第十二話
アルフレド様が来国して二日経った。
シェルストレーム王国の王都は、今日もよく晴れている。
その青空の下、王城にある南の庭園で、私はクリスティーネ様の散歩に同行していた。
昼食の後、軽い散歩をするのがクリスティーネ様の日課だ。広い庭の何処に行くかは、その日の気分によってまちまち。ただ、ここ数日は、この南の庭園ばかりなんだけどね。
まぁ確かに、その気持ちはよくわかるのよ。
って言うのも、この南の庭園、広い敷地の一角に独立して造られてるんだけど、この時期『素晴らしい』の一言に尽きるんだもの。「シェルストレーム王国内の他のどの庭園よりも抜きん出て美しい」って有名なのも頷ける。
というのも、思い切って薔薇以外の花を一切廃しているのだ。だから、今みたいな薔薇が見頃な季節には、一歩踏み入れるだけで競うように咲き誇る色とりどりの薔薇に囲まれる。そして辺りを漂う芳しい香りに、何とも言えない贅沢で幸せな気持ちになれるというわけだ。
庭園内を一周できるよう造られた散歩道をゆっくりと歩むクリスティーネ様は、たまに立ち止まると柔らかい表情で薔薇を愛でている。
そんな横顔を眺めつつ、この薔薇の園の中にありながら全く霞む様子のないクリスティーネ様の魅力に、私は一人満足して頷いた。
今日クリスティーネ様が着ているオフホワイトのドレスは私の見立てだ。エンパイヤラインのシンプルなデザインながら質の良い布地で作られたこのドレスは、着心地がよく、そしてクリスティーネ様にとてもよく似合うのだ。もちろん、シェルストレーム王国産の絹織物で作られている。
化粧は、少し肌のくすみを消して頬と唇に薄く紅を載せているだけ。髪は、ふんわりとサイドで結い上げて余った部分を散らしているだけ。夜会に出るとなれば足りないけど、誰に見られてもおかしくない見目に仕上がっていた。ま、元の素材がいいからね。
「本当に見事だこと。蜜蜂も大忙しね」
クリスティーネ様が頭を少し傾けてうふふと微笑む。
「そうですね」
私も微笑み、言葉を続けた。
「でも、アルフレド様程ではないと思いますよ」
「あら。あの方がお忙しいのは仕方ないわ。かなり無理な日程でいらしているのだもの」
クリスティーネ様がにこにこと屈託なく微笑んでいるのに気付き、私は「うーん、そういう意味じゃなくてですね……」と眉間に皺を寄せる。
逆なのだ。
普通、異国の王族が公務で来訪したとなれば、国王への挨拶やら大臣との会議、国内の視察やらで時間を大幅に取られるはずだ。それなのに、アルフレド様ときたら──
「クリスティーネ」
「まぁ、アルフレド様。ご機嫌いかがですか?」
クリスティーネ様が背後からかけられた声に振り返り、ふんわりと淑女の微笑みを浮かべた。
正に噂をすればナントヤラ。
美しい顔を優しく綻ばせて私たちの後方に立つのは、日の光に輝くプラチナブロンドの髪をそよ風に靡かせたアルフレド様その人だった。
またアンタか。
溜め息を肺に溜めるくらいは許して貰いたい。侯爵令嬢という身分と侍女根性を総動員して絶対吐き出さないから!
そう、アルフレド様はクリスティーネ様に会いに来るのに忙しいのだ。
来国後、少しでも時間ができるとこうしてクリスティーネ様の下を訪ねて来る。
そりゃあもう、私たちがどこにいたとしても、必ずピンポイントで探し当てて、だ。絶対に探索魔法使っていらっしゃる。変なところで能力使うなよって言いたい。
それ以前に。アルフレド様とて王族なのだから、他の王族や貴族の、しかも未婚で異性の相手を訪ねるとなれば、それなりに面倒な手続きが必要となるのは知ってるはずだ。いくら相手と婚約することになってるとしても。いらしたその日にも面会の手続きについて説明したし。
でも如何せん、アルフレド様は手順をすっ飛ばしてこうして会いに来てしまう。
もしかして、ヴィカンデル王国ではこれが普通なのか。アレか。異文化コミュニケーションってヤツか。──絶対に違うだろうけどな!
てか、またアルフレド様ってばお一人でいらっしゃるんですけど!? 一応、王城の敷地内は警備も行き届いてるし安全だろうけどさ。何かあったら大問題になるって。アルフレド様の従者は何やってんだオイ。
私の心の声を余所に歩み寄って来たアルフレド様は、クリスティーネ様の手を取り親愛のキスを贈ると、女性なら誰もが勘違いしてしまいそうな微笑みを浮かべた。
「あぁ、よかった。現実だ。まだこちらに来て日が浅いせいか、こうして普通に貴女に逢えることが夢ではないかと思ってしまうんだ」
……初めてクリスティーネ様を訪ねて来られた時からなーんとなく思ってるんだけど。何ですかね、このアルフレド様から発せられてる甘々なオーラは。まるでアルフレド様がクリスティーネ様に心底惚れてるみたいに見えるんですが。
──もしかして政略結婚じゃない……とか? はっはー、まさかね。
「アルフレド様には驚かされてばかりですわ。いつも突然いらっしゃるんですもの」
クリスティーネ様もここ数日の間にすっかり心得てしまったのか、当たり障りのない応えで返す。
「貴女への面会手続きをする時間すら惜しかったから」
うわー……この王子、天然タラシかもしんない。そういえば噂で『誰にでも優しい』って聞いたっけ。こういう意味も含まれてたのかしら。
「まぁ。後で問題になりましてよ?」
クリスティーネ様が咎めるように言うと、アルフレド様は苦笑してクリスティーネ様の手に自分の手を重ねる。
「そんな顔しないで。心配しなくても大丈夫。手続きはヴィクトルがやってくれてるから」
片目を瞑ってみせたアルフレド様に、クリスティーネ様は呆気に取られた表情を見せ、次の瞬間にはクスクスと笑い始めた。
「まぁ。アルフレド様ったら。ヴィクトル様に面倒事を押しつけたんですのね?」
「人に命令できる立場だってことを、こんなにありがたく思う日が来るとは思わなかったよ」
そう言って悪戯っぽく微笑みながら、アルフレド様は片目を瞑って見せた。
身分権乱用してるよ、この王子……。
呆れる私を余所に、アルフレド様はいったんクリスティーネ様から目を離して辺りを見回した。
薔薇は相変わらず色鮮やかに咲いている。
「それにしても見事な庭園だね。案内してもらえる?」
快く頷いたクリスティーネ様が、差し出されたアルフレド様の腕に自分の手を絡めた。そして二人、腕を組んで南の庭園を一周できる散歩道を歩み始める。私もその数歩後ろに続いた。
クリスティーネ様が薔薇の種類や特徴などをお話しながら散歩道をゆっくりと進む。アルフレド様はその一言一句に対して丁寧に相槌を打ち、ときには質問していた。
散歩道の中程まで来た頃、断りを入れてから、アルフレド様が見事に咲く大輪の薔薇を一輪手折ってクリスティーネ様の髪に飾った。深紅の薔薇が蜂蜜色の髪に栄える。
「うん、よく似合ってる」
クリスティーネ様はほんのりと頬を染め、嬉しそうに微笑むと礼を述べた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
微笑み返すアルフレド様に、クリスティーネ様が「あの、アルフレド様」と話しかけた。
「ん? どうかした?」
「お忙しい中、お時間が出来る度にこうしていらしてくださるのはとても嬉しいのですけど、無理して会いに来ていただかなくても宜しいんですのよ?」
「貴女には、僕が無理しているように見えるの?」
「よき婚約者であろうとなさっているように見えます」
「どういう意味?」




