12、雄弁な羊飼い
「こっちに行くっすよ」
「いいえ、こちらです」
左に行けば、断罪の丘。
右に行けば、飽食の渓谷。
チイユと、アリィがどちらに行くかで言い争いをしている。
チイユの主張はこうだ。
“最短距離で行く方が速いに決まっている、どんなに強い獣が出てもスキルで守ってみせる”
断罪の丘では、定期的に上級者向けのクエストが発生していて、単純に通り抜けるのは不可能と言っても言い過ぎと言う事は無いんだそうだ。
しかし、クエストに参加して、狂暴な獣を倒すわけでは無く、あくまで通りすぎるだけだったら、最短距離を通った方が良いという事だった。
アリィの主張はこうだ。
“多少遠回りになっても、狂暴な獣は避けた方が良い、飛竜の件で学ばなかったのか?”
飽食の渓谷では、その獣の数こそ多くても、驚異となるモノは無く、イベントに関しても数年に一度の発生…“女王の目覚め”という、極めて特殊なモノだけだと言う。
飛竜……消して遭遇するハズの無いイベントだったか、“女王の目覚め”は、数年に一度、その日、その時に特殊な条件をを満たしたパーティーだけが挑む事が出来るクエストだという。
故に、そんなイベント遭遇するハズも無く、ただ通りすぎるのであれば、明らかにこっちを通るべきだと主張している。
「それで、ジン様はどちらを通られますか?」
「どっちにするんすか?」
正直、“アリィ”が主張する道の方が正しいと理解出来てる。
けど、俺はチイユの主張を選んだ。
「やっぱりジンさんっす、違いの分かる男は違うっす」
「ジン様……どうしてですか、私には、私には納得出来ません」
アリィが潤んだ瞳で迫って来る。
まるで、あの時の関係はなんだったの、と、今にも言いたそうだ。
「やめるっす、ジンさんに色仕掛けをするのは、オイラが許さないっすよ」
チイユが、無駄にスキルを発動して、俺の周囲を囲う。
「違うんだアリィ、確かにチイユのスキルは頼りになる、でもな、一刻も早く、お前の仲間を助けたいんだ、分かってくれるか?」
「分かりません、だったらそんな危険な道を行くべきでは無いんです」
アリィはたまにこうやって絶対に譲らない所があるんだ、強情というか、強気というか、何と言うか、それでもこの気持ちに嘘は無い、ただ付け加えるとすれば、チイユを怒らせた方が後々面倒だという事を考えてしまっていた。
アリィが怒った所で、こっちは英雄二人、飲み込んでくれるんだろうという期待もあるし、実際大人の女性であるアリィは理解してくれると思った。
でも、それは、俺の勝手な期待であり、アリィという人物を全く理解していない、俺の偶像的アリィの人格を産み出していたに過ぎない。
この時、潤んだ瞳を擦って、それでも最後は笑顔で俺に微笑んでいたアリィの内心では、とてもじゃないけど想像も出来ない様な歪な単語が飛び交っていたに違いない。
それにきっと、“あんな事や、こんな事までやったのに、何でそんな少女の言う事を聞くの?”って、傷ついていたに違いない。
後に、俺は痛みでその事を知る。
でも、能天気な俺は、この時のアリィの笑顔を見て、“やっぱりアリィは優しいな”位な事を考え、険しい岩山に“やっぱりこっちにするんじゃ無かった”と、物凄く甘えた考えで走っていた。
それでも、獣にも遭遇せず、頻発するイベントとやらにも遭遇する事無く結構快適に走っていた。
気がかりがあるとすれば、チイユがボソッと“おかしいっす”と呟いた事位だった。
何がおかしいかって、ここでは、幻獣、猛獣、魔獣という強力な獣に高確率で遭遇するという事だったが、それらがまるで現れない。
こんなに静まり帰った断罪の丘をチイユは知らないという事だった。
もしかしたら、他の冒険者集団がイベントを尽く制覇してるのか、この先に冒険者がいるのであれば、それらを警戒する方が正解だろうという事だったが、それでも冒険者の本当の怖さを知らない俺は能天気に走っていた。
そんな俺に天罰が下る。
空から、大粒の雨が大量に降ってきた。
雨は、点から線になり、俺をすっぽり覆うと、息が出来ない程に、目の前のチイユやアリィが霞む程に降り注いだ。
チイユはスキルで咄嗟にその雨を防ぎ、弾いている。
アリィはスキルも使わずに雨を避けている。
知らなかった……雨って避けれるんだな……。
俺は、これが攻撃だという事に気付く事無く、気付いたら、ある部屋の一角に飛ばされていた。
強制イベント“雄弁な羊飼い”
赤い文字がその部屋に現れた。
赤い文字の周囲を、白い光が囲っている。
部屋には十数名の男達が居て、皆現状を理解出来ずにざわついている。
イヤ、状況を理解出来て無いのは俺だけで、皆状況が理解出来るからざわついていたのだろう。
その中には、この状況、つまり強制イベントに参加する為だけに、あのエリアで狩りを行っていたモノも居たという事を俺は聞かされた。
暫く待つと、鉄の扉がゆっくりと開き、タキシードを着た年配の執事のような奴が迎えに来た。
皆慣れた様子で、そいつの後をついて行く。
俺も、空気を読んで、その皆の後をついて歩く。
灰色で、正方形に近い、四角い通路をどこまでも歩く。
変わらない景色が続き、息が苦しくなる。
暫く歩くと、灰色の壁に、天井に、床に不釣り合いな、赤を貴重としたとても豪華な扉に到着した。
その赤い扉には金や銀、宝石が飾られており、皆のテンションが上がっている。その光景に俺も思わず顔が緩み、唾を飲み込んで、その豪華な扉が開くのを待ちわびた。
扉は、執事がノックをすると、内側から開かれた。
薄暗かった通路に、煌めく光が入り込む。
その光に向かって進んだ俺は驚愕する事になる。
退屈だと思っていたこの世界に光が射し込んだのだ。
「なんだよ、これ、スゲーじゃん、カジノじゃん、スロットじゃん、何でもあるじゃん、これ、マジやべぇーよ!!!!」
「お慶び頂けて、至極嬉しゅうございます」
「ここでの飲食は全てただ、滞在期間も設けておりません、故に心行くまでお楽しみ下さい」
執事の話は殆ど俺の頭に入って来ていない。
完全にビギナー丸出しでも、兎に角、ここの情報が知りたかった。
一緒に歩いて来た奴等に片っ端から話を聞いた。
ギャンブルにおいて勝つ為に必要な事、それが情報収集であるという事を、俺は現実社会で散々学んだ。
結果は無視して欲しい。
俺は、それが楽しくて楽しくて堪らなかった。
生きてるって感じたんだ。
このイベントに参加した奴等の目的は、ここでしか手に入らないレアなアイテムを手に入れるという事だった。
配られたチップを増やして、換金するか、アイテムと変えるというのが、このイベントらしい。
このイベントを終えるには、チップを一枚払って、好きな時に退場すれば良いという事だった。
ただし、このイベントに参加出来た殆どの奴等は、このイベントが発生するまで、数年間、ずっと断罪の丘に入り浸り、命がけで狩りを行っていたらしく、そうそうこのイベントから離脱する気は毛頭無いという事が伝わって来た。
皆、一様に興奮していた、歓喜にうち震えていた。
その光景、この空気感に俺は、自分を見失い、チップを全て失ったらどうなるのかを聞いていなかった。
俺達は全てのアイテムを入り口で預けた。
アイテムは、帰りに必ず返してくれるから安心しろと、他の奴に促され、大量の金貨と、チイユが入れてくれた超貴重なアイテムを入れたまま、大道具入を預けた。
そのレアアイテムの存在に他の奴等が気付くと、さらに興奮を掻き立て、どこで手に入れたのか、売ってくれないかと質問攻めにあったが、俺がよく分かって無い奴だと気付くと、皆急ぎチップを受け取り、ギャンブルへと没頭して行った。
当然俺も、その一人だったが、一直線に走ったスロット台が、一番レートが高く、一番際どい代物だったらしく、数日間楽しんだ後に俺のチップは無くなった。
それでも、俺は心地良い充実感に、充足感に満たされていた。
“楽しかった……”その一言に尽きる。




