天狗の鼻の七曲り
竹刀を向け合う相手の構えに僅かな間隙が生まれた刹那、意識よりも速く隼人の右足は床から離れた。
隼人は、もはや痙攣と変わらない原理で、飛び込み面を対手の隙へと差し込むことができる。
左足から剣先までを瞬時に進展させる姿は、水中の魚を貫くカワセミにもにてあまりに素早い。
素人の目には、おそらく残像しか残るまい。百万回は繰り返した稽古の成果だ。
竹刀の先革が、やや仰け反った相手の面金の縁を越え、竹刀の物打ちが相手の正中を捉えた。
鹿革を張った小手の手の内に伝わる衝撃と、快音。
疑いようもない有効打突を決めた瞬間の感触は、バットの芯で野球の球を捉えた瞬間に、少し似ている。
それは、何度繰り返しても色褪せることがない独特の高揚を伴うのだ。
三人の審判が、一斉に旗を上げる――隼人は、そんな光景を幻視した。
もしこれが試合であったなら、隼人の思い描いていた通りの光景が試合場にあっただろう。
けれども、打たれた相手はやや怯んだ様子を見せたが、背筋を伸ばして竹刀を剣先をやや高く戻し、隼人の喉元に付けた。
それは、どう見ても打たれたことを誤魔化すような拙劣な虚勢で。
隼人は、駄目押しとばかりに、己に向けられた剣先を弾きながら、相手の喉元に容赦なく突きこんだ。
今度こそ、相手は姿勢を崩して体をぐらつかせる。
突きは、実際の試合では滅多に有効打突となることがない、狙うのが難しい打突部位だ。
それを面の土産とばかりに易々と突き込めるということは、隼人と相手の間には、隔絶した力量の差があることの証左に他ならなかった。
相手が劣勢を取り戻そうと飛び込んできた出端を小手で抑えた所で、「やめ」という鋭い号令がかかった。
「それまで」
号令に従い、息を吐きながら蹲踞をし、竹刀を納め、一礼をする。
こちらは一人。あちらは二人。大垂に貼り付けられた番号が、87Cと88Dで並んでいる。
一人目は他愛なかった。二人目はどんな剣士か。隼人は己の裡で頭をもたげた楽観を緊張感で押さえつけ、再び竹刀を構えた。
この日のために用意した藍染の稽古着と、顔が映るほど新しい黒塗りの竹胴。
隼人の腰の大垂には、86Bという受験番号を記したステッカーが白々と輝いている。
5月1日、京都市民体育館。
水﨑隼人は、人生で初の剣道七段審査を受審した。35歳の挑戦だった。
剣道七段という高段位を受審するのに、35歳という年齢は些か若いようにも思われるだろう。
受審段位と年齢、この二つの情報だけでも、隼人の剣歴で明らかになることが一つある。
それは、概ね七段を受審をするのが可能となる最若年であり、これまでの昇段審査を全てストレートで合格してきただろうことだ。
この計算がつくものなら、初段を受審可能な13歳からこれまでの隼人の弛まぬ努力と、秀でた剣才にまで思いを巡らせるだろう。
事実、隼人は強かった。高校生の頃にはインターハイで全国大会に出場したチームの中堅を務めたし、大学も剣道の強豪校を選んだ。
警察の機動隊特錬からの勧誘こそ断ったが、入社したのは地元で実業団剣道部を有している建築会社だ。
隼人の剣道人生は、順風満帆とも言えた。
剣道七段の合格率は、20%から25%前後。隼人自身、同年代の剣士たちと己を比較したならば、四、五人に一人程度の強さは確実にあると断言するだけの自負も持っていた。
七段は、疑いようもない高段位であるが、その数は門外の人間が考えるほど少なくない。
――昭和50年代頃には、既に『石を投げれば七段に当たる』と揶揄する言葉がある。
段位別の剣道人口は、初段、二段、三段……と段位が進むごとに人口が減っていく。昇段審査の難易度が上がるのだ、当然だろう。
ところが、七段の人口は前段の六段よりも多い。そして、その上の八段の人口は極端に少ない。
これをグラフにしたならば、京都タワーのような歪な節くれた三角形となる。
何故こんなことが起こるかと言えば、剣道八段の審査の難易度が他の段位とは一線を画しており、七段で詰まる剣士が大半だからだ。
……逆に言えば『本気でやっている人間ならば、七段は取っていて当たり前、七段になって一人前』という空気感さえある。
隼人もまた、この審査で七段取ってやるという意気込みに満ちていた。
65A ■ 67C ■ ■ ■ 71C 72D ■ ■
■ ■ 77A ■ 79C ■ ■ 82A ■ ■
■ ■ ■ 88C 89D ■ 91B ■ 93D ■
そんな隼人は今、立ち尽くしている。
己の番号の抜け落ちた実技審査の結果発表の掲示板の前で、呆然と立ち尽くしている。
◇
「おうおう水﨑ぃ、見事に落ちたな。天狗の鼻も折れたか。
まあ、あんな所でつまらん突きを出すようじゃ、まだまだだわな」
審査会場の京都市民体育館を出ようとした所で、隼人は八段審査を翌日に控えた齊木老人に捕まった。
齊木は深い皺が刻まれた頬に、ニタニタとした笑みを浮かべている。
「いや~、面目ない。私の力不足です。七段の壁の高さを思い知りましたよ」
後ろ頭を掻きながら、苦笑と共に社交辞令のような反省を浮かべて見せると、齊木は面白くなさそうに舌打ちをした。
「ふん。腹の中は煮えくりかえっておるくせに、物分かりの良さそうな事を言いおって。
だからお前はつまらんのだ。小器用に如才なく物事を済まそうとする。だから真剣さが伝わらんのじゃ。
何だあの突きは。面のオマケのように突きよって。
審査員は、あの突きを見て思ったぞ。『ああ、こいつは自分の面を決めたという確信がないから二本目を打ったんだな』と。
面を打ち切っておれば、通っただろうに」
齊木は隼人の通う道場の副館長だ。その実力は館長に次ぐと誰もが認めている。
しかし、老人にありがちな口の悪さと、歯に衣着せず他人の欠点を指摘する物言いに、若手からは敬遠されがちだった。
だが、隼人はそんな齊木のことがそれほど嫌いではない。意地悪な言い回しをするし、他人を褒めることも滅多にないが、齊木の指導はいつも真摯で正鵠を射ている。
今の指摘も尤もなことだと思うし、面を打ち切っていれば通った、という評価は齊木の言葉としては賛辞に近い。
……まあ、独りになりかった気分なので、今顔を合わせたい相手ではなかったのだけど。
「齊木先生、明日の八段審査、ご健闘をお祈りしております」
「ふん。どうせ一次合格が精々だろうと思っとる癖に、歯の浮くようなことをよく言うわい。
まあいい。折角同じ会場なんじゃ。明日はわしの立ち合いをあいふぉんで録画して送ってくれ」
「はい、承知いたしました」
頭を下げると、齊木はひらひらと手を振りながら去っていった。
隼人の知る限り、齊木は20年近く、春季と秋季の八段審査に欠かさず通っている。
『京都・東京・京都・東京、何時になったら終わるんかのう』
齊木のそんなぼやきも幾度となく聞いた。これまでの齊木の八段受審の回数は、40回近い数になるだろう。
けれども、合格率が1%ほどの八段審査の世界では、20回30回と審査に挑むのは、まったく珍しいことではない。
この春の京都会場の審査と、秋の東京会場の審査。隼人たちが住む九州からは、受審のための旅行費も馬鹿にならないだろう。
齊木も若い頃は機動隊の特錬で鳴らした剣士だったという。それでも40回近い八段受審のうち、一次審査を合格したことも数えるほどだと聞く。
己は、七段を受かるまでに何度かかるのか。
七段を受かったとして、齊木のように東京と京都を毎年往復して終わりない八段審査に挑む日々が始まるのか。
今後の己の剣道人生を思えば、隼人は暗澹たる心持ちになるのだった。
道場と実業団剣道部のLINEグループに、七段審査の結果を書き込む。
スマホ画面をタッチする指が重かった。
『残念』
『また頑張ろう』
『お疲れ様でした』
労いの言葉やスタンプが次々と投稿される。気が進まなかったが、スマホと三脚で録画しておいた実技審査の立ち合いの動画も、LINEグループにアップロードした。
『突きが余計だっただろう』
『突かなければ多分通ったと思う』
『最後の出小手を相手が来るのを待って打ってる』
『いい面出てたのに惜しい!』
高段者たちが傍目八目とばかりに書き込んでくるアドバイスのコメントが鬱陶しかった。
『お疲れさまでした。また一から稽古ですね。今はゆっくりして、のんびりと京都旅行でも楽しんで下さい』
隼人の師匠――館長の德丸範士は、立ち合いの内容には触れず、そんな書き込みを返した。
ペタリと、『おつかれさま』というアニメ調のスタンプが貼られる。
今は、範士八段とでさえLINEでやり取りをする時代なのだ。
柔和な禿頭の師匠の顔と、多分元ネタを知らずに使っているだろう流行のアニメのLINEスタンプが何度見てもイメージが重ならず、隼人は少しだけ肩の力が抜けた。
◇
四泊五日が、隼人の宿泊日程だ。審査に向けて体調を整えるために、昨日から京都入りしているが、まだ三泊も残っている。
明日は八段審査、明後日は高段者が演武を行う京都大会の見学の予定だ。
五月の連休と合わせて、都合九日も休みが続く計算になる。
『随分とのんびりと有給を使うじゃないか。やっと彼女でもできたか?』
会社の上司はそう言って笑ったが、隼人はこの九日間を剣道関係で使い切る心持ちでいた。
けれども、初っ端から予想外の七段審査落ちで、隼人の心は糸の切れた風船のように観光客で賑わう京都の町を漂っている。
この人混みをかき分けて、清水寺や金閣寺を眺めに行く気には到底なれない。
隼人が足を向けたのは、左京区の旧武徳殿である。
有名な観光地でもない旧武徳殿ともなると、人も疎らだ。
何の施設か分からずに――けれどもその威容に惹かれ、カメラのシャッターを切る外国人観光客が、一人、二人。
――旧武徳殿とは、明治に設立された大日本武徳会――当時の武道の統括団体の本部道場である。
社殿風の壮大な木造の道場は、優美に湾曲した二段屋根に威厳ある鬼瓦がそびえ、採光用の高窓には古びた木製の格子が並んでいる。歴史の重みを感じさせるその佇まいは、古き時代の香りを漂わせながら、隼人を見下ろしていた。
歴史好きで、時代ある神社仏閣を巡るのが好きな隼人は、京都市民体育館を出てから真一文字に結んでいた口元を緩ませ、ほうと息を吐いた。
剣道は歴史も好きだ。
武道と言えど、現代の剣道家はサッカーやバスケットボールのようなスポーツの一種として剣道を楽しんでいる人間が圧倒的多数だろう。
けれども、隼人は剣道の歴史に思いを馳せるのが好きだったし、時代の中で変質は伴えど、先人から技が受け継がれてきたことに尊さを感じていた。
この武徳殿は、近代剣道の発祥の地の一つだ。
武徳会によって設立された武道専門学校。その最初の主任教授である内藤高治は、この地で後の剣道の指導者となる数々の剣士を育てあげてきた。
切り返しや掛り稽古いった基礎のみを延々と練習させられる一年生や、体当たりで転ばせるなど日常茶飯事な、戦前の気風の荒稽古の様子が目に浮かぶようだった。
剣道の礎を築いた一人とも言える内藤高治は、幕末の水戸東武館の北辰一刀流の出身である。剣道が北辰一刀流由来とも言われる由縁の一つだ。
内藤は、武専――武道専門学校でこう説いたという。
『人爵を求めるなかれ。天爵を求めよ』と。
人爵と天爵、というのもまた今日日聞きなれぬ言葉だろう。
人爵とは、人が与える称号や爵位などの、明文化された地位のことだ。
対して天爵とは、地位や身分に関係なく人に備わる、徳や気品のことを指す。
さて。
隼人は思う。剣道の段位もまた、人が定めて人に与える人爵の一つには違いない。
剣道も最高段位となる八段や、最高の称号たる範士ともなれば、誰もが敬い上座を譲る。
内藤の教えは、孟子の『天爵を修めて人爵これに従う』という言葉に下敷きにしたものだろう。
剣道は人間形成という徳目を理念に掲げており、高段位者は人格者として相応の立ち振る舞いを求められることも多い。
されども。
範士だ八段だ、と言った所で所詮は剣道界という閉じた世界の中での名誉。
――言うなれば、剣爵だ。隼人は思う。
昇段審査会場の熱意と喧騒を思い出す。
明日からは八段審査だ。齊木の審査を見学に行かねば。
八段審査は、事実上の剣道のエンドコンテンツとなっている。
段位という剣爵を得るため、数えきれない剣士たちが泣き、笑い、人生を剣道に捧げているのだ。
剣道人生も晩年になれば、八段審査がメインになるだろう。
でも、現役の選手でいられるうちは、『勝利』と『成績』を目指すことこそ本懐だ。
――隼人は、そんな信仰のような思いを抱いている。
己の齢を顧みる。
35歳。剣道界では、十分に若手と呼ばれる年代だ。
されど、毎年挑んでいる全日本選手権の県予選の結果は思わしくない。
身体能力がピークを過ぎ、経験と技倆だけでは若手に対抗できなくなってきているのだ。
剣道競技者としての己の人生はもうじき終わる。――隼人はその先を思う。
剣道は、生涯武道である。日々取り組んでいる65歳の高齢者は他の武道に比べても有意に多いだろう。
競技者としての時代が終わっても、剣道人生は終わりではない。
道は長く、様々に広がっている。
道場で日々の趣味として剣友と竹刀を交える日々もあり得るだろう。
けれども。隼人は、己の性分が週に何度か面をかぶり、汗を流す程度では満足できないことを知っている。
競技者としての現役が終わり、昇段審査に挑むことがメインになっても、やるからには、本気で向き合いたい。
次こそは必ず七段に合格する。その十年後は、八段だ。
――隼人は、そう決意を新たにする。
そこに価値があるのかどうかなんて、今は考えない。取ってから考えればいい。
段位という剣爵を追い求める、終わりなき日々に身を投じるのだ。
◇
唸るような低い声で神主の祝詞が始まる。
道場は紅白幕で飾られ、神棚の前には八足案が設えられてる。案には米塩水酒、昆布に幣束といった神具が並ぶ。
神主が奏上する祝詞は、これまでの道場の功績を讃えるものらしいが、隼人には明瞭に聞き取れなかった。
隼人は所在無さげにパイプ椅子に座り、俯いて己の親指の先を見つめていた。
神主が大きく柏手を打った。祝詞は終わりらしい。玉串の奉納が始まる。
――京都から地元の九州に戻った隼人は、連休の五月晴れの日に開催された、隣町の道場の閉館式典に出席していた。
まるで、道場の葬式のようだ、ぼんやりそんなことを思う。
三十代も半ばになって、隼人も幾つかの身内の葬式を経験していた。紅白幕が引かれてはいるが、道場の門下生たちの顔は明るくない。
この道場、直指館は40年の歴史ある道場だった。
けれども、道場を開いた館長が病没して既に15年、その間館長の親族が名ばかりの館長に就いていたが、その方も先日世を去り、直指館はついに東京に住んでいる初代館長の孫に相続され、敷地ごと売却されることになったのだ。
世知辛いが、仕方のないことだとは思う。剣道場の会費なんて、どこも年一万円程度が相場である。
少子高齢化で剣道人口が減りつつあるこのご時世、私設の剣道場を構えた所で全く儲かるものではない。
土地の固定資産税すら支払えているか怪しい。
現在私設の剣道場を有しているのは、ある程度の資産家や篤志家の趣味によるものか、あるいはこの道場のように、相続されたものが大半なのである。
隼人の通う錬心館も、務める建設会社の先代の社長が剣道家で、いわばモデルルームとしての意味を伴って実業団剣道部の道場して建築されたものだ。
故に建物の作りもよく、設備も充実している。
この度閉館することになったが――直指館は、バラック作りに近い安普請で建物の老朽化も進んでおり、今までよく使ってきたものだと思う。
見回すと、閉館式典の出席者には、少年部の子供たちも多い。亀甲刺し子の稽古着の子供たちが、行儀よく神妙な顔をしている。
剣道場や稽古会が潰れたという話は枚挙に暇ない。
けれども、その多くが門下生が減ったり少年部が解散したりという流れで、まず人が去り、剣道場という箱が潰れるという流れが大半だ。
まだ十分に人が残っているのに道場が潰れ、このような盛大な閉館式典が開かれるというのは、全く稀なことだろう。
閉館式典の行事の一環で、日本剣道形の演武が始まった。
剣道関係の式典では、剣道形の演武が必ず執り行われる。隼人自身も過去に演武をした経験があった。
直指館の会員が二人、明らかに借り物の紋付袴に刃引きの刀を差して、道場に入場する。
――仕太刀は、とんだ下手くそだな。
口には出さないが、隼人は胸中でそう思った。
肩に力が入り過ぎている。刃引きを使い慣れてないのか、振りに勢いがない。
打太刀は定期的に直指館の指導をしていた七段の指導者なので安定感があったが、仕太刀の動きがまるで釣り合っていない。
納刀の時すら、刀の切っ先が上手く鯉口に入らず焦った様子で入れ直している。見ている方が不安になるような演武だった。
剣道形が終わる。演武者が一礼して退場する。パラパラと拍手が上がった。
その後も、納め稽古、館長代理挨拶と、恙なく式典は進行した。
式典が終われば、道場に茣蓙を敷き、座卓を出して飲み会の始まりである。
道場で飲み会をすることがある、という話は高齢の指導者に思い出話で聞かされたことはあったが、隼人も初めてのことで少し新鮮だ。
この日、直指館の閉館式典に錬心館から出席したのは、館長の德丸範士、副館長の齊木七段、それから隼人の三人だ。
――館長と副館長の齊木は分かるが、自分が呼ばれたということは、若い手子として働けということだろう。
隼人はそう察して、率先して飲み会の席の設営を手伝った。段位順に参加者を案内し、上座からビールを注いでいく。
男35歳、飲み事の準備にも慣れ親しんで久しい。
宴もたけなわとなった所、隼人は師匠である德丸範士に招かれた。
白髪を鬢に少し残した禿頭が、酒で赤く染まっている。
「水﨑君。前々から直心館の先生方と話をしていたのだが、こちらの子供たちはうちでお預かりすることになります」
「やっぱりですか。――でも、全員ですか?」
「うん、全員です。もう子供たちにも保護者の方にも了解は取っているそうです。子供たちは、道場を移るにしても、みんな一緒の所がいいと。そんな年頃ですよね」
直指館の最も近い道場は錬心館である。隼人も、半ば予想はしていたことだ。
錬心館は広い。建築会社がモデルルームを兼ねて建てたので、設備もよく試合場も二面取れる。子供たちの受け入れには、何の問題もないだろう。
加えて、少子化でどこの道場も入門者不足で困っているのが現状だ。五人組のチームすら組めず、他の団体戦は他の道場と合同で出場する道場すら多い。
本来なら大手を振って歓迎すべき話だろう。
「……ただ、うちの子達と力量の差が気になりますね」
德丸はにっかりと笑った。
隼人の所属する錬心館は、少年部も強い。常に県大会で常に一、二を争っている。
対して、この直指館の子供たちは、お世辞にも強いとは言い難い。良くて二回戦負けの常連である。
この二つの道場が合併するとどうなるか。子供たちの間には温度差が生まれるし、試合でレギュラーとなるのも、錬心舘の子ばかりとなるだろう。
道場の中に、軋轢が生まれやすい。実力相応に扱えば、外様の子達を冷遇しているように見えるのだ。
モンスターペアレントも多い昨今、これは非常にデリケートで扱い難い問題だった。
齊木が、ニヤニヤと笑いながら、隼人の肩を叩いた。齊木がこの笑みを浮かべて口を開く時、良い話だった試しがない。
「だから、一丁水﨑にも骨を折って貰おうと思ってな。
当分は、元直指の子はうちの子達とは稽古を混ぜずに、分けて鍛えることにする。
それをお前に任せたくてな。六段ともなれば、もう立派な指導者だ。子供たちを指導するには、わしらのような爺よりもよっぽどいいじゃろ。
なあに、これも経験じゃ」
後ろで、德丸が頷くのが見えた。隼人の知らぬ所で話は決まっていたようだ。
――正直、断りたかった。子供の指導なんてあまりガラではないし、何より、次の七段審査に向けて自分を鍛え直したかったのだ。
猫背の男が、すっと隼人に歩みよった。
黒縁のメガネと、どこか自信なさげな挙措。
――あ、さっき剣道形の演武で下手な仕太刀をやっていた人だ。この人が指導者だったのか。
隼人は失礼なことを思ったが、胸中は口に出さずに軽く会釈をした。
「私は濵尻と言います。大先生が亡くなられた後、この直指館でずっと少年部の指導をしていたのですが、私の指導力不足で、面目ないです。
水﨑先生はインターハイで全国に行かれたと聞いています。私は、子供たちを勝たせてあげたいと思っていましたが、ずっと叶えることができずじまいでした。
挙句、初段の審査にも落ちる子を出してしまう始末で。本当に情けないです」
「いえいえ、濵尻先生、頭を上げて下さい。指導の経験がないのに子供たちを引き受けるなんて、並大抵の覚悟でできることではありません」
濵尻は50代半ばだが、まだ四段とのことだ。隼人より二回り近く年上だったが、段位を考えてか畏まった様子で下座から語り掛けてくる。
隼人は相手の方が年齢が上なのに、段位が上という理由で自分が上座に座ることにいつも居心地の悪さを感じるのだった。
「うちの子達は、錬心館の子達のように強くはありませんが、みんな良い子なんです。どうぞ宜しくお願いします」
「濵尻先生も、どうぞうちに来られて、引き続き子供たちの指導をされて下さい。私も勉強させて頂きたく存じます」
「いえ、それをやってしまうと子供たちに示しがつきません。それに、高齢の母の介護で実家の方も忙しくなってきたので、当面は剣を置いて、子供たちは錬心の先生方にお任せしようと思います」
ボロボロになった、何冊かのノートを濵尻は隼人に差し出した。
「うちの稽古日誌です。子供たちの性格や癖、私がこれまでの指導で留意したきたことなどを書いてあります。どうぞ――宜しくお願いします」
――断れる、筈もなかった。
◇
「やっぱり、私一人で直指の子供たちを教えるというのは無理がありますよ」
後日、隼人は錬心館で館長の德丸に直談判に出た。
ここ錬心舘道場は、隼人の勤める建設会社の実業団剣道部の道場として設立されたものだが、企業の地域貢献活動として、民間にも広く門戸を開いている。
隼人は子供の頃からここで稽古をしてきたし、実業団の一員であることを強く意識するのは、月二回の稽古会と9月の全国実業団大会の前ぐらいのもの。
それ以外は、隼人は実業団よりも民間道場・錬心舘の方に強く帰属意識を感じている。
幼い頃からの摺りこみに近いのだ。
引き受けてしまったものは仕方がない。道場で指導をするのも引き受けよう。
直指館の子供たちのレベルが上がって、錬心館の子達と合同で稽古できるようになるまでの辛抱と思えば、無理な相談ではない。けれども、何から何まで、というのは隼人の手には余る注文だ。
「見ての通り、私は子供たちに対してあまり親しまれるような面相ではありません」
「顔を見て剣道を習う子はいないでしょう。貴方なら大丈夫です。
それに、一人で教えるのが厳しいと言ってくると思って、加勢も呼んであります」
「加勢?」
「ほら、そろそろ来る頃です」
その言葉に示し合わせたような頃合いで、道場の扉が開いて、「おはようございますっ!」と勢いの良い声が響いた。
「お久しぶりです、德丸先生、隼人せんせ!」
細身の体に、黒いパンツスーツ。小柄だが快活そうな若い女性が、躾の良いドーベルマンのように防具の入ったトランクを引いて、道場の上がり框で頭を下げていた。
隼人は驚いて声を上げる。
「お前、燕か。久しぶりだなあ。戻ってきたのか!」
「ええ。やっぱり就職するなら地元がいいな、って」
「戻ってくるなら、うちに入ってくれれば良かったのに」
「それも少し考えたんですけど、やっぱり自分のやりたい仕事に就きたくて」
吉屋燕。小学生時代に、錬心館で稽古をしていた子だ。
隼人が大学を卒業して錬心館に戻ってきた頃、小学生だった吉屋を鍛える機会があったのだ。
少年指導はしていなかったが、彼女は少年部の稽古が終わった後、居残りで成年部の稽古にも混じって参加していた。
道場に通うみなから、燕ちゃん、燕ちゃん、と可愛いがられていたのを覚えている。
大学を卒業して戻ってきた、ということは――22か、23歳になるか。
白い稽古着に赤胴をつけて三尺六寸の竹刀を振っていた頃とは見違えるようだ。
高校生ぐらいまでは盆正月には帰省した折に稽古へ参加していたが、改めてその成長に驚く。
ショートカットの髪と朗らかな笑顔。彼女は大人の女性としての落ち着きを具えていた。
「德丸先生からお聞きしました。少年部の指導、私もお手伝いしますよ、隼人せんせ」
そう微笑みかけられるが、隼人は容易に頷くことができなかった。
吉屋燕は、錬心館道場出身者で、最も目覚ましい試合成績を残した子だ。
学生時代に関東の強豪大学から、全日本女子選手権に出場を二度。昨年は女子王者田邊の連覇を止めたとして話題になった。道場の後輩ではあるが――競技者としての燕の成績には、隼人は羨望を抱かずにはいられない。
猫に小判――と言っては悪いが、直指の子供たちの指導者には、過分なようにも思えた。
けれども、館長の德丸が狙うことも分かる。
直指館出身の子供たちを別メニューで稽古させることに、不快感を覚える父兄もいるだろう。
けれども、そこに剣道界の若き名手である燕が指導に加わるとなれば別だ。
腫れ物扱いが、特別扱いに変わる。
館長の德丸に視線を移すと、禿頭の老人はゆっくりと頷いた。師匠の老獪さに、隼人は舌を巻いた。
「隼人せんせ、この間の七段審査は残念でした」
「いや、面目ない」
「私も、今度審査を受けるんですよ。一緒に合格を目指して頑張りましょう」
「……お前の今度の審査って何段だっけ」
「五段です」
隼人は顔を掌で覆う。
「それは嫌味か。受かるに決まってるだろう、どうやったらお前が五段を落ちるんだよ」
「ええ~、分からないじゃないですか!
指導する子には、初段に落ちた子も、四段で落ちた方もいるんですよね。
試合で勝つとかは後回しで、まずは基礎固め、それから自信をつけるために、目指せ昇級昇段でいきましょう!」
おー、と子どもっぽい仕草で拳を突きあげる燕に、隼人は息を漏らした。
隼人はまだ知らない。
このささやかな少年指導を皮切りに、様々な段位を受審する数多くの剣士と向き合う多忙な日々が始まることも、段位という剣爵が織りなす万華鏡のような人間模様に巻き込まれていくことも。
続




