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四千人の進路を守った功績で、俺のレベルは一つも上がらなかった。
「現在レベル23です」
翌朝の特別履修判定で、セドリック先生は俺の公的ステータス票を机へ置いた。
事故調査が続いた三週間も、学校の授業はあった。
戦士職の基礎。
魔法使い職の基礎。
二度の基礎成長実習。
国営牧場の一括術式は停止されていても、従来系統を一体ずつ調整する小規模実習は、安全確認後に再開していた。
そこでレベル15から23まで上がった。
五会場をつないだことでも、分裂体を収容したことでも、経験値は一ポイントも入っていない。
考えてみれば当然だった。
俺は魔物を一体も倒していない。
「通信研究の単位は認められます」
セドリック先生が判定書を読む。
「同源共鳴応用研究。多地点通信規則。施設異常時の情報整理実習。以上三科目について、修了認定」
「三科目」
「はい」
「特別進級は?」
「ありません」
即答だった。
「危機を解決した功績は、レベルの代わりになりません。戦士、魔法使い、盗賊を含む基本職の必修履歴も残っています」
「でも、三科目は特別に」
「実際に研究し、必要な成果を提出した科目です」
おまけではない。
やった分だけ認められた。
やっていない分まで、ついでに終わったことにはならない。
「なお、金電話の継続研究班へ参加する資格を認めます」
判定書の最後に、学校印があった。
「授業外研究として、週二回。危険物を扱う場合は、これまでどおり教師の許可が必要です」
「そこも特別扱いなし?」
「安全規則は、功績を立てた人ほど免除されるものではありません」
三週間前より、妙に納得できた。
規則がある。
規則から外れる状況もある。
その場合は、勝手に破るのではなく、例外の条件と責任を決める。
金電話を開けたとき、セドリック先生がしていたことだった。
「判定は以上です」
俺は通知書を受け取った。
飛び級の文字はない。
通信研究班の参加許可。
明日の一時間目は、盗賊職の基礎法規。
午後は魔力出力制御。
完全に、在校生の予定だった。
「悪くないか」
口にすると、セドリック先生が少しだけ笑った。
「三週間前なら、もっと抗議していたと思います」
「三週間前でも、三科目は少ないって言ってます」
「では、次の研究成果をお待ちしています」
特別履修判定は終わった。
校長室へ呼ばれることも、隠された上級職を授けられることもなかった。
教室へ戻ると、バルクが判定書を見た。
「三科目も取れたのか」
「『も』って言うな。こっちは命がけだった」
「安全室から出てないだろ」
「精神的にだよ」
「なら、通信研究で合ってる」
反論できなかった。
判定の翌週、ルナの個別体力調整実習が行われた。
場所は、事故の起きた五会場ではない。
学校に隣接する小規模実習場。
使うのは、長年の記録が揃った従来系統の王冠銀粘体、一体だけ。
一括体力調整術式は使わない。
レベル99の職員が個体の硬さを確かめ、指先で少しずつ体力を削る。
一度ごとに測定。
残り体力を確認。
最後に、安全棒をルナへ渡した。
俺とバルクは、見学線の外にいた。
セドリック先生が監督し、暗殺者課程の教師が進路書類を持って待っている。
「開始してください」
ルナが安全棒を振る。
銀色の身体へ当たった。
王冠銀粘体は光になって消えた。
分裂しない。
ドロップした大量のゴールドは、受け皿から廃棄箱へ流れる。
その横で、ルナの公的ステータス票が更新された。
《ルナ・セイル》
《レベル99》
数字だけなら、この世界で最もありふれた値だった。
それでも、俺たちは拍手した。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
ルナは公的ステータス票を確かめ、暗殺者課程の教師へ向き直った。
「これで卒業?」
俺が尋ねると、彼女は首を横へ振った。
「来週から、高出力移動、投擲通信、機密法、緊急通信司会の授業です」
「増えたな、最後のやつ」
「三枝さんたちが増やしました」
レベル99は、終点ではない。
やっと、希望する専門課程の入口に立ったところだった。
バルクも、建築職の実技選考に通った。
鐘台車と仮設壁の配置図が実績として認められ、次の学期から戦士系建築課程の実習へ加わる。
「勇者は目指さないのか」
俺が聞くと、バルクは真顔で答えた。
「勇者課程だと、大型式典の来賓警護が多い」
「勇者らしいじゃないか」
「建築の方が、毎日違う物を作れる」
ゲームなら、勇者を選ばない理由として表示されない文章だった。
この世界では、それが進路を決める理由になる。
三人の進路が決まった週の終わりに、学校と五つの実習場の合同表彰が行われた。
表彰されたのは、俺たちだけではない。
安全室で金電話を操作した生徒。
避難誘導をした職員。
大盾で参加者を守った戦士。
地面と水路を作り替えた魔法使い。
正式命令を運び続けた暗殺者。
治療室で全員の無事を確認した僧侶。
五会場の報告者。
事故を一人で解決した英雄の名前はなかった。
代わりに、長い名簿が読み上げられた。
式の後、成人参加者には小さな祝杯が用意された。
未成年の生徒は果実水。
成人の学生は、酒か果実水を選べる。
「酒で」
俺が答えると、給仕係は年齢記録だけを確認し、普通に杯を渡した。
ルナは果実水。
バルクも果実水。
俺だけが酒。
「こういうときは、ちゃんと成人扱いなんだな」
「三枝さんは成人ですから」
ルナは当然のように答えた。
「ただし、明日の調理実習では包丁許可証を忘れないでください」
杯を持ったまま、俺は黙った。
翌朝。
俺は包丁使用許可証を首から下げ、調理台の前に立っていた。
昨日は、地域施設異常対応の功労者。
今日は、刃渡り十五センチの包丁を教師の監督下で使うレベル23の在校生。
「許可証、確認しました」
調理担当の教師が、俺の前へ包丁を置く。
「タマネギは半分に切ってから、薄切りにしてください。力を入れすぎないように」
「俺、二十六歳なんですけど」
「年齢記録も確認済みです」
間違われているわけではなかった。
その上で、包丁には許可が必要だった。
隣の台では、十二歳の生徒がレベル41の力を抑え、俺より正確な薄切りを作っている。
俺も慎重に包丁を動かした。
指は切らなかった。
タマネギの厚さは揃わなかった。
教師は、許可記録へ「事故なし、継続練習」と書いた。
表彰状より、ずっと現実的な評価だった。
授業後、俺たちは研究室へ集まった。
机の上には、回収した金電話。
事故記録。
新しい通信局の規格案。
そして、俺の攻略メモがある。
「次のレベル上げなんだけど」
俺は懲りずに頁を開いた。
「職業を切り替える直前に経験値を受け取って、低い方の成長補正だけ――」
ルナが書棚へ向かった。
迷わず一冊抜く。
《職業転換前後における経験値帰属と成長補正》
発行年は百四十二年前。
「履修記録を基準に配分されます。切り替え時刻だけでは変わりません」
「そうだと思ったよ」
「まだ説明していません」
「結果は分かった」
俺は攻略メモを閉じた。
昔のゲーム知識が全部間違っているわけではない。
敵の場所も、職業の特徴も、経験値の考え方も残っていた。
ただ、三百年分の人間が、その上で暮らしている。
俺一人の知識で追いつける世界ではない。
閉じたメモの横に、新しいノートを置いた。
最初の頁へ題を書く。
《金電話・第二型》
「今度は何だ」
バルクが覗き込む。
「同じ親番号の全員に声が流れるのをやめたい。話したい相手だけを選ぶ」
「無理だ。同じ親番号なら全部震える」
「だから、親番号の違う金片を何組も並べて、途中で選ぶ箱を作る」
バルクが俺の図から鉛筆を取った。
「この向きじゃ、板を切り替えたときに全部触れる」
線を一本消す。
別の箱を描く。
「選んだ相手が本人か確認する方法も必要です」
ルナが余白へ書き加えた。
「呼び出し記録と、暗殺者通信で渡す初期合言葉。それから、緊急時には全会場へ切り替えられること」
「まだ一行目なんだけど」
「事故になる部分は、最初に書きます」
この世界の原理を見つけたのは、俺ではない。
形にできるのも、俺一人ではない。
制度へ入れる方法も知らない。
元の世界では、一人で条件を潰し、完成した答えだけを匿名で残していた。目の前の頁には、三人が途中で消した線と、書き直した言葉が残っている。
それでも、電話という使い道を考えたのは俺だった。
「使い道だけは、俺に考えさせてくれ」
「構造は俺が直す」
「規則は私が確認します」
攻略メモの次の頁には、俺一人ではなく、三人分の字が増えていった。




