第六話;変わらないままの。
質実剛健を主義とする、とある国のとある第二王子は、なんでもとんだ屑だとか。
何処から出てるのか分からない怪しい金で贅沢三昧の日々に。
努力や苦労なんて生まれてから一度もしたことがなく、齢九つの体の内に強大な邪悪を飼っている。
言動も外見もこの世の何より醜い最悪の畜生。
そいつの名前はラァラ・エルゥ。
俺だ。
「近頃こんな噂が流れてるんだよ。酷いよね。それに風評被害の恐れがある。どうにかできないの?」
父、クェク・エルゥ。兄、ツェツ・エルゥ。
この場にいる二人に聞いてみたけど、返事はない。
「あぁ〜、やっぱり父さんたちじゃ無理かぁ。まあだと思ったよ。こんな滅びかけた国の王族じゃあねえ」
二人とも少し反応したけど、何も言わずに執務を続けてる。
「ンっン〜? そう言えばさっきからお返事が聞こえないなぁ? エルゥ国の王子としては誠意を知らない輩を野放しにはできないんだよなぁ。胸の奥で熱く燃え輝く正義の心が騒ぐからさあ」
言いながらキメ顔とへなちょこパンチでシャドープレーをしてると、兄が呟く。
「普段の行いを考えれば当然のことだろ」
「ンぇ? 聞こえないなぁ〜? なぁにか言ったぁ?」
鼻の穴を広げて、ほうれい線を深くして、顎を上げて見下ろす様にして聞き返すと。
勢いよく立ち上がった兄が責め立てるように。
「普段の行いを考えれば当然のことだって言ったんだよッ!」
「この国の滅びがぁ?」
「お前ッ!」
拳を握り前傾姿勢をとった兄は。
「止めろ」
父の平坦な声に動きを止めた。
「全くぅ。思い通りにならないから暴力に訴えようだなんて子ど━━」
「ラァラ。今日お前を呼び出したのはその噂についてだ。もうじきカミュウが来る。そこで待ちなさい」
話しを被せるなんて珍しいな。で、兄が緊張してたのはそれが理由か。
「ああなるほど。それじゃあ待とうかね。でも人を待たせるんなら椅子くらい用意しておいてよ。気が利かないなあ」
言いながら父の執務机から処理済みの書類を床に下ろして、空いた場所に腰掛ける。
この部屋も父と兄用の机と椅子が有るだけで、それ以外は書類とか通信具とか執務に必要な小物しかない。
窓も無いしで、やっぱ亜空間は嫌いだ。
「おい」
まだ突っ立ったままの兄が咎めるような声を出す。
「ハァぇ? なに? なんか言った? 人を呼び出しといて椅子すら用意できない兄さん何か言った?」
そう返すと、強い怒気を滲ませて睨み付けてきたけど。
「止めろと言った」
父の一言で渋渋執務に戻る。
カミュウ・レンニオは。
今代の〈真実の剣〉の担い手で、エルゥ国最強と謳われる女。一二八歳で、階級はWの武官。上から四番目の階級だから結構偉いけど、俺の方が偉い。
カミュウは今この階の長い廊下をチンタラ歩いてるから、まだ二分近くかかりそうで。
母は昼寝中。で、アリアはちょろちょろ走り回ってるな。俺を探してるのかもしれない。後で行ってみよう。
ついつい構いたくなっちゃうんだよな。余りにも可愛すぎるから俺の中のロリ魂が抑えられない。
せかせか走るアリアを思い出しながらその動きを追ってると、執務室の扉が開かれる。
カミュウが到着してた。楽しい時間は過ぎるのが早いな。
短い茶髪に赤い目をしたパッと見十代の美女は、手に持った抜き身の剣を。
「やれ」
父の一言で俺の胸に突き刺した。
▲▶︎▼
執務室を出て長い廊下を歩く。
この世界には見た目を蔑ろにしてでも実利を重視する傾向がある。
ほぼ確実に女神の好みだ。
美しい食器より、機能性に優れた食器。
可愛いペットより、有用なペット。
華やかな家より、住み良い家。
そんな訳で俺の住む家も実利を重視したものになってるんだけど、うちは王家だ。
当然、求められる機能は変わるし規模も大きくなる。
勿論、豪奢だ華美だなんて物は誰一人この世界の王には求めない。
この世界の王に求められるのは“生き抜く為の力”だ。
緊急時には避難所にもなるんだから、壁とか床の頑強さは勿論。
もし賊に侵入されても時間稼ぎができて戦術に使えるからと、長かったり短かったり広かったり狭かったり高かったり低かったり行き止まりだったり、入り組んだ家になってる。
その入り組んだ廊下の曲がり角から小さな少女が飛び出してきた。
少女は俺を見ると笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
かわいいなぁ、アリア。アリアかわいいよ、ハァ、ハァ、ハァ。
一一歳になったアリアは六歳の時と寸分違わない容姿でせかせか忙しなく動く。
肉体の成長止めちゃったからね。可愛すぎてつい、勝手に成長止めちゃった。
女神が雑魚だって分かって気が緩んでたし、過ぎたことだし。それにアリアも気にしてなかったからそのままにしといた。今なら大正解だったと確信できる。
「ララちゃん! だっこ!」
叫びながら飛び付いてくるアリアを受け止めて思う。
精神は普通に成長してるのに何でこうなんだ? と。やろうと思えば年相応の振る舞いもできるだろうに。まあ可愛いから良いけど。
そのままでお互いに一言もなく、二時間近く歩き続けて漸く自室に帰り着いた。
天井全体が微かに発光する室内には中央に寝台が一つあるだけ。
薄っすらと茶色が混じった白色の壁と天井に、薄緑色の床。地球の俺の部屋の彩りをを再現したもので、以前はどっちも灰色だった。
この世界の人間は基本、全面灰色の家で生活してる。
窓も無く、風も無く、外の音も無い。全面灰色で、家の中には生活に必要な道具と、趣味道具が有ったり無かったり。
この世界の女神はキチガイだと思う。絶対に会いたくない。
アリアを胸に抱いたまま、寝台に倒れ込む。
魂のゴミ。一般に魔力と呼ばれてるそれを用いて、部屋中央の寝台を俺たちごと世界から切り離す。
その直後に魂の力で俺たちの体と寝台を保護して。
俺の魂の力を周囲五Mに丸型で広げて、知覚に全力を注ぐ。
これでやっと安心できる。
「姉さん、もう話せるよ」
返事はない。眠ってるらしい。
そのままにしとくと起きた時不機嫌になるから。
「お〜きて〜ね〜さ〜ん」
声を掛けながら揺らすと、半開きの口からどんどん唾液が垂れてくる。
揺らせば揺らすほど垂れてきて俺の服はもうビチョビチョ。
唾液の分泌速度と量凄いな。虫歯にはならなそうだ。
揺らしても起きないならと背中を軽く叩くと。
「ッグェッヘェッ」
奇声と大量の唾液を吐き出して目を覚ました。
本当に軽く、適当に叩いたんけど変に入ったっぽいな。
涙目で睨んでくるアリアを宥めて、夕食まで雑談をした。
夕食後は母も一緒に雑談をして、そのまま眠る。
母が真ん中で、両端に俺とアリア。
昔から変わらない眠り方。