第十三話
おーおー、アルフレド様、めっちゃ驚いてるよ。空色の瞳を丸くして、クリスティーネ様を見つめている。そんな表情でもイケメンはイケメンだな!
そんなアルフレド様に対し、クリスティーネ様は柔らかい表情のままだ。
「わたくしとの婚姻がヴィカンデル王国にとってどのような利があるのか、アルフレド様からの申し出があってからずっと考えているんですけど、わたくし、恥ずかしながらわかりませんでしたの。上に立つ者として勉強はしてきたつもりなんですけど、まだまだ至らないみたいですわ。
でも、わたくしとて小さくとも一国の王女です。王族同士の婚姻がどういうものかは存じておりますし、一度承諾したものを覆したりはいたしませんわ。
もちろん、アルフレド様と夫婦になるのですから、少しずつでも信頼関係を築いていきたいと思っておりますし、いつかお互いに尊敬し合える仲になれたら、とは望んでおりますけど……。でも、時間はいっぱいありますもの。今から無理に愛を囁いたり、急いで関係を深めようとしていただかなくても大丈夫ですわ」
アルフレド様は目を見張っていたけど、やがて大きく息を吐いた。そして相変わらずキラキラオーラを全身に纏わせたまま苦笑する。
「貴女がそんな風に思ってたなんて、心外だな、クリスティーネ。僕は、本当に貴女のことが好きなのに」
アルフレド様からの思わぬ告白に、今度はクリスティーネ様が驚く番だった。
「一昨日、初めてお会いしたばかりですのに?」
クリスティーネ様の言葉に、アルフレド様は柳眉をハの字にした。
「やっぱり覚えてないんだね」
「え……?」
「まぁ、もともと覚えている可能性はかなり低いって思っていたけど」
アルフレド様が何を言いたいのかがわかって、私は少なからず驚いた。十二年も前のこと、アルフレド様は覚えてたんだ。まぁ、アルフレド様は当時八歳になるのかな。覚えてても不思議はないか。
「僕たち、子供の頃に逢ってるんだよ。貴女はまだ五歳だった。そのときに僕は貴女にプロポーズしたんだ。大きくなったら迎えに来るって。貴女は『待ってる』って言ってくれたんだよ。
ようやく迎えに来れたんだ。十二年もかかってしまったけど」
アルフレド様はそう締めくくって再びクリスティーネ様を愛おしいとでも言うように見つめる。
「そんな昔の約束……。政略結婚でないなら、それこそ、そんな枷に縛られないで、アルフレド様の望む婚姻を結んでくだ……」
最後まで言う前に、アルフレド様がクリスティーネ様のふっくらとした唇にそっと人差し指を当てた。まるで、その先を続けるのは許さない、とでも言うように。
驚いて固まるクリスティーネ様に、アルフレド様はゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕は貴女を望んでるんだよ、クリスティーネ。ずっとずっと、もう何年も、こうやって貴女を迎えに来る日を夢見ていたんだ」
クリスティーネ様は魔法でもかけられたようにじっと立ち尽くしている。
「貴女に再会してからずっと、僕の気持ちを態度に表していたつもりだったんだけど、政略結婚だと思われてたんだったら、戸惑って当然だよね。僕の求婚自体も、きっとヴィカンデル王国からだからという理由で断れなかったんでしょう?
でも、ごめんね。誤解で了承させてしまったのは申し訳ないと思うけど、いまさら、撤回しないで」
細められたアルフレド様の目に、切なさが滲む。アルフレド様はクリスティーネ様の口元に置かれたままの右手をスッと顎まで滑らせると、そのまま少し持ち上げた。クリスティーネ様が、なんだか泣きそうな顔をしているのが見える。
「今すぐに僕と同じ感情を持ってとは言わない。少しずつでいいんだ。僕を知って? 僕にも貴女のことを教えて? そして最終的に、僕は貴女に好きだと思わせてみせるから」
そう言うと、アルフレド様はクリスティーネ様の頬にそっと口付ける。そしてゆっくりと離れ、幸せそうに微笑んだ。
呆然とした表情でキスされた頬に手を当てたクリスティーネ様の顔が、みるみる赤く染まっていく。それは、少し離れた私の位置からでも明らかにわかる具合で。
アルフレド様が満足そうに微笑んだ。
「うん、貴女はいつも可愛いけど、照れている顔もとても可愛いね」
「ア……アルフレド様っ!」
クリスティーネ様がようやく我に返り、アルフレド様に向かって抗議した。
──だめだ、ツッコミが追いつかない。
目の前で繰り広げられる超展開に、私は脱力寸前だ。
何らかの理由で、とにかく早くこの結婚を纏めたい『誰か』がいるとは思ってたけど……アルフレド様、お前か!
政略結婚じゃなかったし。王子、プロポーズ覚えてたし。城下町で一部の女性に流行ってるらしい女性向け大衆恋愛小説のワンシーンのごとき台詞が飛び交うし。
なんか、背中痒くなってきたわ!
しかも背景にある満開の薔薇が似合い過ぎだし! 何コレ視覚効果? 視覚効果狙ってるの!?
てゆーか、私、空気。マヂ空気。これ以上ないくらい空気。
いや、いいんだけどね。私、侍女だし。必要以上に存在感出しちゃいけない立場だし。
……ゴメンナサイ、やっぱりちょっと居たたまれないので、救世主求む。
「マリー? こんなところで何をしているんです?」
タイミングよく背後から声を掛けられた。
この、低く冷たい程に落ち着いた声の主には心当たりがあり過ぎる。残念ながら、私の求める救世主は、確実に、この人では、ナイ。
嫌々ながら振り向くと、私の予想通りの人が立っていた。
ようやく来たか、アルフレド様の従者その一──ヴィクトル・ニークヴィスト様。それにしても、よりによって何で毎度毎度貴方なんでしょうね。私は小さく嘆息した。
「お二人はどうしたんです?」
ヴィクトル様のいる位置からは、ちょうどアルフレド様とクリスティーネ様が薔薇の影になっていて見えない。
私は視線でそっと二人の位置を示しながら答える。
「邪魔をしてはいけないと思いまして」
ヴィクトル様が私の方へと歩み寄って来た。
その無表情やめてくれないかな。愛想がなさ過ぎて、すごい威圧感があるんだけど。ちょっとは表情筋使おうよ。
隣に立ったヴィクトル様は、お二人の仲睦まじい様子を一瞥すると、納得したのか私の方を向いた。そしてまた私に声を掛ける。
「見かけと違って勘がいいんですね」
「いきなり何ですか? 意味が全くわからないのですが」
ホントこの人苦手だわ。顔の印象の通り性格に鋭利な棘があって、とにかく人の神経を逆撫でするのが上手いのよね。行儀見習いの侍女たちがキャアキャア言う理由がわかんない。
思わず眉を顰めた私を見て、ヴィクトル様は続けた。
「私が背後から声を掛けたのに、マリー、あなたは驚きませんでしたので」
「『見かけと違って』は余分です。それに名前の呼び捨てを許した記憶はございませんが?」
人を小バカにしたような物言いをするヴィクトル様に対して、あくまでも冷静に、慇懃に、答えるよう努める。
確かに私の方が身分は低い。でも、一応貴族同士だ。親しい間柄なら呼び捨ても有り得るけど、普通は敬称くらい付ける。なのにヴィクトル様は初めてアルフレド様がクリスティーネ様を訪ねていらしたときからずっと、私のことを呼び捨てにしているのだ。
声を大にして言いたい。私はアンタと親しくなった覚えはないっ! てゆーか、親しくなりたいとも思ってないっ!!
「それともマリーがただ単に鈍いだけですか? 鈍すぎて驚くこともなかったとか」
名前呼びの件は無視かい。しかもまた呼び捨てしてるし!
こんなヤツなのに『様』付けをしなきゃいけないなんて、身分制度を呪いたい。
アルフレド様がクリスティーネ様のところに来ると、この人まで来ちゃうから嫌なのよ! アルフレド様も他の従者を寄越してよね。従者はその四までいるんたから。
「アルフレド様には遠く及びませんが、私も少々魔法を嗜むものですから。感知系の魔法は得意ですの。見かけと違って」
私が嫌味を込めて言うと、ヴィクトル様は自分の顎に手を当てて「ふむ……」と呟きながら私を値踏みするように上から下まで無遠慮に眺め倒した。
まったく、何なのこの人!? 失礼にも程があるっての!
眉間の皺が深く深ぁくなっていくのが自分でもわかる。はっ、ダメだわ。消えなくなったら大変。もう若くないんだから。お肌の曲がり角はもう過ぎてるのよっ。私は慌てて表情を緩めた。気分はサイアクなままだけど。




