい。
水筒は、肩からさげておくのが普通だろうが、今回は外に出しておくと走ったときにゆれたり引っかかったりするから、という理由で、リュックサックの中にいれておくことになった。
これだと、手軽な水分補給ができなくなるデメリットはあるが、対策はある。
先日の下見で、ゴールまでのいくつかの広場に水飲み場が点在していたのを確認してある。
多少の時間のロスにはなるが、水筒を出しておくよりはスムーズだったし、バナナを食べるときにのどにつまらせないように注意すれば、よりリスクはすくなくなる。
あとは当日に、水筒の中身とお弁当をつめこめば完了、あしたを待つばかりだ。
そんな、ちょっと気温の高いのも手伝って、心うきたつ帰り道。
――ん?
乙乎の足が、ふいにとまった。
住宅地にはいってすこし進んだ、生活道路のかたすみ。
その場所に縫いつけられたかのように、ぴたっと棒立ちになった。
「あ? どーした、忘れ物か乙乎?」
友親が呼びかけるが、乙乎は返事をしない。
音菜も心配そうに顔を覗きこんできたが、乙乎はそちらに目を返さない。
乙乎の視線は、中空に固定されていた。
そして。
「お……い、なんだよ、あれは……!?」
ようやくしぼり出された、乙乎の声。
その、いつになく狼狽した様子に気づいて、ふたりも前を見た。
「なっ……!」
「え……、そん……な……!?」
それは、最後にして最大の試練。
絶望の暗雲。
乙乎たちの前にあった、それは、もう一度いう。
比喩ではない。
絶望の、『暗雲』。
雨雲が、立ちこめていた。
このままでは。
あすは、雨になる…………
~ 次回予告 ~
地をゆく獣は、空飛ぶ鳥を捕まえられない。
伸ばしても届かない手、鳴らしても響かない声、
跳ねたところでまだ足りない。
ならばみずから、空を飛んでゆくしかない。
たとえそれが、蝋の翼だとしても。
次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-
持ち物14 祈り (上)
――大切なものを捨てるとき、少年はひとつ大人になる。