持ち物11 ウルトラグレートボルカニックメガトンロイヤルパーフェクトデリシャスドリンク
9月26日 金曜日 17時00分
そろそろこの時間も、薄暗くなりかける、そんな秋の日。
それを否定するのか肯定するのか、蛍光灯の明かりが静かにともされる。
乙乎の部屋に、3人の戦士たちの姿があった――
いうまでもなく、いつものメンツだ。
「本日、きみたちに集まってもらったのは、ほかでもありません」
乙乎は自信たっぷりのとき、こうして気どったものの言いかたをすることが多い。
ほぼ確実に、軽く流されたりしてしまうが、それをいちいち気にする乙乎ではなかった。
「お、なんかくれんのか?」
「えーそんなこと急に言われてもー、わたし困っちゃうなーどうしよっかなー」
音菜がなにやらもじもじくねくねしていて、ちょっと様子がおかしいが、なんか変なものでも食べたんだろうか。
まあ、そんなときにはこれにかぎる。
乙乎はさっそく切り出した。
「とりあえず、こいつを飲んでみてくれ」
座卓の上に置いてあるコップを手のひらでさし示す。
「あ、ホントになんかくれるのか。ワリーな」
「きゃー乙乎くんからのプレゼントだー。お部屋に大事にかざらなきゃ」
飲み物はインテリアではないのでご遠慮いただきたい乙乎は、すぐにその正体を明かした。
「今回の切り札……バナナ・オレだ!」
作りかたは、いたって簡単だった。
バナナ1本に対して、牛乳をコップ1杯分くわえてミキサーにかける。
出来上がり。
乙乎は自信たっぷりに、感想をたずねた。
「うめーな。泡がモコモコしてんのもうめーし、けっこううめーと思うぞ。うめー」
「わたしは、もうちょっと甘みがあったらうれしいなー。お砂糖か、はちみつをまぜたりとか」
うんうん、と乙乎はうなずいた。
「と、いうわけで、このバナナ・オレを使って傭兵を雇い返そう」
誰もバナナ・オレを吹き出したりはしなかったが、もれなくむせた。
「いや、おう。まあ、うめーけどな? それが出来ねーから、苦労してんじゃあねーか」
音菜がちゃんと正気に戻ったのはいいが、代わりにじとっとすごく疑わしげな目でこちらを見てきた。
「乙乎くん……とうとう遠足好きをこじらせて……」
乙乎には、さげすむような視線をあびて喜ぶとかそういう趣味はないので、さくっと事情の説明といくことにした。
「それが、出来るんだ。ふたつの条件をクリアーすれば」
乙乎はくるっと後ろを向いて、翼を広げるように右手を持ち上げた。
そのまま指をパチッと鳴らす。
「まず、ひとつ目。レシピの改善」
座卓の上にいつの間にか、あの見慣れたピンク色の表紙の冊子が広げてあった。
≪遠足大事典≫!!
乙乎は顔だけで肩ごしに振り向いた。
「遠足のしおり P.87 持ち物の章 第7節。8の項……
『バナナ(以下、甲とする)を調理加工した状態で持ちこむ場合、調理加工後のバナナ(以下、乙とする)に原材料として含有される甲の割合を重量比で50%以上としなければならない。
乙内に於ける甲の割合が上記を下回る場合、此れをお弁当若しくは飲み物として扱わなくてはならない』」
「まったくわからん。脳に糖分が足りてねーんだなオレ」
「友親くん、さりげなくおかわりを要求しないの。つまり、いまのバナナ・オレじゃーバナナの濃さが足りないってことだよね?」
音菜の質問は、まさしく乙乎の言いたいことを当てていた。
乙乎は背中を向けたまま、右のこぶしを握りこんだ。
「そういうことだ。いまのでだいたいバナナ率は35%……これにバナナをもう1本増やして、牛乳をすこし減らせば50%にはなる――」
「じゃ、そうしたらいいんじゃないの?」
「ああ、それはもうためした。だが、バナナ度数とバナナ力はやはり比例するようだ。今度はバナナ・オレがどろどろの半液状になってしまった。高すぎるバナナ力はかえって牙をむく……ちょっと飲みにくい感じにな」
新しい語句なり単位なりが次々に出てきたが、誰も追究しなかった。
「でも、うまかったんならそれで別にいいんじゃあねーの?」
友親の指摘は、実のところ本質を突いていた。
だが、乙乎はここではそれをあえて、半分だけの正解とした。
「正直、味はすごくうまかった。だけど、それじゃあふたつ目の条件に引っかかる。そっちをクリアーするためには、極端な話、味は二の次でもいいんだ」
「いや、まずいのはまずいだろ。で、その条件はなんだ?」
「調略する相手だ。すでにアタリはつけてある」
乙乎はこぶしをばっと振って向き直った。
「チーム#1――あの3人を落とす!」
チーム#1
リーダー 麻門宮 奈津
メンバー 鹿洲 千亜紀
メンバー 旅岡 晴
通し番号のとおり、最初にチームを結成した、女子ばかりの3人組。
乙乎がきのう言っていた、『クラス最速の傭兵』とは実は、リーダーの麻門宮のことをさす。
性別による体力差のまだ小さい5年生では、男子よりずっと体育の出来る女子、というのは割に多い。
全体的にみて大人よりも体重は軽いので、筋肉量よりも身体の動かしかたが物をいうためだ。
その身体の動かしかたは、経験によって身につくので、日ごろからスポーツにしたしんでいるほど当然、うまくなる。
どちらかといえばパワーよりも、スピードやテクニックのほうがよく伸びるようだ。
で、なにをいいたいかというと。
麻門宮は、少年野球チームにはいっている。
毎週土日に校庭で練習をしている麻門宮の姿を、乙乎はよく見る。
乙乎が鉄棒で遊んでいたこの前の土曜日も、たしかにそうだった。
乙乎が麻門宮を評するなら、なにはともあれ『野球バカ』をまっさきに挙げる。
誤解してはいけないが、これでもほめているのだ。
『遠足のしおり』が配られたあの日。
すぐさま「運動広場がある! 野球する人集まってー!」とさけんで速攻でメンバーをそろえたくらいには、麻門宮は野球好きだ。
そして、もちろんその野球好きにふさわしい力量もそなわっている。
体育の時間でやるソフトボールをはじめとした球技では、乙乎は油断しなくても後れをとることが多い。
サッカーとかでも、ボールを2個使う、などといった奇策をろうしないと、なかなか出し抜くことはむずかしい。
徒競走では、前にのべたとおりやや勝ち越してはいるものの、クラスで1・2を争っている相手がほかでもない麻門宮だ。
わかりやすく説明すると、麻門宮はスポーツ面では乙乎の宿敵だったりする。
実際、乙乎は麻門宮のことを思うと何度(逆転満塁ランニングホームランをくらった記憶がよみがえり悔しさに)眠れぬ夜をすごしたことか。
「そーか、乙乎もそろそろ女子に興味が出てきたころか。うんうん」
「乙乎くん、その話をもーちょっとくわしく」
友親の顔面に当然のようにこぶしをめりこませた音菜が夜叉みたいなものすごい目でこっちを見た。
作戦の続きを説明したいので乙乎はさらりとかわした。
――閑話休題。
その運動能力もさることながら、麻門宮は、野球という集団競技をとおしてはぐくんだ快活さと他人への思いやり、面倒見の良さがクラスの枠を超えて人を引きつけている。
メンバーのふたりも同じく少年野球チームにははいっているが、どちらかといえば野球そのものに夢中というよりも、麻門宮を慕ってのことだと思われる。
しかしそんなふたりを、けっして取り巻きなんかではなく、ちゃんと対等に接する麻門宮のさっぱりした性格は、やっぱりクラスでも人気が高い。
乙乎もそういうところは素直に尊敬出来るし、友親にいたってはずいぶんと熱心な隠れファンをやってるみたいだ。
……と、本人のいないところでこれ以上おだてても特になにも出ないので、きょうのところはこのくらいで勘弁しておくことにした。
「麻門宮のチーム、正確には麻門宮を説得するには……バナナ・オレが、唯一のカギになる!」
堂々と言い切った乙乎だが、ほかのふたりはやっぱりまだ怪訝な顔をしている。
「そんなにアイツってバナナ好きだったか?」
「……あ、わたしわかった。行動食として、だよね。乙乎くん。好きな食べ物とかをリサーチしてプレゼントしてあげようとかじゃーないよねー」
音菜が気持ち必死だったが正解は正解だった。
何度もいうが麻門宮は野球をやっている。
その関係上、練習や試合などでの体力管理にはよく気をつかっている。
そのため、バナナを行動食としてもちいる、というやりかたはすでに知っている。
むしろ、そもそも乙乎がバナナに目をつけたのは、麻門宮の影響があってのことだった。
『練習のおともにレモンのはちみつづけ? あー、はは、わたしはすっぱいのちょっと苦手だし、どっちかってーとバナナ派かな。……うん。バナナいいよバナナ。おなかにもたまるし、好きだね』
さりげないインタビューで、こういう情報も引き出してある。
決断と行動も早い麻門宮。
調理実習のときにもミカドのバナナチップスにはまっさきに飛びつき、報酬を確保してある。
……と、ここまでの説明だと、すでにバナナチップスを受け取っているのなら、これ以上のバナナはいらないはずだ。
このことは、おとこ博士がみずから言っていたこと。
「たしかに、人からもうもらったのなら、これ以上『自分では』用意しようとはしない……そこを、突く――!」
乙乎は顔の下半分を手でおおった。
このごろはそのポーズが気にいってきた。
「バナナチップスは一見、完璧な策のようにも思える。だが、行動食としては、調理加工が裏目に出ているんだ。油を多く使っている分、消化吸収におとり、エネルギーになりにくい、というところが。
だが、そこに、身体にやさしい、うまーいバナナ・オレがあったら……?」
なんだか乙乎が急に食べ物の栄養について語ったが、誰もおどろかなかった。
乙乎のことだから、どうせいっしょけんめいに調べたんだろうというのが大方の予想だったからだ。
当然、正解であり、乙乎がきのうの宿題を犠牲にした甲斐があったというものだった。
そのためきょうは放課後ひとりで居残りをするハメになり、宿題を再提出してたら時間が押し気味になってしまった。
まあそこは忘れていいので、さっき言ってた、ふたつ目の条件。
それが、行動食の重要性をきちんと知っている、チーム#1の存在。
つまり麻門宮たちにだけ、反逆の説得工作……バナナ・オレが効く!
乙乎は、ふたりの肩ごしに窓の外を見た。
いつもなら、まだ遊んでいられる時間だけど、あしたは運動会だ。
早めに休んで備えておきたい。
それに、バナナ・オレの試作の続きもある。
「あしたがひとつの天王山だ。運動会では全力をつくそう」
9月27日 土曜日 11時30分
雲ひとつない晴天が絶好の運動会日和なのかと言われれば。
乙乎だけは力強く肯定するが、友親と音菜はちょっとげんなりして、それはウソだと断言する。
青空にかがやく太陽もかくやとばかりにキラッキラの目をした乙乎みたいにいられたらたぶん人生は幸せだろうなと、ふたりは暑さと日差しにうなだれていた。
午前の部、最後の競技、全学年合同の選抜綱引きがはじまろうとしていた。
この競技は、選抜ということで、全員参加ではない。
午後の部の最後に、全学年合同の選抜リレーがあって、そっちとの兼ね合いになっている。
つまり誰もが、綱引きかリレー、どちらかに参加することになる。
乙乎と友親は後者だった。
校庭に並べた椅子にぽつんぽつんとすわり、乙乎と友親は綱引きに出るクラスメイトを応援していた。
ひとクラス全員がおなじ紅組で、5年生のうちこちらの組はミカドを最後尾にしてかたまっている。
きょうもミカドはネクタイがパリッと決まっていた。
みんなが赤いはちまきを巻くところ、ミカドだけは赤のネクタイをひたいに巻いているが、花見の席の酔っぱらいとはちがって、こういうファッションですといわんばかりに絵になっていた。
ミカドのかけ声にあわせて、クラスほぼ全員のはちまきがいっせいにゆれる。
ほぼ全員というのは、参加していない数人以外に、参加中の音菜も例外のうちにはいっていた。
「ははっ、音菜だけずれてるぜー」
「まあ、音菜はスポーツがちょっと苦手なところあるからな」
「そーかい? それなら、ぜひともわたしらといっしょに野球をしてきたえてあげないとねえ」
「麻門宮って、そればっかだなー。いいんだけどよ」
ごくふつうに、乙乎と友親の会話に、麻門宮奈津がくわわっていたが、これは麻門宮もリレーの参加者だからだ。
さらにいうなら、麻門宮は新キャラとかそういうたぐいのものではなく、最初からずっとクラスメイトとしておなじ教室で学んでいた人間なので、あるていど仲良くおしゃべりしていてもなんの不自然もない。本当である。信じてほしい。
人物的なところはすでにのべたとおりなのだが、それでももう少し麻門宮のことを知りたいかたがたのために、外見を補足しておく。
すらりとした長身で、やや鼻が高め。
ふたえまぶたに、きりっと細いまゆが勝気で姉御肌な気質をきわだたせている。
夏休みのプールと炎天下の少年野球の練習のために、すこし色のくすんだ髪をまっすぐに背中まで伸ばし、ひたいから左右にわけている。
その一部がひと房、束になって肩の前に落ちている。
友親によると、これはぜったい将来美人になるタイプだと、同い年が口にしたとは思えない評価をこっそり教えてきたりも。
とはいえ、麻門宮の見た目について、乙乎は気にしている場合ではないので、綱引きのようすに視線をうつした。
――しまった……!
そのときになって、やっと乙乎は気づいた。
きょうのこの運動会、遠足の次に大好きな体育の祭典で、やはり自分は集中力が乱されている。
「――!!」
友親が椅子の上でガラゴッシャンヌッとバランスをくずした。
背中から地面に転げ落ちたいきおいそのまま頭だけで逆立ちした格好になってひたすら滑りトラックを華麗に一周したあと運動場のすみっこにある用具置き場の跳び箱用ジャンプ台を頭頂部であざやかに踏み切ってたかだかと跳びあがり午前の部で低学年がつかった大玉の上に落ちたはずみで大玉とは逆の向きに前転して歯車のように上に乗ったまま転がり続けて離れたところにあった玉入れ用のポールにぶつかったついでにかごに頭からつっこんだときによくしなったポールに弾かれて同じ姿勢のままはるかに吹っ飛びもとの椅子に背中から倒れてそこそこぴったりおさまった。
「大丈夫か、友親!?」
友親は、落としたはちまきを拾いながら起き上がった。
「ああ、なんとかな……」
「くっ、なにもそこまで……」
しかし、乙乎は友親本人よりもしんどそうにつぶやいた。
友親は「オレは大したことねーよ」と言いかけたが、そうではなかった。
友親が椅子から落ちる寸前にそよいだ、かすかな空気の流れ。
あの一瞬で、乙乎はすべてを悟った。
乙乎は友親のほうではなく、前を見て言葉を続ける。
「ついにやりやがったぜ……!
ミカドはクラスメイトの、全員を雇い終えたみたいだ……!」
兆候はすでにあった。
それも目の前に堂々と。
ミカドたちのかけ声と引きっぷり。
『音菜だけがずれている』ということは逆にいえば、『音菜以外の全員がミカドの号令のもと、一糸乱れぬ動きを見せている』ということ。
クラス30人のうち、乙乎たちのチーム#10で3人、ミカドたちのチーム#9で3人。
合わせた6人を差し引くと、のこりは24人。
それがすべて傭兵となって乙乎たちに敵対する。
ミカド本隊も合わせると27人。
単純計算で1対9の戦力比。
不利どころの話じゃない!
しかし。
「いや。これもわかってたさ……」
乙乎の視線はゆるがない……!
3日前までの乙乎なら、あるいはここでおおいにあわてふためき浮足立ち、友親と音菜を呼び集めて緊急作戦会議としゃれこんでいたことだろう。
だが、いまや乙乎にはバナナ・オレがある。
仲間との日々のすえにたどりついたこれは、必勝の策のはず!
選手退場が終わり、もどってきたクラスメイトを麻門宮とともに出迎える。
なにげない表情をよそおいながらも、乙乎は昼休みからの説得工作にむけて決意をかためていた。
~ 次回予告 ~
せっかく雇った軍勢も、使いこなさねば意味がない。
いまの手札を最大限に活かし切るには、さらなる情報が必要だ。
思案の果て、ひとつの答えにたどりつく。
「そうだ現地、行こう。」
次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-
持ち物12 いにしえの紅き盟約
――ただの消しゴムひとつが、大局をになうときもある。