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第十七話

 はぁ、なんか疲れたなぁ……。

 城に戻った私は、茶葉の包みを持ったまま城内の廊下を歩きながら、大きく嘆息した。

 ホントに、これからどうしようかな。

 馬車の中でエリオットに言われた言葉を思い出す。自分も仕事で城に行くから、と乗せてくれたのだ。居間での少しふざけた雰囲気とは打って変わって、真面目な表情でエリオットは言った。

「王女殿下の専属侍女で、護衛まで任されている姉上は、私にとって自慢の姉です。ですが、姉上は、今まで本当に長い時間をクリスティーネ様のために費やしてきましたよね。女性が花咲ける時間は短いというのに、それを棒に振ってしまったようなものです。

 そろそろ、自分の希望通りに生きてもいいんじゃないです? 姉上が何を望もうとも、私が力添えしますから」

 クリスティーネ様が嫁がれた後どうするか、なんて、本当に、未だわからない。考えてない。だけど、そう遠くない未来に、必ず訪れることなのだ。いつまでも後回しにしてもいられない。でも、どうやって?

 みんなが心配してくれてるのはわかるんだけどさ。どんな風に決めたらいいのかわからないのよね……。

 そこまで考えて、そうか、と一人合点がいった。

 私、今まで、自分がどうしていきたいのか、何をしたいのか、なんて、考えたことがないんだ。物心付いてしばらくした頃にクリスティーネ様の遊び相手として仕えることが決められたし、そのまま、専属侍女兼護衛になったから。

 なんっつー流され人生なのよ……。

 どうしたいか、まだわからないけど。でも、ぼんやりとでも、考えて始めてみようかな。エリオットも好きにしていいって言ってくれたんだし。


 私は「よし」と気合を入れると立ち止まった。とにかく今は、やるべきことをやらないと。

 クリスティーネ様を探すため、探索魔法を発動する。私の足元から球状に探索エリアが広がっていく。

 長年の試行錯誤の結果、探索対象をクリスティーネ様に限定することで、シェルストレーム王国の王城という広い範囲でも魔力消費を最小限に抑えて発動することができるようになっていたりする。独学でここまでできれば大したもんでしょ、って自分では思ってるんだけど、他の人と比べたことないからわからないのよね。

 どうやら、クリスティーネ様はご自分のお部屋にいらっしゃるようだった。位置から言って、窓辺に置かれた籐の椅子のあたりかな。読書されてるのかも。

 クリスティーネ様は、私が傍にいないときは、だいたいの場合において自室でのんびりされる。自分で自分の身を守る力がないことを重々ご承知なさっているクリスティーネ様は、自分が一人で歩き回ると、城内を警備する騎士たちに余計な迷惑や苦労がかかってしまうということも、ちゃんとわかっていらっしゃるのだ。

 ちなみに、クリスティーネ様のお部屋には、私の魔法で簡単な結界を施してあるので、曲者が入ることはできない、はず。なので、お部屋の外を出歩くよりも安全だったりする。アルフレド様なら簡単に解いちゃいそうだけど。ただ、解除されたら解除されたで察知できる。

 探索魔法を解き、いったんバックヤードへ寄ろうと歩き始めてふと思った。

 そういえば、アルフレド様は今どこにいらっしゃるのかしら。私がいない時間帯はさすがに遠慮してくださってたと思うけど、帰ってきたことに気が付いたらまた押しかけて来るかもしれない。

 私は歩きながら再度探索魔法を発動する。

 えっと、どうやらクリスティーネ様のお部屋付近にはいらっしゃらないみたいだけど……あ、いたいた。うーん、自室にいらっしゃるのかな。それなら、しばらくは大丈夫そうね。

 バックヤードで私が不在にしていた間の申し送りを受け、料理長が用意してくださったお茶菓子を受け取る。その後、クリスティーネ様のお部屋へと向かい、扉をノックした。

「クリスティーネ様、マリーです。ただ今戻りました」

「マリー? どうぞ、入って?」



 私の予想通り、クリスティーネ様は窓辺で本を読まれていた。

「遅くなりました」

「気にしないでね。読みたい本があったものだから。ちょうど少し疲れてしまったところだったの。帰ってきて早々に悪いのだけど、お茶をお願いできるかしら」

 そう言いながら、クリスティーネ様は本をパタリと閉じた。テーブルの上に置かれた本のタイトルを見て、私は僅かに瞠目する。それは、ヴィカンデル王国の歴史が綴られた本だった。

 クリスティーネ様も今後のことについて考えて、できることから準備を始められてるのね。私も見習わないと。

「もちろんですわ」

 驚きを隠してそう答えると、私は買ってきたばかりの茶葉を使って紅茶を淹れる準備を始めた。お茶の時間にはまだ少し早いから、お茶菓子は後でいいかな。


 ちなみに。ずっと説明し忘れていたような気がするんだけど、クリスティーネ様が持つ二つのお部屋それぞれの一角に、私専用のカウンター付きの戸棚が置かれている。中にはお茶の道具がしまわれていて、クリスティーネ様が望んだ時にすぐご用意できるようになっているのだ。水は魔法で用意できるし、使用したティーカップやポットを洗うのも魔法で済むので、部屋に水場はない。魔法万歳。


 私が「お待たせいたしました」とクリスティーネ様の元へとティーカップを運ぶと、クリスティーネ様は微笑んでくださった。

「マリーの言っていた通り、可愛らしいピンク色なのね」

「シルベストリスという花のお茶ですわ。花自体は綺麗な紅紫色なんですけれど、乾燥させてお茶にするとピンク色になるんです」

 お茶について説明している間に、クリスティーネ様が一口飲まれる。そして、ほぅと息をついた。

「香りも優しいのね。とても飲みやすいわ」

「ありがとうございます。お口に合ってよかったですわ」

 一度頭を下げて私はクリスティーネ様から離れた。お茶の後片付けをし、簡単にお部屋の中を整頓していると、クリスティーネ様が私に声をかけてきた。

「マリーのいなかった間ね、アルフレド様、いらっしゃらなかったのよ。いつも突然いらっしゃるから、なんだか変な感じだったわ」

「左様でございますか」

 微笑みながら相槌を打ちつつ、頭の裏では冷や汗モノだった。

 もし私が不在のときにアルフレド様が来てたら、兄殿下たちが絶っ対に黙ってなかっただろうな。喧嘩になりそう。喧嘩だけならいいけど、なまじ王族同士なものだから国同士の戦争になりかねない。

 まぁ、あの兄殿下方だって、まさかそんなおバカなことはしないと思うけど。でもこないだの早朝、エドガー様が何か企んでる感じだったのは気になる……。

 あ、そういえば、クリスティーネ様からアルフレド様のことを話題に出すのって、初めてかもしれない。

 そんなことを考えながらベッドを整えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 ──言ってる傍から、アルフレド様が来たみたいね。


 廊下へ出ると、案の定、シェルストレームの騎士に連れられたアルフレド様が、微笑みながら佇んでいた。アルフレド様の今日のお供は、従者その三──黒い髪の騎士さんだった。名前は覚えてない。ゴメンナサイ。

 アルフレド様たちには先にクリスティーネ様の私的な客間に入っていただき、私は大急ぎでクリスティーネ様の身支度を整えた。って言っても、簡単に紅を乗せ直した程度だけど。

 クリスティーネ様が客間に入ったとき、アルフレド様はいつものソファに座っていらした。従者その三は、入口近くの壁際に立っている。

「クリス、今日はまた一段と可愛らしいのだね」

「ア、アルフ、あまりわたくしをからかわないでくださいませ」

「本当にそう思ったのだけど」

 こんな感じの、ハイハイ勝手にやっててねー、と言いたくなるようなご挨拶の後、お二人がソファに向かい合って座り、談笑し始めたのを横目で見つつ、私は再度お茶の支度を始めた。

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