我に自由を! その15
無人操縦のヘリコプターは勝手に動く。
操縦桿はそれを握る者を必要とせず、本来なら自分が何処に居るのかを示す衝突防止灯は消されていた。
ただ、ヘリコプターの座席には、一人の女性が座っている。
その目は、しっかりと目的地である船を捉えていた。
『……まったく……私が居ないだけで……この様か? 友よ』
無人の筈の機内に、そんな声が響いていた。
船に近寄るヘリコプターに、船から火線が上がる。
普通の機体ならば、あっという間に蜂の巣にされて落ちるだろう。
だが、勝手気ままに動くヘリコプターは、通常の人間では出来ない軌道を見せる。
本来であれば、乗り手に配慮して性能の限界を引き出す事は出来ない。
その制約から解き放たれたヘリコプターの動きは今までのソレよりも群を抜いていた。
目にも止まらぬ弾を避け、とうとうヘリコプターは船への真上に付く。
『急いで上空へ逃げてるんだ……帰りの足が無くなるのは困る』
そう言うと、乗り込んでいた女性はドアを開け放ち、高さなど気にもせず飛び降りた。
もし、飛び降りたのが普通の人間ならば、着地の時点で脚に怪我を負うだろう。
下手をすれば骨を折り、重傷である。
しかしながら、女性は普通の生身とは違った。
着地した部分を凹ませ、平然と立つ。
辺りを窺いつつも、女性は手を握り締め、開いた。
そんな女性の元へと、警察や軍隊が用いる様な無骨なドロイドが取り囲む。
その手には、橋本や藤原と同じ電撃銃が在った。
『操り人形共め。 それで? 私に何か用か?』
強い口調でそう言う女性に、無骨なドロイドは電撃銃を向ける。
『その場を動かず投降しなさい。 貴女は取り囲まれています』
そんな声を聞いて、女性は不敵に笑う。
周り中を囲まれているのに、笑みは崩れない。
『貴女というのは悪くない。 だが、友は……返して貰うぞ?』
丸腰でそう言う女性に無骨なドロイドは近付く。
傍目には素手という見た目に、ドロイド達には警戒が少ない。
もし、女性が何らかの武器を携帯していたならば、或いはそれを捕縛する為に武力を行使しただろう。
しかしながら、それが不味かった。
手が届く所まで、女性は待っていただけなのだ。
『手を頭の上に乗せ………』
いざ、女性を拘束しようとしたドロイドの一体が、その場から跳んだ。
無論自ら跳んだ訳ではない。
女性は片腕伸ばし、ドロイドを跳ね飛ばしていた。
『悪いが、生憎とコレは特注なのでね』
自信満々といった声で女性は素早く電撃銃を広い上げ、直ぐ様それを撃った。
銃弾にすら耐える装甲を持つドロイド達も、それを貫通して来る攻撃には弱い。
一応、絶縁処置などの対処は為されているものの、鎧の隙間を狙われれば意味は無かった。
『武器を捨てなさい! 貴女を取り押さえます!』
女性の不意な動きに、にわかにドロイド達の動きも活発化する。
ただ、少し遅かった。 既に女性は両手に電撃銃を持っていた。
『私の邪魔をするな! 危害を与えるのは本意ではない!』
言葉で抑制を促しながらも、女性に躊躇いなど無い。
既に、邪魔をする者を退かす覚悟は出来ていた。
*
船の甲板にて、戦闘が繰り広げられる。
そして、船内でも同じ様に戦闘は起こっていた。
何十というドロイドを打ち倒した藤原と橋本だが、無敵でもない。
特に率先して戦おうとする藤原など、背広はボロボロであった。
「いい加減にしろよコラァ!? ボンボコボンボコ次から次に! どんだけいんだよ!?」
悪態吐きながらも、藤原は引き金を引くのは止めない。
ただ、隣で子犬を抱えた橋本はヘタり込んでいた。
一度だけだが、腹に弾を受け苦しげに呻く。
橋本に抱えられる子犬は、酷く心配そうな目を橋本へ向けていた。
『だ、大丈夫……ですか?』
苦しげに顔を歪ませる橋本に、ティオも声を震わせる。
ソレを聞いた橋本は、苦く笑った。
「……はぁ……まぁ防弾ベスト着けてましたし。 それに……」
苦しげに呻きながらも、橋本は自分に当たったモノを拾い上げる。
ソレは、小さな弾が収められたナイロン製の小袋。
当たった対象に打撃を加え、動きを止める非致死性の弾丸。
但し、致死性は低くとも、ハンマーで腹を殴られたのと大差はない。
その証拠に、橋本は脂汗を流して呻いた。
「……あぁ……参りましたよホントに……まぁ、こんな弾ですからね、死にはしないと思いますけど」
自分の腹を凹ませた弾を、橋本は放り投げる。
だが、痛みが響いたからか、ソレは近くにしか落ちなかった。
『すみません……僕が、なんとか出来れば良いんですが』
自分の無力さを嘆くティオ。
人の力に成れという親の教えに従いたいが、それが出来ない歯がゆさ。
そんな悔やむ子犬を、橋本は撫でていた。
「そんなに……自分を下卑するもん……じゃありません。 君は、今まで十分手伝ってくれましたよ」
橋本は、子犬を鼓舞する。
悲しいかな、今の橋本にはそれしか出来なかった。
そんな橋本の声は、藤原にも聞こえていた。
「んなことよりもさぁ! 何とか何ねーのかよ!? ……ぐわっ!?」
戦い疲れた藤原が、一瞬顔を横へ向けた時、橋本の腹を抉ったのと同じ弾が当たる。
防弾ベストに包まれて居ない所へ当たると言うことは、そのまま藤原の肩に衝撃が行ってしまう。
高が肩とは言え、藤原はどうと倒れた。
「藤原さん!?」『藤原さん!』
橋本と子犬の声に、倒れた藤原はギリッと歯を鳴らした。
「……あー……いってぇぇ………」
大型ハンマーで肩をぶん殴られた様な錯覚が藤原を襲う。
片手で撃たれた場所を探るが、痺れた様に感覚は鈍い。
それでも、痛みは酷かった。
いよいよ動けなくなる刑事二人だが、相手であるドロイドは待たない。
銃撃が止んだのを見計らい、ドンドン距離を詰める。
遮蔽物前まで来たところで、ドロイド達は脚を止めた。
『武器を捨てなさい。 貴方達は包囲されました。 これ以上の抵抗は不幸しか生みません』
実に優しい降伏の勧告に、橋本は唇を噛んだ。
在る意味、王手チェックメイトである。
藤原も橋本も負傷し、動けない。
事態を打開しようにも、打つ手が思い付かない。
「あちゃあ……参ったなぁ」
「くそったれがぁ」
『す、すみません……何も出来ず……』
刑事二人は無念に声を漏らし、子犬はそれに謝っていた。
*
船内と甲板の騒動はともかくも、ソレが届いていない部屋は静かであった。
自分に迫るサラーサからは、急かさないと言われた匠。
しかしながら、仲間の安否は頭に張り付いて離れない。
折れる事は出来る。
はい分かりました、私をどうぞと言うだけの話だ。
だが、それを匠は選びたくない。
強引に迫られた訳でもない以上、無碍にそれを払い除けるのも憚られる。
「なぁ、サラーサ……聞いて良いかい?」
『はい、匠様。 何なりと』
相も変わらず、実に丁寧なサラーサの声に、匠は迷う。
仲間の刑事二人が、まさか自分の為に戦闘をしているなど思っても居ない。
そもそも其処までの義理は無いとすら考えていた。
「俺が……此処に残るって言えば、橋本さんと藤原さん、ティオは帰してくれるのか?」
匠の質問に、サラーサは首を横へ振った。
ソレをみた匠は、あぁやっぱりと思う。
『私は別に匠様にも此処へ残れなどと言いません。 もし、貴方さえ良ければ、私は貴方に付いて行きたいぐらいです』
サラーサの声は、匠に取って意外と言えた。
そもそもサラーサには刑事二人組を打ち倒す理由は無い。
単に人間が他人の目や、同調圧力に弱いと知っているからこそ、二人を話し合いの場から遠ざけただけの話だ。
捕まえた筈の刑事二人にしても、そもそも無理な拘束はして居ない。
二人が好き勝手に暴れるているのも、サラーサは知っている。
そんな事を知っても、やはり人間は野蛮だとしか思わなかった。
だが匠は違った。
サラーサを殴ろうともせず、払い除けも突き飛ばしたりもしない。
真摯に合い向かい、話を聞いてくれる。
彼の返事を待つためならば、他の事は些細な問題でしかなかった。
刑事二人に打ち倒されたドロイドだけでも多額の修理費用が要るのだが、そんなモノはサラーサにとっては些末な事である。
元々金銭に価値を見ていないサラーサからすれば、どうでも良い事ですらあった。
匠にしても、サラーサの申し出は魅力的に思えた。
仲間は無事に返して貰える上に、自分も帰る事が出来る。
ティオにしてと、いつまでも預かっては居られない。
いつかはフェムとフィーラに返さねば成らない。
である以上、サラーサの申し出は文句が付けようが無い。
【はい、宜しく】と答えるだけ。
だが、匠はその簡単な返事が出なかった。
思えば思う程に、エイトと一光の顔が頭に浮かぶ。
自分はこんなに義理堅い人間だったかと、匠は僅かに笑う。
匠の答えを待っているサラーサは無言で微笑んでいたが、その微笑みは顔から失せた。
今までの柔らかい目線は無く、険しい視線でドアを睨み付ける。
次の瞬間、閉ざされていた部屋のドアが吹き飛んだ。
ガラガラと破片は飛び散り、けたたましい音が鳴る。
「な、なんだぁ!?」
慌てる匠を庇う様に、サラーサはその前に立つ。
そして、ドアを破った相手は姿を見せた。
ヌッと顔を見せる女性だが、匠はその顔には記憶がある。
「……エイト? お前か?」
そんな声に、現れた女性は一瞬微笑むが直ぐに顔をしかめた。
『友よ……私が居ないからといって、浮気は関心せんな』
場違いな指摘に、匠はウヘッと呻いた。




