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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
スリー
72/142

我に自由を! その11


 魔境を想像していた匠だったが実際は違った。

 出発前、藤原は鬼ヶ島だと揶揄したが、実際の建物の内は綺麗でしかない。


 緑色のカーペットが敷かれた床に、落ち着いた色調の壁。

 それほど高価そうでもないが、調度品まである。

 

 そして、空調が利いてるらしく、温度湿度共に実に快適と言えた。


「こらぁ、ちょっとしたホテルって所だな」


 ボソッとそう言う藤原に、橋本はニヤリと笑う。


「長谷川さんとも行きました?」


 思いついたままを橋本が言うと、藤原は「うっせぇよ」としか言わず、肯定も否定もしない。

 匠にしても、藤原と長谷川の間柄は多少気になるが、今は飲み会ではなく、敵地であり、そんな事を考えている場合ではなかった。


『さ、まだ奥ですので。 此方へ』


 三人と一匹の前を、女性ドロイドが歩く。


 この時点で、誰もが油断をしていた。

 如何に相手の態度や物腰が柔らかいとしても、警戒を怠るべきではない。

 だが、傍目には女性といえる姿に、すっかり気が緩んでしまっていた。


 そして、それは匠に抱かれているティオも変わらない。


 幼さ故の勇気は在ったが、向こうからの敵対行為が無く、すっかり警戒を緩めてしまっている。 

 匠にしても、ティオはエイトと違い経験が圧倒的に足りないと言うことが分かって居なかった。


 三人と一匹は、端から見ていると何の警戒も無く罠に向かっていく動物に似ていた。


  *


 少し歩いた所で、通路は何処かへのドアの前で終わっている。

 これ以上先に行くには、両開きのドアを越える必要が在った。


『私は此処までです。 どうぞ、中へ』


 それだけ言うと、女性ドロイドは壁に寄り通路を匠達へ譲る。 


 銃器密売人の船とは思えない佇まいに、ともかくも藤原はドアに手を掛けた。


 ドアは開かれ、部屋の中が露わになる。

 もっと不潔で汚い中身かと思っていた匠には、肩すかしとすら言えた。

 通路とは違い、深いワイン色の床に、広い部屋。

 壁は派手な柄の壁紙が貼られているが程良く上品ですらある。

 

 天井は高く、此処だけ見れば何かのダンスホールの様にも見えていた。


 恐る恐る、三人と一匹は部屋の中へと入る。


 その途端に背後のドアがバタンと閉められてしまう。

 それだけではなく、ドアが閉じられた事から灯りは無くなり、周りが見えない。


「くっそ……はめられたか?」


 匠の耳に藤原の悪態が聞こえるが、暗闇の中では周りが見えない。


「あちゃー……懐中電灯でも持ってくれば良かったなぁ」


 相も変わらずノホホンとした橋本が聞こえても、その姿は匠には見えない。

 

 困る匠だが、次の瞬間、明かりが灯り部屋を照らした。 

 急に視界が開け、思わず目を窄める匠達。

 目は直ぐに明るさに慣れるが、三人は目を見張った。


『ようこそ。 遠方遙々、ご足労ありがとうございます』


 実に丁寧な挨拶だが、その声の主と声色に三人は呆気に取られた。 

 匠達を見据えて居るのは、年の頃十代半ばから後半といった少女であり、腰まで届きそうな長い髪の毛に、薄手のワンピース。

 

 船に乗り込んだ際、迎えに来た女性ドロイドと比べると身体の起伏は些か少ないが、顔には見た目にそぐわぬ妖艶な笑みが在った。

 

 呆気に取られる三人を見ながらも、少女は、スッと掌を上に片手を上げる。


『船旅でお疲れでしょう? もし宜しければ、此方に……』


 実に柔らかい誘いの声に、匠はチラリと其方を窺った。

 

 其処には、予め用意されていたのか丸いテーブルが置かれている。

 天井からそれはポツンと照らされ、暗がりに浮いている様にも見えた。


 特に飲み物や料理などは置かれていないが、テーブルには布が掛けられ、真ん中には豪華な花瓶にバラが彩りを添える。


 だが、匠は勿論、藤原も橋本ですら動かない。

 見た目こそ少女だが、それが少女でないことは分かっている。

 である以上、おれそれとは動けない。


「なぁ……嬢ちゃん。 あんたが……ホントにボスなのかい?」


 先陣を切る藤原の声に、少女は素直に頷く。

 そして、頷くだけではなく柔らかく微笑んでいた。


『はい、私が……人間で言うところの責任者です。 三番ですが、そう呼ばれるのは好みません。 サラーサとでも呼んでください』


 高い声には嫌みはなく、それどころか安心させる響きが在る。


 それを聞いて、先ず動いたのは橋本であった。

 

 席は全部で十ほど用意されており、ティオを入れても全員が余裕で座れる。

 

「お、おい! 橋本!」


 椅子に手を掛ける橋本に、藤原は叫んだ。  

 しかし、橋本はスッと椅子に座ってしまう。


「藤原さん。 僕等は此処に交渉に来たんです。 派手に撃ち合いしに来たわけではないでしょう?」


 そう言う橋本の声に、藤原はフゥと息を吐くと橋本の隣に座る。

 ドカッと腰掛け、腕を組んだ。


 残ったのは匠とティオである。

 どうしたものかと悩む匠だが、普段相談していたエイトは居ない。

 そんな匠に、少女はニコリと微笑んだ。


『加藤……匠様。 どうぞ、先ずは座ってくださいな』

  

 少女の声に、匠も仕方なく動く。

 今更ジタバタしても意味が無いと思ったからだ。


 橋本の隣に座る匠は、ソッと子犬を隣の椅子へ下ろす。

 そのままでは周りが見えないからか、ティオは身体を伸ばして前足をテーブルの縁に掛け顔を覗かせる。


『……では、失礼して』


 客が座ったからか、少女は匠達とは反対側へと独りで座る。

 座った少女は、片手を上げて指をパチンと器用に鳴らした。

 少女のスナップに合わせて、暗がりから別の女性が姿を現すのだが、やはりこの女性も服装は際どい。


『お客様に何もお出ししないのは失礼だと存じます。 何かご要望が在れば、どうぞ、ご遠慮無く』


 そんな声は、実に有り難いとも言えた。

 なにせ車での長距離移動に加えて、小舟での旅路は楽ではなく、三人とも正直な所空腹かつ喉が乾いている。


 本来なら、水をくれと言いたい匠だが、気が短い藤原の方が口を開いていた。


「そうかい? じゃあビール在るか? 銘柄は……何でも良い」


 大胆不敵といった藤原の声には、さしもの橋本も匠も驚く。


「藤原さん?」「不味いっすよ」


 戸惑う橋本に、焦る匠。

 だが、藤原は少女から目を反らさず、橋本を親指で示す。

 

「こっちのは俺の上司なんだけどな、まぁ、今更こんな所に来てる時点で上司も部下もねぇもんさ」


 問われた少女は、ただ面白そうに笑っていた。


『勿論御座います。 直ぐに持ってこさせましょう。 橋本様と匠様も同じで宜しいでしょうか?』


 問われた匠と橋本も、此処までくればと息を吐く。


「えぇと、じゃ、ウーロン茶で」

「僕は紅茶を……在ればミルクも」


 自らも腹を括ったのか、匠と橋本も注文を出す。

 実にバラバラの注文だが、ソレを聞いても少女は嫌な顔一つしない。


『畏まりました、少しお待ちを』


 そんな声に、子犬は耳をピクリと動かす。

 少女の受け答えはティオの母であるフィーラに似ているが、少し違った。

 

 柔らかくは在る。 だが、同時に何かが違う。

  

 口にこそ出さないが、ティオはサラーサと名乗った少女を信用しては居なかった。


  *


 匠達三人の前に、それぞれ注文したモノが置かれる。 


 匠の前にはグラスに注がれたウーロン茶。

 磨かれたグラスには霜が浮き、よく冷えている事を示していた。

 藤原の前にはジョッキに注がれたビール。 

 金色の液体の上には白い雲の様に泡が浮き、それを見た藤原は喉を鳴らす。

 最後に橋本だが、やはり注文は間違っていない。

 銘柄こそ分からないが、香り高い赤色の茶は湯気を放ち、キッチリとミルクが添えられていた。


 注文通りだが、匠達はいきなり手を伸ばさない。

 藤原など、露骨に鼻を近付けてビールの匂いを嗅いでいた。


 そんな藤原に、少女はクスクスと笑う。


『お疑いに成られるのは分かります。 ですが、毒や薬は盛っていません。 お客様に失礼に成りますからね』

 

 少女の声に、藤原は警戒を解かないが、橋本が動いた。

 添えられていたミルクを紅茶へ入れると、ティースプーンでかき混ぜ、少し茶を啜る。


「……うん、アッサムの良いお茶です」


 あっけらかんと感想を述べる橋本に、藤原は「お前なぁ」と、ため息を吐く。

 だが、藤原にしても喉の乾きには勝てなかった。


 グッとジョッキを掴み、中身を呷る。

 藤原の太い喉がグビグビと蠢くのを、匠は恐る恐る見ていた。


 半分程を一気に飲み終え、藤原はダンとジョッキを置く。

 直ぐ様、ブハッと息を吐いた。

 

「……ははぁ、こりゃあ良いや」

 

 適地に来ているとは思えない刑事二人に比べると、匠は目の前のグラスに手を付けない。

 喉は乾いている。 だが、まだ信用が出来なかった。


『匠様? 何か御座いますか?』


 心配する様な少女の声を聞くと、それだけですまないという気にさせられる。

 だが、サラーサが如何なる姿をして居ようとも、その本質は銃器密売人の親玉であった。


「……幾つか……聞いても良いですか? 」

『どうぞ』


 サラーサの柔らかい物腰は、何故か匠に一光を思い出させる。

 それでも、退くわけには行かない。


「率直に言います。 何で俺を呼んだんです? あと、鉄砲売るのどうやったら止めて貰えますか?」 


 匠の質問に、サラーサの顔から笑みが薄れる。 

 そうこうして居る内に、藤原と橋本は出された飲み物を飲み終えていた。


「そうそう、それを聞きに来たんだったな」

「いやはや、ご馳走さま」

 

 それぞれ言葉は違うが、藤原と橋本も少女へと目を向ける。 

 だが、サラーサは慌てず、両手を軽く上げてパンパンと二度鳴らした。

 

 何事かと匠は目を窄めるが、サラーサの顔は変わらない。

 

『橋本様、藤原様。 そして、同族の方。 頭には気を付けてくださいな』


 意図不明の声に、藤原は「何だ?」と云う。


 次の瞬間、匠を除いた二人と一匹を乗せていた床が開いた。

 

「……んな!? このやぁ……」

「……ああ、しまっ……」

『機械式!? まずぃ………』


 藤原と橋本は、子犬と一緒に床下へと一瞬で落ちて行ってしまう。

 電子制御ならば、ティオは気付けたが、スイッチ等で動く機械は探知出来ない。

 刑事二人と子犬は、為す術無く落ちていく。


「藤原さん!? 橋本さん! ティオ!」


 余りの事に、匠はただ目を疑ってしまうが意味は無い。

 程なく、床は閉じていた。


 匠は慌ててサラーサを見るも、少女はまた顔に妖艶な笑みを浮かべている。


『これで……ゆったりと話せますね?』


 そう言うと、薄着の少女は立ち上がって匠に妖しい目を向けていた。

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