持ち物10 血判状
9月25日 木曜日 16時40分
外の風はあんまり強くなかったはずなのに、窓がガタガタゆれた気がした。
誰も触ってないはずなのに、机の上のえんぴつがカタッとすこし転がった。
六畳、板の間。
友親の部屋では熱き闘志が旋風となって吹き荒れていた。
「ぬおおおおっ!」
「づああああっ!」
――『大激闘スラッシュファイティングドーム』――
エアホッケーとパチンコを足したような、2人から4人まで遊べるパーティーゲーム。
台がドーム型になっていて、アームで打ち出したコイン大の円盤はかならず、四方あるどこかのゴールに落ちる仕組みになっている。
このゲーム、いちばんの特徴は『スラッシュ』と呼ばれる仕切り板。
自陣の定められたところに差しこんで、そこに当たった円盤の軌道を変えることが出来る。
自分のゴールを守るように差してもいいし、打ち出した円盤が思いもよらない角度に跳ね返って対戦相手を翻弄するように仕向けてもいい。
台のかたちと合わさって、相手からは自分がどこに『スラッシュした』のかがわからないようになっている。
そしてそれが駆け引きを生むという、超! エキサイティン! な遊具だ。
そのうえ、この前テレビアニメにもなったあの人気ゲーム『モンスターサモナー』略して『モーモー』とタイアップした別バージョン、『大激闘モンスターサモナースラッシュファイティングドーム』という長ーいネーミングのものも発売された。
台の装飾もそうだが、おもに、登場するモンスターを模した円盤や『スラッシュ』の形や重心などの、こまかいところが別バージョンになっている。
オリジナルの場合と同じように打ち出した円盤が、ちがったカーブをえがいて飛んでいくというのが、単純に面白いのだ。
これを作った玩具会社はメインユーザーである小学生にけっこう親切なのかそれともギリギリまでお小づかいを搾り取ろうという魂胆なのかは知らないが、いずれにしろ、『大激闘モンスターサモナースラッシュファイティングドーム』略して『モモーム』は、それ自体を買わなくても遊べるようになっている。
すなわち、互換性のある『モモーム』用の部品というものもいっしょに売り出したので、『大激闘スラッシュファイティングドーム』略して『大スライム』本体をすでに持っているなら部品だけつけかえればいい。
これがすくなくとも九十九市では爆発的にヒットし、乙乎も迷わず飛びついたクチだった。
ついでにいっておくと、『大スライム』のシリーズは、部品の頑丈さを上回る小学生のパワーでひんぱんに故障するため、修理用の部品単品だけでもなかなかの売り上げになっているとか。
中には、故障もしていないのに『スラッシュ』の予備を大量に買いこんで自陣を『スラッシュ』まみれにしてカオスな状態で遊びまくる剛の者もいるとかいないとか。
「ここだっ! つらぬけ、オレの円盤シュート!」
「げぇっ!? オレの絶対防壁陣のわずかなスキをかいくぐったあ!?」
あざやかな逆転勝利を飾ったので、ドアに貼りつけられてる星取り表にはあらたな戦績がきざまれた。
――『光秀の謀反』――
戦国武将たちを指揮して戦う、トレーディングカードゲーム。
40枚のカードをセットにして自分のデッキを組み、相手と順番にカードを出し合って勝負を進める。
はじめに、武将カードを1枚だけ大名として本陣に配置する。
これが倒されるか本陣を奪われるかすると負けになる。
足軽カードというものもあって、これを武将カードに引き連れさせて戦力の増強が出来る。
そのまま出陣したとき、武将ごとの固有に記されている攻撃力が兵力に応じて上がるのだ。
武将によっては、ひとりでは大したことのない能力値でも、足軽をつけたときに攻撃力の上昇にボーナスがつくというキャラクターもいるし、その逆もいたりする。
兵糧カードなんてのもある。
米俵のイラストと数字がかかれたシンプルなカードだが、効果は絶大にして最重要。
どんなに強い武将も兵糧のもつターン数だけしか出陣が出来ないからだ。
しかも足軽が多いと兵糧の消費も増える。
これがなくては戦うことすらままならないので、たいていのプレイヤーはデッキの半分くらいは兵糧で埋める。
あとは花形となる、必殺の兵器カード。
刀や槍で兵糧コストをおさえたまま武将の攻撃力を上昇。
馬や鉄砲で高速遠距離攻撃。
城攻めのときには破城槌に落石だってある。
いろいろなカードを組み合わせて合戦に勝利し、キミも天下統一をめざそう!
「拙者の手番! 年貢フェイズ、山札から1枚カードを徴収!」
「支度フェイズで、光秀に兵器カード、十束風神鬼哭斬岩七星火龍ノ大刀・地を装備! 合戦フェイズ! 主力軍前進!」
……と、いうのは表向きの話。
いや、なにしろこのカードゲームは、その名に『謀反』を冠するだけのことはある。
ので、そこまでいうからには当然、裏もある。
それが『謀反』モード。
『謀反』モードはふたつにわけられる。
ひとつ。自分の陣営の大名を、あえて倒してなりかわる『下剋上』。
もうひとつ。相手の根回しを受けて、味方の武将に裏切られる『調略』。
『下剋上』の場合、大名を倒した味方武将がそのまま大名になる。
そのメリットとしては、ルールで、前の大名の能力値で後の大名のそれより高いものがあったらその数値を引き継げる、というのがある。
前の大名は、後の大名の装備品あつかいになって、しかも何枚もかさねられる。
つまり、『下剋上』を繰り返せば、そのゲーム中だけ実質最強の大名が完成するわけだ。
ターンと武将数はかなり費やすけど。
「いくぜ! ここで『謀反』モード発動! 半蔵を敵陣ふかく切りこんだ光秀の位置に進軍させて、光秀を攻撃! 『下剋上』!」
「くっ! これで、うぬの半蔵が強力な刀と足軽の指揮能力を両方引き出せる、それがしTUYOSI状態になってしもうたか!」
そして『調略』の場合は、簡単にいうと、敵の武将を規定の手番だけ、自軍としてあやつることが出来る。
ただし、これで大名をあやつることは出来ない。
有効な使いかたとしては、おもに、敵軍を同士討ちさせて兵力をけずったり、兵糧や兵器なんかの物資を交換と称して奪い取ったり、あらぬ方向に進軍させて主戦場から離脱させたり。
リアルファイトにならないていどに、戦での策謀を楽しもう!
「キョキョキョ……ここで『謀反』モード発動じゃ。天海よ、敵陣で留守番しとる久秀を『調略』せい。そしてそのまま本陣を占拠じゃ!」
「ぬう!? ……あれ、じゃあ、最強忍者魔剣士半蔵は? 振り上げた刀の行きどころは? え? 終わり?」
ちなみに、このカードもすくなくとも校区内では、老若男女、はやっているとかいないとかのレベルを超えて、もはや生活の一部になっている(乙乎調べ)。
というのも、登場する武将に、このあたりの出身のものがいて、それがカッコイイ上に能力値も高いのだ。
もともと、乙乎たちの住むここ、手馬崎県九十九市は、かつてその名の由来ともなった軍馬の名産地。
着百国といえば名高い武者や刀剣の名工を多く輩出し、かの天下分け目の戦いの折にもたいそう活躍したつわものたちゆかりの地としても知られている。
そういった歴史から見ても、このへんではそういうものが好きな人が多いのだと思われる(乙乎の自由研究から一部引用)。
しかもこれ、トレーディングカードとはよくいったもので、ようは交換して集めることを目的とした玩具である。
そのため、勝負の賭けの対象となることがままあるわけだが、勝負方法は合戦でもいいし、合戦(物理)でもいい。
なにをいいたいかというと、このカードは子どもが乱暴にあつかってもいいように、やや厚めに作られている。
床にたたきつけて風圧でカードをひっくり返す、ちょっと薄めのメンコ遊びにする子どもといい年した大人が多いとか多くないとか。
ただ、レアな武将や兵器のカードをメンコにすると、さすがに傷んでしまうのをさけるため、もっとも手軽な、米俵のえがかれた兵糧カードを代理に立てるのが主流だ。
いずれも『遠足大事典 -Ensoyclopedia- 用語集』(詩得符出版刊)より抜粋
「いやー、アタマ使ったしあとは俵にしようぜ」
「ふふん。オレの騎馬スマッシュに勝てるかな?」
さて、前置きがずいぶんと長くなったが。
乙乎が昼間、古代の哲学者よろしくばっと立ち上がって友親に訪問の約束を取りつけたわけだが、その用件はなにもこうして遊びまくることだけではなかった。
「壁を抜ける。……それか、伏兵をつける」
乙乎がぼそっと、しかし強く決意したような言葉に不思議な力のひとつでも宿っていたのか、メンコは友親の米俵の下をくぐり抜けて部屋の壁にまで届いた。
騎馬カードのメンコは、乙乎の愛用するメインウェポンだ。
そうとう使いこまれて四隅はめくれてるし、一時期保護カバーをつけたときにうっかり指を切ってしまったときの血の跡も、うっすら残っている。
このボロカードを乙乎はいつも持ち歩いていて、お守りぶってたまにないしょでランドセルにも忍ばせたりする。
「傭兵を雇い直すってことか? だがバナナチップスでもおもちゃでもダメなんだろ?」
「ああ。けど方法はある。……」
きょうの遊びに見立てた作戦を考えた、ということは友親にもすぐに理解出来た。
2種類の対戦ゲームを持って来たのは、そのためだろう。
どちらかというと乙乎は、そういうところがある。
遊びの中からヒントを見つけ出そう、とかくとなにやらビジネスの手引きや自己啓発の本にありそうな文句だが、実際、乙乎のアイディアの源泉はおもにこういったところだった。
仲間たちとの日々が作り出す必勝の一手。
それを乙乎は誇りにしていたし、友親だってそうだ。
「……寝返らせるか、でなくても裏切らせるかは」
「……!?」
背すじが急に冷えてきた気がしたので、友親は扇風機のスイッチを切った。
乙乎はなにか、恐ろしいことを考えている。
そういえば、今朝の質問コーナーのときにも、おとこ博士は『寝返らせる』という言葉を使っていた。
そのときから、たぶんはっきりとはしていなくても靄のような状態で策が生み出されつつあったのかもしれない。
「あさっての運動会。そこがひとつの勝負になる……!」
「……具体的には、なにをすりゃあいいんだ?」
「参加する種目にはベストをつくす。特に、午後からの短距離走とリレーには」
「……そしたら、どうなるんだ?」
鬼気せまるような雰囲気で淡々と話す乙乎にちょっと気圧された友親は、それでもなんとかついていこうとがんばった。
「クラス最速の傭兵を、調略出来る……!」
~ 次回予告 ~
将を射んと欲すればまず馬を射よ。
敵を欺くにはまず味方から。
仲間にも策の一部をかくしたまま、傭兵の切り崩しにはいる乙乎。
作戦そのものには自信はあれど、あるいはそれも苦渋の選択なのか――
次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-
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――男一匹、荒野へ向かう。