↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/10

#6 書き換えられる未来

文化祭まで、あと一週間。


星ヶ丘学園の校内は、いつも以上に賑やかだった。


廊下には展示の案内が貼られ、教室のあちこちからは準備を進める生徒たちの声が聞こえてくる。


二年三組でも、文化祭の展示に向けた作業が大詰めを迎えていた。


教室の後方には、天野美月が描いた未来都市のスケッチが並んでいる。


大きな建物。


空中に架けられた橋。


街の中心に広がる公園。


そして、そのすべてを見渡せる場所に描かれた、小さな展望台。


まだ完成していない部分もあったが、最初に見たときよりも、ずっと豊かな世界になっていた。


「よし……ここに光を足して……」


美月はスケッチブックに向かい、鉛筆を動かしていた。


その表情は真剣だった。


けれど、以前のような不安げな様子はない。


描きたいものを、描きたいように描く。


その楽しさを、彼女は少しずつ取り戻し始めていた。


「美月、そこまで進んだのか」


声を掛けたのは、朝倉湊だった。


「あっ、湊くん! 見て!」


美月は嬉しそうにスケッチブックを差し出した。


「昨日話してた展望台、こんな感じにしてみたの!」


「おお……」


湊は思わず声を漏らした。


以前のスケッチでは、展望台は街の中心にあるだけの建物だった。


しかし、今の絵では、展望台の大きな窓から街全体を見渡せるようになっている。さらに、屋上からは橋が伸び、その先にはまだ名前のない場所が描かれていた。


「いいな、これ」


「本当?」


「ああ。ここから街を見たら、どんな景色なんだろうって思う」


湊がそう言うと、美月は満足そうに笑った。


「でしょ? 私も描きながら、ここから何が見えるのかなって考えてたんだ」


「まだ決めてないのか?」


「うん。最後まで決めないでおこうかなって」


「なんで?」


美月は少しだけ考え、それから答えた。


「だって、最初から全部決めちゃったら、描いてる途中で新しいものを思いついても、変えにくくなっちゃうでしょ?」


その言葉に、湊は小さく笑った。


「確かに」


「だから、最後までわからないままでもいいかなって思ったの。描いてるうちに、きっと何か見つかるから」


美月は再びスケッチブックに視線を落とした。


「私、こういう描き方が好きだったんだと思う」


その横顔を見て、湊は思った。


彼女は今、自分の未来を自分の手で描いている。


誰かに正解を教えてもらうのではなく、自分で考えて、迷って、ときには線を引き直しながら。


その姿が、湊にはとても眩しく見えた。


「……完成、楽しみにしてる」


「うん! 頑張るね!」


美月は元気よく返事をした。


そのときだった。


彼女の手元に置かれていた端末が、小さく震えた。


ピコン。


ORACLEからの通知だった。


「ん? 何だろう」


美月は鉛筆を置き、端末を手に取った。


画面には、いつものように個人データの更新通知が表示されていた。


『個人将来予測データを更新しました』


「……あれ?」


美月の表情が、わずかに変わった。


「どうした?」


湊が尋ねる。


「ううん……なんか、変なの」


美月は画面を何度か操作した。


いつもなら、将来の進路や適性、生活傾向などが一覧で表示される。


けれど、今日の画面は違っていた。


進路予測の欄に、見慣れない文字が浮かんでいる。


『将来適性評価:再計算中』


その下には、普段は表示されない項目があった。


『過去評価データ:照合中』


「……過去評価データ?」


美月は首を傾げた。


湊は、その文字を見た瞬間、胸の奥に嫌な予感を覚えた。


七年前の記録。


旧評価モデル、OR-07。


そして、現在のORACLEに引き継がれていた過去のデータ。


まさか。


「美月、それ……ちょっと見せてもらっていいか?」


「うん。いいけど……」


美月が端末を差し出した。


湊は画面を確認した。


『現行モデルとの整合性:確認中』


『旧評価モデルの記録を検出』


『参照制限:適用中』


その三行を見た瞬間、湊の顔から笑みが消えた。


「……これ、前にも見たことがある」


「えっ?」


「美月。ちょっと悠真を呼んでくる」


「ちょ、ちょっと待って。何かあったの?」


美月の声には、不安が滲んでいた。


湊は一瞬、言葉に迷った。


まだ、何もわかっていない。


不安にさせたくない。


けれど、何も知らないままにするわけにもいかなかった。


「まだわからない。でも、少し調べたいことがあるんだ」


そう伝えると、湊は端末を美月に返した。


「すぐ戻るから」


美月は小さく頷いた。


「……うん」


湊が教室を出ていく。


美月はその背中を見送ったあと、もう一度、自分の端末に目を落とした。


画面には、まだ同じ文字が表示されていた。


『旧評価モデルの記録を検出』


その意味を、彼女はまだ知らなかった。


けれど。


胸の奥に、忘れたはずの不安がゆっくりと蘇り始めていた。


*


昼休みの終わり。


湊は、廊下の端で悠真を見つけた。


「悠真!」


「ん? どうした、そんなに慌てて」


「美月のORACLEに異変が起きた」


その言葉を聞いた瞬間、悠真の表情が変わった。


「異変って?」


湊は、美月の端末に表示されていた内容を説明した。


『過去評価データ:照合中』


『現行モデルとの整合性:確認中』


『旧評価モデルの記録を検出』


悠真は黙って聞いていたが、話が終わるとすぐに自分の端末を取り出した。


「……やっぱりか」


「何か心当たりがあるのか?」


「昨日、凛から預かったデータを調べてたとき、今のORACLEが旧評価データを参照している記録を見つけたんだ」


悠真は画面を操作しながら説明した。


「ただ、あのときは過去の記録が残ってるってことしかわからなかった。でも、もし美月の個人データが、その旧モデルの記録と直接つながってるなら……」


「どうなるんだ?」


「わからない。けど、旧モデルの評価が今のデータに影響している可能性はある」


悠真は端末を見つめた。


「まずは、美月のデータが何に反応しているのか調べよう」


「俺も手伝う」


「ああ。ただし、本人に確認しながらだ。勝手に設定を変えたり、無理にアクセスしたりするのは危険だからな」


ふたりは教室へ戻った。


美月は、まだスケッチブックの前に座っていた。


しかし、鉛筆は止まったままだった。


「美月」


湊が声を掛けると、彼女は顔を上げた。


「悠真くんも……」


「端末、見せてもらってもいいか?」


悠真が尋ねる。


美月は少し不安そうにしながらも、頷いた。


「うん。私も、何が起きてるのか知りたい」


悠真は端末の画面を確認し、自分の端末と接続せずに、表示内容をひとつずつ記録していった。


「今のところ、データが消えたわけじゃないみたいだ。ただ、過去の評価記録を照合しようとしてる」


「過去の評価って……中学のときの?」


美月が尋ねた。


悠真は少し迷ってから答えた。


「その可能性はある」


美月は、端末を握る手に力を込めた。


「……そっか」


湊は、彼女の横顔を見た。


中学時代。


美月が絵を描くことをやめた、あの頃。


ORACLEに向いていないと言われ、周りからも別の進路を勧められた。


その記憶が、彼女の中でどれほど重いものなのか。


湊には、想像することしかできなかった。


「美月。怖かったら、今は無理に見なくてもいいからな」


湊がそう言うと、美月は少しだけ目を見開いた。


「……ありがとう。でも、知りたい」


彼女は端末を見つめた。


「ずっと、あのときのことが引っかかってたから。どうして私は、あんなに描くのが好きだったのに、描けなくなっちゃったんだろうって」


美月は、ゆっくりと顔を上げた。


「もし、何か理由があるなら……ちゃんと知りたい」


その言葉を聞いて、湊は頷いた。


「わかった。一緒に調べよう」


「うん」


悠真も、静かに頷いた。


「ただ、何が出てきても、今の美月が描いてる絵まで否定されるわけじゃない。それだけは忘れないでくれ」


美月は一瞬だけ驚いたような顔をした。


それから、小さく笑った。


「……うん。ありがとう、悠真くん」


そのとき。


美月の端末が、再び震えた。


今度は、一度ではなかった。


ピコン。


ピコン。


ピコン。


短い通知音が、立て続けに鳴り響く。


三人の視線が、同時に画面へ向けられた。


『個人将来予測データの再構成を開始します』


『旧評価モデルとの照合を開始します』


『対象者:天野美月』


『旧評価モデル:OR-07』


美月の顔から、血の気が引いた。


「……OR-07?」


湊は息を呑んだ。


悠真がすぐに画面を確認する。


「おかしい。なんで、今になって旧モデルが……」


言い終わる前に、画面の表示が切り替わった。


『現行モデルの予測データを一時保留します』


『旧評価モデルの記録を優先して再構成します』


「待てよ……!」


悠真が操作を試みる。


しかし、設定画面は開かなかった。


『この処理は管理権限によって実行されています』


「管理権限……?」


悠真は何度も画面を操作した。


だが、どこにも停止ボタンは見当たらない。


『再構成中』


『再構成中』


『再構成中』


画面に同じ文字が繰り返し表示される。


美月は、何も言えずにそれを見つめていた。


「……私のデータ、どうなっちゃうの?」


その声は、小さく震えていた。


湊は答えられなかった。


悠真も、必死に調べている。


けれど、何が起きているのか、まだ誰にもわからない。


そして数秒後。


画面が、一瞬だけ真っ暗になった。


次の瞬間。


聞き慣れたORACLEのロゴが消え、見たことのない古い形式の表示が浮かび上がった。


文字は現在のシステムよりも無機質で、装飾も少ない。


その中央に、ひとつの評価結果が表示された。


『旧評価モデル OR-07』


『対象者:天野美月』


『創作・芸術分野への適性:低』


美月の指が止まった。


呼吸の仕方さえ忘れてしまったように、画面を見つめている。


「……うそ」


かすれた声が漏れた。


その下に、さらに文字が表示される。


『推奨進路:情報処理・技術系』


『本人希望との不一致を検出』


『対応方針:本人希望より、予測された適性を優先すること』


「やめて……」


美月が呟いた。


「もう……やめてよ……」


湊は彼女の名前を呼ぼうとした。


けれど、その前に画面が再び切り替わった。


『旧評価データの復元が完了しました』


『現行モデルとの不一致を検出』


『個人将来予測データを旧評価モデルの記録に基づいて更新しました』


そして、最後に。


『将来適性評価:創作・芸術分野 低』


『推奨進路:情報処理・技術系』


その二行が、現在のORACLEの画面に上書きされていた。


*


教室の中から、音が消えたようだった。


周囲では、文化祭の準備が続いている。


誰かが笑い、誰かが友達を呼んでいる。


けれど、湊たち三人のいる場所だけ、別の時間が流れているように感じられた。


美月は、端末を見つめたまま動かなかった。


その画面には、かつて彼女を苦しめた評価が、何事もなかったかのように表示されている。


まるで、あの頃に戻されたようだった。


「……なんで」


美月の唇が、わずかに動いた。


「なんで、今さら……」


その目に、少しずつ涙が浮かんでいく。


「私、もう一度描こうって決めたのに」


湊は、胸が締めつけられるような思いがした。


「美月……」


「やっと、楽しいって思えるようになったのに……」


彼女はスケッチブックへ視線を向けた。


そこには、彼女が時間をかけて描き上げてきた未来都市がある。


何度も描き直した線。


少しずつ広がっていった世界。


自分の手で、もう一度取り戻そうとした夢。


それなのに。


端末には、かつてと同じ評価が表示されている。


『創作・芸術分野への適性:低』


その文字が、彼女の努力をすべて否定しているように見えた。


「……私の絵って」


美月は、震える声で尋ねた。


「やっぱり、意味がなかったのかな……?」


「違う!」


湊は、思わず声を上げた。


美月が驚いて顔を上げる。


湊自身も、自分の声の大きさに驚いていた。


けれど、言わずにはいられなかった。


「違うよ。そんなわけないだろ」


湊は、彼女のスケッチブックを見た。


「俺、あの絵が好きだよ。橋の向こうに何があるのか、見てみたいって思った。展望台からの景色も、実際に見てみたいって思った」


言葉が、次々と口から出てくる。


「それに、美月が楽しそうに描いてるのを見て、俺も嬉しかったんだ」


美月の目が揺れた。


「だから……この数字だけで、そんなことを決めないでほしい」


湊は、まっすぐに彼女を見つめた。


「美月が描いてきたものまで、なかったことにしないでくれ」


美月は唇を噛んだ。


涙が一滴、頬を伝った。


「……でも、ORACLEが」


「ORACLEが何を言ったって、今のお前が描いた絵は消えない」


湊は言った。


「美月が、もう一度描こうって決めたことも。描いてて楽しいって思えたことも。全部、本当のことだろ」


美月は、何も言わなかった。


ただ、涙を拭いながら、小さく頷いた。


その隣で、悠真は端末の画面を見つめていた。


表情は険しい。


「……おかしい」


「悠真?」


「これは、ただの再計算じゃない」


悠真は、画面に表示された処理履歴を確認していた。


「現行モデルが過去のデータを参照することはあっても、旧モデルの評価をそのまま優先して、個人データを書き換えるなんて……通常の更新処理じゃあり得ない」


「じゃあ、誰かがやったってことか?」


湊が尋ねる。


「まだわからない。でも、少なくとも美月が自分で設定したわけじゃない。しかも、処理は管理権限で実行されてる」


悠真は、画面をスクロールした。


すると、ひとつの記録が見つかった。


『更新処理の実行元:特定不可』


『処理要求:旧評価モデルへの復元』


『実行時刻:現在』


『承認記録:なし』


悠真の表情が凍りついた。


「……承認記録が、ない?」


「どういうことだ?」


「普通、こういう処理には管理側の承認履歴が残る。なのに、記録がないんだ」


悠真は端末を握り直した。


「まるで、誰かがシステムの中から直接命令を出したみたいだ」


湊は、画面を見つめた。


誰が。


何のために。


なぜ、今になって美月のデータを書き換えたのか。


考えれば考えるほど、わからないことが増えていく。


そのとき、美月が小さく口を開いた。


「……私、何かしたのかな」


湊と悠真が、同時に彼女を見た。


「何もしてないだろ」


湊はすぐに答えた。


「でも……」


美月は端末を見下ろした。


「最近、また絵を描き始めたから。前と違うことをしたから……それで、こんなことになったのかな」


「違う。美月のせいじゃない」


湊は、はっきりと言った。


「何が起きてるのかはわからない。でも、お前が絵を描き始めたことが悪いなんて、絶対に違う」


美月は、ゆっくりと顔を上げた。


湊は、少しだけ声を落とした。


「……俺たちで、原因を調べよう」


その言葉に、悠真も頷いた。


「ああ。まずは、この処理がどこから来たのか調べる。旧モデルの記録と、美月のデータがどうつながってるのかもな」


美月はふたりを見つめた。


不安は消えていない。


自分が再び描き始めたことを、何かに否定されたような気持ちも残っている。


それでも。


ひとりではない。


そのことだけは、少しだけ心を支えてくれた。


「……ありがとう、ふたりとも」


美月は、涙を拭った。


「私も、ちゃんと知りたい。何が起きてるのか」


「ああ」


湊は頷いた。


「一緒に調べよう」


*


放課後。


文化祭の準備が終わり、生徒たちが次々と帰っていく。


湊と悠真は、美月の端末に残された記録を確認していた。


旧モデルの評価が上書きされたあとも、画面にはいくつかの処理履歴が残っていた。


『旧評価モデル:OR-07』


『個人記録との照合:完了』


『現行モデルへの反映:保留』


「……待てよ」


悠真が、画面を指さした。


「現行モデルへの反映は、保留になってる」


「でも、評価は書き換わってるだろ?」


「そう。だから、余計におかしいんだ」


悠真は考え込んだ。


「旧モデルの記録が読み込まれたことと、それが現行モデルの評価として反映されたことは、本来別の処理なんだ。なのに、今回は途中の承認を飛ばして、旧モデルの評価が個人画面に表示されている」


「つまり、システムの不具合なのか?」


「その可能性もある。でも……」


悠真は、画面の隅に表示された文字を見つめた。


『旧評価モデルの記録を優先して再構成します』


「この命令が、どこから来たのかがわからない」


そのとき、湊の端末が震えた。


ORACLEからの通知だった。


湊は画面を開いた。


『関連対象者との接触履歴を確認しました』


『対象者:天野美月』


『旧評価モデルとの関連性:調査中』


湊の顔が強張った。


「……なんだよ、これ」


悠真が画面を覗き込む。


「関連対象者って……美月のことか?」


「たぶんな」


「お前の端末にも、こんな通知が来るのか……」


悠真は眉を寄せた。


「美月のデータが変わっただけじゃない。湊、お前の行動記録まで参照されてる可能性がある」


湊は端末を握りしめた。


自分が美月と話したこと。


彼女の絵を見たこと。


彼女と一緒に帰ったこと。


そのひとつひとつが、ORACLEに記録されている。


そして今、彼女のデータが旧モデルによって書き換えられた。


偶然なのだろうか。


それとも、自分たちが何かに気づき始めたことと関係しているのだろうか。


答えは、まだ出ない。


悠真は端末を閉じた。


「湊。明日、凛に会おう」


「ああ」


「今回のこと、あいつなら何か知ってるかもしれない」


湊は、頷いた。


そのとき、教室の後方から声がした。


「……ふたりとも、まだいたんだ」


振り返ると、美月が立っていた。


手には、スケッチブックを抱えている。


「美月。もう帰ったと思ってた」


「忘れ物しちゃって」


美月は自分の机に戻り、鉛筆を一本取り上げた。


そして、教室の後方に置かれたスケッチを見つめた。


「……ねえ、湊くん」


「ん?」


「私、明日も絵を描いていいかな」


湊は、一瞬だけ言葉を失った。


美月は、無理に笑おうとしているようだった。


「また同じことを言われるかもしれないけど……それでも、描きたいんだ」


彼女はスケッチブックを胸に抱きしめた。


「だって、やっぱり好きだから」


湊は、迷わず答えた。


「もちろん」


美月が顔を上げる。


「誰かに許可をもらう必要なんてないだろ。美月が描きたいなら、描けばいい」


「……うん」


美月は、今度こそ少しだけ自然に笑った。


「ありがとう」


その笑顔を見て、湊は思った。


彼女の未来を決めるのは、ORACLEではない。


少なくとも、自分はそう信じたい。


けれど、その思いだけで、すべてを守れるわけではないこともわかっていた。


旧モデルは、なぜ今になって目を覚ましたのか。


なぜ美月のデータが選ばれたのか。


そして、なぜ承認記録もないまま、彼女の評価を書き換えたのか。


その答えを見つけなければ、また同じことが起きるかもしれない。


湊は、美月のスケッチを見つめた。


橋の向こう側には、まだ何も描かれていない。


そこに何があるのかは、誰にもわからない。


だからこそ、彼女は描き続けようとしている。


その未来を、誰にも奪わせたくなかった。


*


同じ夜。


街の中心にあるORACLE管理センター。


一般公開されていない監視画面に、ひとつの記録が表示されていた。


『対象者:天野美月』


『旧評価モデル:OR-07』


『個人将来予測データの再構成:完了』


『現行モデルとの不一致:継続』


画面の隅では、処理履歴が静かに更新されていた。


『対象者の行動傾向に変化を確認』


『旧評価との不一致が拡大』


『追加照合を推奨』


しばらくして、新たな文章が表示された。


『旧評価モデルの参照を継続しますか?』


選択肢は、ふたつ。


『はい』


『いいえ』


しかし、誰も操作していないはずの画面で、選択が行われた。


『はい』


直後、画面が暗転した。


そして、古いモデルの識別番号が、静かに浮かび上がった。


『OR-07』


七年前に役目を終えたはずの評価モデル。


その記録は、今もどこかで生き続けている。


なぜ、天野美月だったのか。


誰が、旧モデルを呼び戻したのか。


そして、OR-07は何を取り戻そうとしているのか。


その答えは、まだ闇の中にあった。


ただひとつ確かなのは。


美月が再び描き始めた未来に、何かが干渉し始めているということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。